第34話 邪神教典④

「おいおいなんだよありゃあ」

「あれは邪神教典だ」

 サクラに宙に浮いた本の正体を説明する。

「おいおいおい、それやばいんじゃねえか」

「ああ、このままだと邪神が復活しちまうな」

「フハハハハハ! もう遅い! 邪神よその姿を現したまえ! この働かないといけない世界を破壊するために!」

 何とも言えない願望を叫ぶマドラス教の男の願いの通り、邪神教典の禍々しい光は一層大きくなりそして――爆ぜた。

 眩い光で目が眩む、そしてその光が収まった時の景色はというと――。

「「「――は?」」」

 そこにあったのは宙に浮いた、邪神教典。そこから現れていたのは邪神教典とそこから顕現する、腕。

『我を読んだのは貴様か』

「……おいリョウ」

「何だよ」

「腕が喋った」

「見ればわかる」

『貴様その声は⁉ 冒険者リョウだな』

「そういうお前は――誰だ?」

『様、このマドラーを忘れたのか!』

 邪神教典から聞こえてくる怒りの籠った声、魔王軍幹部の(役職が長いので以下略)マドラーだった。

「あーえーと、魔王軍のお使い担当のマドラーじゃん、久しぶり」

「誰がお使い担当だ貴様!」

 あの時の因縁もあってか、マドラーは怒りの炎を燃やしている。

「待っていろ! 今そちらに行って引導を渡してくれる!」

 奴が来る――マドラーの強さを知っているリョウとサクラが身構えた。邪神教典から奴の姿が。

「……どうした」

「出れない」

「「え?」」

『くそっ! 邪神教典にささげた血の量が少なすぎるんだ!』

 どうやらマドラス教の男の鼻血程度では召喚の門は開き切っていないようだ。

「あ、じゃあちょうどいいや」

「お、おい貴様、こっちが出れないこといいことに石をぶつけるな!」

「出てくる前に片付けてやるよ」

「やっぱ容赦ねえな、おい」

 サクラは無防備なマドラーに一方的に石をぶつけるリョウに呆れつつも、一緒に石を投げる。

「おい君たち!」

 一人マドラス教の男が必死に止めようとするがお構いなし。

「どうする」

「川に捨てたり燃やしたりすればいいんじゃね」

「おい貴様ら! 邪神様に失礼だろう!」

「ちょっ、離せ!」

 男が邪神教典を掴もうとするリョウの腕を掴んで食い上がる。まあやっとこさ手に入れたアイテムの危機なのだから当たり前か、そんな二人の間に飛来する炎の塊。

「ふははははははははははは! どうだこの状態でも魔法を撃てるぞ!」

 腕だけの状態でこちらに攻撃してくる、マドラーの戦闘センスの高さで割と正確な狙いでこちらに攻撃してくる。

「くそっ!」

「リョウ、どうする?」

 腕だけで苛烈な弾幕を張り巡らせる腕、正直な話絵面よりも結構危機的状況である。

「邪神教典を燃やすしかねえな!」

 もうこちらとの門である邪神教典を破壊するしかない。

宙に浮いている逞しい腕が生えた教典、腕だけとはいえその火力は侮れない。しかも腕しか見えていない、こちらの姿をいまいち掴めていないので炎を辺りに撒き散らしている。

その火球の弾幕を躱しながら、邪神教典に接近していく。

「あらよっと!」

 勿論火球がこちらに来るが、飛んでくる火球はサクラが露払いをしてくれる。

「届いた!」

 そして邪神教典に手を振れた――

「あばばばばばばばばばばばばば!」

 電流が流れた。リョウは黒焦げになりながらなす術なく地面に叩きつけられ、潰れたカエルのようになる。

『ふははははははははははは! 無駄だ!』

――俺じゃあ触れられないのか

 しかもさっきの電撃で全身が痺れて動かない。このまま何もできないのか。

「ふん!」

『ふげえ!』

 サクラが石の剛速球を投げた。普通に効いた。次から次へと石を投げ続け、邪神教典を地面に撃ち落とす。

『ちょっ、ま、いだだだだだだだだだ!』

 火球で崩れた瓦礫とかを投げ続ける。

「こいつで……しまいだ!」

 そして大きな瓦礫の塊をゆっくり持ち上げた。

「うおおおおおおおおおおおりあああああああああああああああああああ!」

 まるで隕石のような、最後の一撃が奴の腕ごと邪神教典を押し潰す。

 宙を舞う土煙で視界を奪われた。

「やったか!」

「……サクラ」

あきれ返って溜息をしたときにはもう遅かった。

 おもっくそフラグを建ててしまった。というかこの町の連中は何でこんなにフラグを建てるのが好きなんだ。

 この土煙が晴れたら、無傷のあいつの腕があるんだろ。

『ちょ、ちょっと待て……』

 しかしリョウの予想は裏切られ、満身創痍の腕が地面に落ちていた。

「結果オーライだな」

「今の間に燃やしちまおーぜ」

「待て!」

 しかしここで腕の前に立ちふさがるのはマドラス教の男。

「私の働かなくても生きていける理想の世界のために!」

 内容はともかく、必死に抵抗するマドラス教の男。言い表せない凄みを感じる。

「どきな!」

「へぶ!」

 しかしサクラが一蹴。殴られた腹を押さえて石畳にぶっ倒れる。

「ごめんなさい、無理でした」

『時間稼ぎにもならないか!』

 これで邪魔するものは何もない、とりあえずその辺のマドラーの右腕の振り撒いた炎がついた木片を邪神教典に押し付ける。

『あああああああああああああああああああああ!』

 邪神教典が燃えていく、こちらとの扉が消えていくのと同時にマドラーが断末魔を上げる。

『勇者リョウ、貴様一度ならず二度までも! 待っていろ、いつか貴様に地獄を――』

 言い終わる前に邪神教典が燃え尽き、悪魔の右腕は姿を消え去る。

――決した。

「何とかなったな」

「一時はどうなるかと思ったぜ」

「……そうね」

「「うわあ!」」

 安堵の息を漏らすリョウとサクラの後ろから、声をかけたのは女神アテナであった。

「あ、アテナか、びっくりした」

「ええ、ついさっきうちに帰ってきたのよ、大変なことになっているわね」

 魔王軍のベテランバイトの炎が辺りに広がっている、これから消火活動と瓦礫の撤去をやらないと――。

「ねえ、リョウ」

 親指で刺した方向を見ると――自宅が燃えていた。

「――え」


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