第32話 邪神教典②
「それは邪神教典だ」
「何それ?」
とりあえず、こういった怪しいアイテムは魔道具の専門家にフレイルが詳しいだろうと思ったが、まさか店に入って十秒でこの白紙の書物の正体がわかるとは思わなかった。
「何でも血で百人分の名前を書くと邪神を呼び出せるらしい」
「思ったよりあぶねーものだった」
そんな危険な書物がなぜ、こんな始まりの町で見つかったのか。
「まあそれは偽物だけどな」
「え、そうなのか」
「ここから南にある国のお土産品でレプリカ売ってるんだよ」
「荘厳さの欠片もねえな」
「他にも『邪神教典クッキー』とか『邪神教典ペンダント』とか『邪神教典枕』とかあったぜ」
「見境ねえな、おい」
町おこしの一環として扱われる邪神の書物、哀れ。
この書物の正体が分かったところで、本題に入る。
「これ買った人のこと覚えてないか」
「ああ、覚えているぜ。フードで顔を隠した怪しい奴だった」
「どこの誰かは分からないか?」
「あー多分、マドラス教の奴じゃねーかな」
「マドラス教?」
「主に教義として『なぜ働かなければならない、仕事を自由に選ぶ権利がある様に、働かない自由もあっていいはずだ』ということ信条にして革命を企んでいるらしいぜ」
「あーんー」
何とも言えない教義に言葉にもならない声が出た。
「主な被害は自分たちの教典を勝手に家の前に置いていくことと、昼に集まってみんなで広場で邪神体操をするくらいだな」
「何とも言えない集団だってことはわかった」
殆ど無害な連中だが一応革命思想を持っている集団、極力関わり合いになりたくないタイプの連中である。しかし。その一員の落とし物を所持しているということは否が応でもそんな集団と関わることになるのは間違いない。
思ったよりも面倒くさいことになってしまった。
「……ない」
ギルドや憲兵に落とし物について聞き込みをしたが、何の情報も得られなかった。
もう残すは『邪神教典』を買った、あの魔道具店に行くしかない。
少々埃っぽいが、珍しいものが置いてある魔道具店に二度目の来訪。
「いらっしゃい、って」
店主はこちらのことを覚えていたようで、こちらをみて言葉を切った。
「あ、あ、あ、あああああああああの、今日、ふふふふ、古い本を」
「さっき拾った人が来て、マドラス教の本部にもっていくって」
「え」
マドラス教本部、つまり回りまわって私の元に帰ってくるということだ。なんだ心配して損した。
信者たちの前で大々的、サプライズをしたかったのだが、この際しかたない。無事に戻ってくることを喜ぼう。
「わわわわ、分かりました」
その場を断ち去ろうとしたとき、何かにローブを引かれて、体が急停止した。
「そごふ!」
急停止して体が正面から倒れる。そして何らかの液体が背中にかかった。
「あっつ!」
次の瞬間背中にかかった液体が熱をもち、炎上した。
「アアアアアアアアアア」
「そのローブを脱いで!」
慌ててローブを脱いで、フレイルが奥から持ってきた水をぶっかける。燃えたのはローブだけで他に被害は出なかった。
「ローブ引っ掛けてファイアドレイクの血液の入った瓶が倒しちまったのか、大丈夫か?」
目当てのものを見つけて今日はいい日だと思っていたが、そうでもないかも知れない、これも夢を目の前にした最後の試練なのかもしれない。
「大丈夫です」
泣きそうになりながらも、これか訪れる未来を妄想して、何とか耐えた。
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