第27話 深き森の馬鹿たち④

「『すまない、取り乱した』って言っているわ」

「もはや狂気すら感じたぞ」

 結局数時間ほど叫び、落ち着いたオークの長が森の中で正座で平謝り、他のオークたちもそれに倣って、全員正座する――なかなかシュールな光景にリョウは何とも言えない感じになる。

「『私たちの言葉が通じるのであれば、頼みがある』」

「……頼み?」

「『その食べ物を分けてほしいのだが』」

 言葉は直接は通じないが、姿勢のおかげで切実さはものすごく伝わってくる。自分たちよりも一回りも大きいオークたちが小さく見えるくらいに。

「でもなんで?」

「『実は私たちが住んでいた森が、黒いドラゴンによって焼かれました』」

「……ダムドか」

 ダムドは自分たちの町とは少し遠くの場所に召喚されたらしい、その進攻方向にいた人、場所は軒並み蹂躙され、不毛地帯になったらしい。

「『住む場所はなくなり、食べ物も取れなくなりました』」

「だからあんたら、見た目の割に軽かったのか」

 サクラが自らの拳が感じた違和感。あれだけ恰幅の良い肉体をしているのに中身があまりない気がしたのだ。

「『色々な場所で食料を乞うたのですが、人間には言葉が通じず……』」

「で、誰も自分たちの主張を理解してくれないから、人質を取っていうことを利かせようっていうのか」

「『そんなつもりはない! ただ話を聞いてほしかっただけだ!』だそうよ」

「うーん、でも人質とるのはやりすぎじゃね」

「ええ、貴方たちの真意がどうであれ人質を取る選択肢を選んだ時点で、貴方たちは『野蛮な獣』に成り下がるわよ」

 集団で目立つのは正論を吐く常識人ではなく、声の大きい過激派。そして過激派は集団の象徴に見られがちだから。

「オークが乱暴な生き物って見られることになりかねません」

「そうなると余計に話聞いてもらえなくなるぜ」

「『それは……済まなかった』」

「というかあたしの体、雑に組み立てやがって! 前衛的な魔物にしか見えなかったぞ!」

「『いや、ほんと……すみません』」

 もっとも彼らにとって本意ではなかったようだ、逆に言えばそうまでしないといけないくらい追い詰められていたということだろう。言葉も通じないし難しい問題である。

 兎にも角にも敵意のないことはわかったので、偵察任務はこれで終了である。

 しかし人間側の問題は解決したが、今度はこちらの問題が発生した。

「敵じゃないこと分かったけど、どうすんだこれ」

 サクラは視線を泳がすと、見渡す限りの獣人が目に入った。

 この民族大移動、その根源的理由は飢餓。防衛戦の問題がとってかわっただけで、何も変わっていない。

 彼らの飢餓を解決しない限り、別の町が同じ状況になるのは必至。できればここで歯止めをかけたいところ。

「町の食糧で賄えないんでしょうか」

「……いや魔物の襲撃で食糧庫とかやられてたし、この数は賄えない」

「『できれば安定供給とまではいかなくても、当面の食糧が得られれば、それで』」

「とはいってもなあ」

 三百という数の食糧を用意するのさえ大変なのだ。どうしたものか。

「食料が無限に湧き出てくる場所なんてありませんよね」

「そんな都合のいい場所あるわけ――」

 グラーシーザーの言葉を否定するサクラに対して。

「……いや、あるぞ一か所だけ」

 リョウは天啓を得ていた。

 昔隣のクラスの立花さんが言っていた。

『戦いの中で真っ先にやられるのは思考しないもの、だから考えるのをやめちゃダメ』と。本当にそのとおりである。

「え、まじで⁉ あ、すげえお金かかるとか、べらぼうに遠いとか危険な場所とかなのか?」

「……お金はかからないよ、寧ろもらえるかも。超危険だけど」



 朝から夕方前までのそれなり長時間移動、リョウたちとオークの参勤交代はある場所に辿り着いていた。

「ようこそおおおおおおおおおおおおおおおおおおいらっしゃいましたあああああああああああああ!」

 鼻水を垂れ流し、一行を歓迎しているのは――前回湖のサメの討伐を依頼してきた村長だった。

 全身の体液が染み出ているんじゃないかといわんばかりに涙と鼻水を垂らしながら、平伏している。

「あのさ、またサメが出たって聞いたんだけど」

「ええ、それはもう困りましたよ、だって誰もこの依頼引き受けてくれないんですから」

 一応討伐依頼が出ていたのは知っていたが、今回はいく気はなかった。前回討伐対象を偽造してたし、信用がしていなかったのもあるが、一番の理由は。

「来るわけないわよね。『グランドシャーク推定五百匹の討伐』なんて」

 アテナの言う通り、その冗談みたいな討伐対象に誰も手を取らなかったのだ。

 だがその冗談みたいなサメの大群は今回は役に立つかもしれない。

「もう貴方たちが頼りなんです!」

 天高く飛び上がり地面に頭を擦り付けて懇願する村長。

 それに続いてどこからか飛び出してきた五人の男が村長の上に積みあがる。

「「「「「「お願いします!」」」」」」

 ジャンピング土下座からの人間ピラミッド土下座のコンボ。もはや芸術性まで感じてしまった。

 それと同時になりふり構っていられないんだろなとも思った。でないとオークの大群が協力することをあっさり受けいたりすることはないだろう。

「なあ倒したサメはこっちで処理してもいいんだろ」

「ええ、煮るなり焼くなり好きにしてください」

「よーし、聞いたかお前ら、ここのサメは食べ放題だ」

 片っ端から倒して食料にする、これなら当面の食糧は賄えるはずである。

「よーし俺たちとこのオークたちがこの依頼引き受けるぜ!」

「ありがとうございます!」

「あとできれば報酬に上乗せして、こいつらに食料を分けてほしいんだけど、少しでいいから」

 と条件を付けて依頼を受けることになった。

「『何から何まで済まない』」

「礼を言うのは早いかもしれないぜ」

 とさっき冗談めいて言った台詞が、的中したことを呪った。

「そして湖の状況がこちらです」

 まるで料理番組みたいな軽さで紹介された湖は予想以上だった。

 水面から見えているのは尋常じゃない数のサメの背びれ。

「どうやら前のサメの稚魚が生き残って繁殖したようです」

「マジっすか」

 もはや水面を埋め尽くすレベル。

 これからこいつらを全部相手取るのか、考えただでげんなりする。



 ここからオークたちとサメの全面戦争が始まる。


『次回、勇者VSオークVSグランドシャーク!』


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