第25話 深き森の馬鹿たち②

「ふー全員無事に逃げ切れたな」

「お前、今のあたしの状態をみてよく言えるな」

「……」

「おい、こっち見ろ」

 自分を見ないリョウに、サクラは静かに怒る。左腕を囮にされたのだから無理もない。

「心配しなさんな」

 怒りの矛先を向けられているにも変わらず、涼し気な表情のリョウ。よく見るとリョウの右手から光の帯が伸びており、さっきまで逃げてきた道に続いている。

「さてと、よいしょ」

 その光の帯がリョウの掌に吸い込まれていき、その最後に光の帯が結ばれたサクラの左腕が戻ってきた。

「ドリームリボンを結んでいたのね」

 触れている間、延々と伸び続ける光の帯を出現させる魔法。それを手元に引き寄せることで左腕を回収したのだ。

「まあこれで、全員無事だな」

「……なあリョウ」

「ん、どした」

「あたしの腕、ボロッボロなんだけど」

「……」

 地面を引き摺ってきたせいで、無数の擦り傷が付いていた。

「……」

「……」

「今日はここで野宿だな」

「おい」



「んー」

 不平不満で口を尖らせながら、サクラは左腕を接着する。

「まあ一から再生させるよりかはましかな」

「一から再生させるには、一か月ぐらいかかりますからね」

「まー当分左腕は使えねえな」

 暗い森の中を照らす焚火の前で、サクラが左手を振る。

「やっべ、千切れた」

 どうやらぼろぼろの左腕の接着面がいつも以上に悪いようで、多少の動きで引き千切れてしまう。

「戦闘への参加は無理ね」

「ずっと前線に出てもらってたからな、少し休んでくれ」

「悪いな」

「それにしてもすごかったですねサクラさん、オークの群れをあんなに簡単に吹き飛ばすなんて」

「あんなごつい体をしてたけど意外に軽かったよ」

「それにしてもあんなに数がいたのに、よく逃げ切れたと思うわ」

「ま、運がよかったんだろ」

 ここで会話が途切れた、どうやら全員疲労困憊で話す気力が残っていないようだ。

「じゃあ交代で見張りしますか」

「じゃあ最初は俺がやるから、先に皆から休んでくれ」



――寒い。

 リョウ、アテナ、サクラの流れで夜中の見張り番になったグラーシーザーは火の方を見やると焚火は小さくなっていた。

 そろそろ木の枝をくべないと、そう思い立ち上がった瞬間――大きな風が吹いた、草木が大きく騒めいた。

小さくなった火が掻き消される。

 あたりが一気に暗くなる。ああ、火をつけるところから始めないと、グラーシーザーは炎魔法を発生させるために消えた焚火に手を翳す。

 体の中を流れる魔力を右手に集中させて、発火させようとした、その時――あることに気が付いた。

 草木がさざめいてる。もう風は吹いていないのに、継続的に草木が騒いでいる。これが何を意味しているのか、気づいた時には遅かった。

「敵です!」

 グラーシーザーが大声を出したのと、茂みから太い腕が出てきたのは同時だった。その太い腕がグラーシーザーの腕を――

「はあっ!」

 掴む前に、真っ先に起きたサクラの蹴りが茂みから伸びてきた腕を弾く。

しかし別方向から飛び出してきたものが、何かを振り下ろし、サクラの右の二の腕から先が両断される。

「くそっ」

 暗闇の中何かが攻撃してくるのが分かった、しかし右腕を失い残っているのは左腕だけ、防ぎきれるか?

 しかしそれは杞憂に終わった、次の攻撃が来る前にナイフが飛んできて、攻撃してきた何かに突き刺さったのだ。

「間一髪だったな」

 投げた主はリョウだった。

「悪いなリョウ」

「いいってことよ」

「それにしても彼らは何者なんでしょうか」

 暗闇で敵の姿は見えないが、リョウは彼らの正体がわかっていた。

「オークたちだな」

 ドリームリボンで左腕を回収した時とさっきの焚火、こっちの位置がばれたのだろう。

「やばいな」

夜になるまでこちらを襲わずに、絶好のタイミングを狙ってきたところを見ると、オークという種族は思っているより狡猾な奴らなのかもしれない。

しかし感心している場合ではない、この状況は普通にピンチなのだから。

「どうするんですか?」

「強行突破しかねえな」

「でもあたしまだ左手使えねえぞ」

「私も戦闘に参加できないしね」

「でも何とかして、隙を作って、そこから脱出するしかねえだろ」

 だが暗くて相手の姿を視認しづらいので、どこに隙があるのか分からない。

 脳をフル回転させて、考えているうちに敵が動いた、大きな技の予備動作だろうかみょうちきりんな構えをしている。

「やべえ! 全員退け!」

 サクラの声で全員退避しようとしたが、時すでに遅し。

 直後、四人で固まっているところに矢のような突撃が炸裂する。

「ぐあああああああああああ!」

「きゃああああああああああ!」

 三人は突進によって吹き飛ばされ、サクラの全身ばらばらに弾け飛ぶ。

「え、ちょっと待あああああああああああ!」

 更にばらばらに四散したサクラの肉体を、オークたちはすかさず回収する。

 そして脱兎のごとく逃亡、さっきまで無数の気配で騒がしかった森が一転、静寂に包まれる。

「何だったんだ、一体?」

 取り残された三人がただ唖然として、森の奥を見つめるしかなかった。

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