第23話 最後の審判

「暇だなー」

「暇ですねー」

「暇すぎて天井の石を全部数えたぞ」

「私は部屋の隅の蟻を数えたわ」

「俺は月の数を数えてたぞ」

「それって一個じゃない」

「「「HAHAHAHA!」」」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……そろそろ現実を見ましょう」

 今までのお気楽な四人組だった全員がアテナの一言で、目の前の現実に目を向ける。

 四人の視線の先にあるのは等間隔に建てられた鉄の棒。彼らの居場所はその後ろ――早い話が牢屋の中である。

「……何でこんなことに」

 なぜこうなったのか――時を遡ること三日前。

破壊龍ダムド撃破後、魔物であるアンデッドつまりサクラを匿っていたことを冒険者ギルドに追及され、現在幽閉中なのである。

「こ、これからどうなるんでしょうか」

「二日後に裁判とか言ってたわね」

「さ、裁判ですか⁉ どうするんですか」

「どうするもこうするも、どうしようもないからおとなしく審判を待つしかないわね」

「……そうですね、大人しく待ちましょうか」

「正直今のあたしたちの敵は裁判じゃなくて、今の暇な時間だな」

「色の違う石畳ですごろくでもして、時間潰そーぜ」

「お前ら寛ぎすぎだろ」

 唐突に牢の外から投げかけられた言葉、鉄格子の向こう側に看守がいた。

「お前ら出ろ、裁判の時間だ」



連行された法廷には多数の傍聴者がいた。それこそ席がすべて埋まるくらいに。

リョウはそんな数多の群衆の眼に晒されながら、証言台に立つ。

「これから『冒険者リョウのアンデッド匿い疑惑』についての裁判を執り行う!」

 もっと他に名前はなかったのだろうか、題名が長いライトノベル並みに情報量を詰め込んでいる。

「まず、アンデッドを街中で匿っていたことから」

 サクラはアンデッドである、いくら明朗快活で人当たりが良い美人武道家であったとしても、カテゴリー的には魔物のアンデッドを町の中に入れるというのは良いことではないのは間違いない。

 それも大多数の群衆の前でわざわざ裁判を行うのだ、きっとその判決も相当な重さに――

「その件に関しては、アンデッド、もとい冒険者サクラとその仲間のこれまでの功績を考慮し、不問とする」

「「「「え」」」」

 予想が裏切られた上に速攻で判決が出て、拍子抜けする。

 意外だった、このような場を用意して、何の罪に問わないというのは、変な言い方だが、割に合わないように見える。

「あのー本当に無罪なのですか?」

 リョウの後ろに座っていた、グラーシーザーが恐る恐る挙手し、発言する。

「この件に関しては不問とする」

「そ、そうですか」

 繰り返される判決に、全員が胸を撫で下ろす。重罪に問われるかもと心のどこかで懸念していたが、三日の幽閉と一日の裁判で終わったのだ、これにて一件落着――この場の全員が裁判の終わりを悟ったのだが、裁判長の審判の木槌が振り下ろされなかった。

「続きまして、ここからは冒険者リョウの、その他諸々の罪に関しての追求を始める」

「「「「え」」」」

 リョウたちの疑問符が再びユニゾン。

「余罪?」

 申し訳ないが、身に覚えがない――一応善良な町民として、日々を過ごしていきた、アンデッドを匿ったこと以外は清廉潔白に――。

「まず、町の食糧倉庫を爆破」

「……」

 身に覚えがある。この世界に来て最初のオーガの襲撃の時のあれか、あれは補修費を払うことになっていることで、解決しているはずだ。

「二つ目、付近の遺跡や、森を壊滅させる」

 身に覚えがある。

「そして、この町の女医アイリス先生を縛り上げるなど、様々な証言が出ているのだよ」

――身に覚えがあるううううううううううううううううううう!

 正確に言えば様々な事情があるのだが、物事の表層だけを見ればそこそこの罪である。

「最初の食糧倉庫の件はもう損害賠償は済んでいるからともかく、あとの件遺跡と森の壊滅、そしてアイリス氏の監禁についての追求を開始する」

 全員冷や汗が滝のように流れ出る。

 これはまずい、非常にまずい。

 何故なら起訴内容には間違いなく、裏側の事情が全くの謎のままであるからだ。

 被害が出ているので間違いないので、そこに至るまでの過程を説明する必要があるのだが――そこまでの過程があまりにもあほすぎる。それゆえに正当な理由があったとしても信じてもらえるかどうかわからない。

「まず南の森の壊滅についてだが、冒険者サクラ前に出なさい」

「……はい」

 リョウにとって代わってサクラが証言台に立つ。「大丈夫か」「ああ何とかして見せる」

「冒険者サクラ、君が森を壊滅させた張本人だというが、その時の状況を説明しなさい」

 裁判官の詰問にサクラは視線を虚空に彷徨わせ、何とか答えを絞り出そうとする。

「……酔った勢いで、気が付いたら」

 やっちまった。というか弁明する気があるのかというレベルである。正直者のサクラには誤魔化すことはできなかった。

それは完全なる悪手だとリョウは心の中で嘆く。振り向いたサクラ、その眦には涙を浮かべ、小声で「どうしよう」と呟き続けている。

「次に遺跡の崩壊の件についてだが」

「……それも私です」

「ちなみにこれは?」

「スカルドラゴンが現れたので、倒すために必殺技を使いました」

「なるほど」

 裁判官の質問に恐る恐る答えていく、罪に問われるかどうかも証言次第なのだ、もうさっきの「酔った勢い」発言でアウトな気がするが。

 二件の尋問の尋問を終え、次の尋問に移る。

「次にアイリス氏を緊縛した挙句に放置プレイをしたことに関することだが」

 今日一番のどよめきが起きる。有名人である町医者のスキャンダルということもあり、町民の注目度が高いのだろう。

「この件に関連して、冒険者リョウは以前、とある女性に『お願いします! アブノーマルな使い方でも構いません! 痛いのも我慢しますから! だから捨てないでえええええええええええええ!』といわせていたという証言もある、過去にも似たようなトラブルが……」

「それを言ったの、私です!」

 挙手とともに勢いよく立ち上がったグラーシーザーの異議申し立て。発言者の証言ともあれば、あのアブノーマル発言が誤解であることを容易にできるのだろう。

「リョウさんは最初はちょっと乱暴でしたけど、最近はとっても優しいです!」

――フォローになってねえ!

 ここで話をこじらせてしまうのがグラーシーザークオリティ、完全に心証が悪くなっている。

「ここで当事者であるアイリス氏の証言を聞く」

 証言台に立つのはこの町の白衣の天使、アイリスであった。

「裁判長、彼らを疑うのは筋違いだぞ」

 先の二人とは違い毅然とした態度で、裁判長と相対する。

 彼女が頭に超が付くぐらいのドMということを隠しつつ、あの状況をどうやって説明するつもりなのか。

「今朝君は簀巻きにされた状態で発見されたわけだが、貴女を簀巻きにしたのはここにいる冒険者リョウということで間違いないか」

「ああ、事実はそれで間違いない」

 文面だけ見たらかなりやばい所業である。

「だがそれは互いの合意の上でやったことだからな、何も問題ない」

「おおおおおおおおおおおおおい! 滅茶苦茶誤解を招く言い方するな!」

 いや事実だけども。まさかのオブラートに包まずに火の玉ストレートの証言をするとは思わなんだ。流石に我慢できずにシャウト。

「ちなみにどんなプレ……縛り方や責め苦を浴びせたのかを詳しく」

「おいこらドスケベ裁判長」

「言っておくが、そんな色気のある話ではない。私たちはもっと崇高な目的のために緊縛行為をやっていたのだよ」

 話が脱線し収集が付かなくなってきたところ、閑話休題。

 アイリスは大きく深呼吸、リョウたち、裁判官、群衆がアイリスの一挙手一投足に全員が集中する。

「私たち二人は『人が簀巻きにされても生きていけるか』という実験をしていたのだ!」

――何言ってんだ、この人!

 滅茶苦茶な嘘を声高らかに宣言する。というかそんな意味不明な嘘、誰も信じねえだろ。

「ちなみにその実験でなにがわかるのかね」

「『拉致監禁された人間の精神状態の変化』だ、特殊な環境下で人間の精神にどれほどの影響が出るのか、それによって身体にどのような影響が出るのかを調べていた」

「なるほど、流石アイリス殿、研究熱心だ」

――信じてるよこの人たち。裁判官だけではなく群衆からも感嘆の声が漏れる。

みんなありもしない実験を完全に信じ切っている。これも『死神を置き去りする女』異名を持つアイリスへの信頼がそうさせるのか。

「彼らには私を縛る手伝いをしてもらったんだ、何もおかしいことはない」

 冷静に見れば文脈は前提条件がおかしい気がするが、それでもを納得させるには十分だった。

 全ての審議が終わり、裁判長の最後の一言を固唾を呑んで見守る。

「判決を言い渡す」

 いざ――最後の審判の時。

「社会奉仕活動として、現在この町に接近しているオークの群れの偵察をやってもらう」

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