第26話 深き森の馬鹿たち③

「ちょ、サクラさん攫われちゃいましたよ!」

 真っ赤になりながらてんやわんやになるグラーシーザー、余りの一瞬の出来事に動揺するのも無理はない。

「どうしましょう、どうしましょう」

「落ち着きなさい」

「落ち着けませんよ! だってこういうのってあれじゃないですか、捕まったらエッチなことされるのが定番じゃないですか」

「その可能性があったか!」

というか異世界にも同人的な展開があるのか。曰く「よくオークに敗北する本が出回っているので」らしい。どうやら「エロ」は全世界共通のようだ、異世界であっても。

「こうしちゃいられないわね、この作品のテーマは『青少年が親子と楽しめて、勉強になる作品』だもの」

「え、アテナさん何の話ですかそれ」

「こっちの話よ」

「早く助けに行かないと!」




 炎を囲む獣の群れ、名前を付けるなら「蛮族の饗宴」だろうか。

「……いたぞ、サクラだ」

 さっきの自分たちと同じように、焚火を囲んでいるオーク。その付近の大木にサクラは括りつけられていた。

 見たところ外傷はない、どうやらエロ同人みたいなことにはなっていないようだ。もっとも小学生がふざけて作ったプラモデル並みに歪な修復のされ方をしているけど。

「どうやって助け出します?」

 さっきの自分たちの見張りとは違い、層の厚い見張りたち、物量の差という単純だが分厚い壁にいい考えが浮かばない。

「あの焚火を消して、視界を奪ってから突撃する」

「分かりました」

「了解よ」

 結局思いついたのは無難だが、一番確率の高い作戦である。

 そうと決まれば即、有言実行。

「さあ状況開始だ!」

 手始めに掌から光の帯、ドリームリボンを放ち、サクラが括りつけている木の枝に巻きつける。

 次にリョウが魔法を使って、風を発生させる。オークを倒すには心許ないが、奴等の焚火を吹き消すには十分だった。

 辺りが一気に暗くなり、少しばかりの動揺がオークたちに広がる。ここでオークが叫びをあげた、それによって、群れ全体が戦闘モードに。

 もたもたしている場合ではない、敵の準備が整う前にサクラを奪還する。

 サクラの位置はさっき結び付けたドリームリボンで分かる。最短距離で彼女のもとへ。

「サクラ」

「……その声、リョウか」

「良かった、無事みたいね」

「助けに来ましたよ」

「アテナも、グラーシーザーも」

 この暗さで顔はわからないが、何とかこちらのことを理解したようだ。袖口のナイフでロープを切り救出し、サクラの肉体を正常に組み直す。

「さあ、このまま脱出する……おわあ!」

 背後からの気配に気が付いて、リョウは体勢を低くして躱した。その太い腕がリョウの頭上を抜ける。

「このまま素通りってわけにはいかないみたいね」

 そこら中で落ちた枝を踏み折る音が聞こえる、ぞろぞろ集まってくるのがわかる。

「いくぜサクラ!」

「応!」

 サクラの右腕、そして俺の左腕が光って唸る。突如として暗闇に灯る眩い輝きにオークたちの眼が潰れる。

「「サンシャインフィストォォォォォォォォォォォ!」」

 雄叫びとともに光の拳で地面を叩く、地面が割れて地形が少し変わる。

 目晦ましと地形変更で、時間稼ぎは十分だろう。奴らの視力が戻る前にこの場から離脱する。

 炎魔法などを使うとこちらの場所が割れるので、暗闇に慣れた瞳で何とか森の中を逃亡する。

 そしてやはり、すぐに追ってくるオークたち。

「……おかしい」

「ええ、確かにね」

 リョウとサクラの言うようにオークたちはさっき暗い森を抜けてこちらにやってきた。勿論それは焚火を目指してきたからだと思っていたが、それにしても対応が早すぎる、暗闇から一気に光が漏れて、魔が潰れているにもかかわらず、である。

「もしかして、死角とは別の方法で周りを認識しているのかもな」

「ありえますね、オークは確か人間よりも五感が優れていますから」

 となると奴らは視覚に頼らず、嗅覚でこちらを特定した線が濃厚だな。

「じゃあ次は――」

 セカンドプランを組み立て終えた、その時――横から茂みから太い腕が飛び出してサクラを掴む。

「がっ!」

 不意を突かれて、再び捕まるサクラ、同時に左手がまたとれる。戦力ダウンしているところに不意打ちでは流石にひとたまりもないようだ。

 すぐに取り返そうとするが、オークはサクラを盾にする、人質のつもりか。

そうやら自分のイメージの中のオークとは違い、なかなか知能が高いようだ。

「グオオオオオオオオオオ」

「『聞こえるか、人間よ』って言ってるわ」

「え、あいつの言葉が分かるのか」

「おーい、あたし捕まってるのに緊張感なさすぎじゃね」

「そうですよ! 結構危ない状況ですよ!」

 必死なのはグラーシーザーだけだった。

「サクラさんに乱暴しないでください、エッチな本みたいに!」

 その必死の訴えがオークに届いたのか、オークは制止する。

「えーととにかくサクラさんに乱暴しないでください、エッチな本みたいに!」

 焦ってボキャブラリーが貧弱になってしまっているが、感情は伝わっているのか、オークはグラーシーザーの言葉に聞き入っている――

「グオオオオオオオオオオ!」

 かと思ったら突然のシャウト、大気を鳴り渡る絶叫は木々を揺らしている。

「『グオオオオオオオオオオ!』って言ってるわ」

「それはわかるよ」

「グオオオオオオオオオオ!」

「『またかコンチクショォォォォォォォォォォォォォォ!』って言ってるわ」

「それもなんとなくわかりました」

 オークたちが地面を殴りつけながら肩を震わせる。

「グオオオオオオオオオオ!」

「『いつもいつも私たちに会うたび、乱暴するんでしょう、エッチな本みたいに!って言いやがって! 私たちが一体何をしたっていうんだああああああああああああああ!』って言っているわ」

「え、あ、何か、すみません」

 この上のない不満をぶちまけるオークの長に、リョウは思わず謝罪してしまった。というかこの世界、オーク敗北モノの同人誌が結構な数蔓延っているようである。

「グオ!」

「『くそったれがあ、こんちくしょう、なんだよ毎回毎回同じことを繰り返しやがってよお! 見た目で判断しやがって! 奥歯からに指に突っ込んでがたがた言わせてやろうかコラァ!』だってさ」

「いや長さが全然違うじゃん」

 その怒りに感化されたのか、周りのオークたちも嘆き、咽び、悲しみの呻き声を上げ始める。

 その咽び泣きの合唱は明け方まで続いた。

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