第21話 破壊龍ダムド

 突如として、エリックの顔に罅が入り、ボロボロと欠片が崩れ落ちる。

 そしてエリックの中から、出てきたのは――優しげな僧侶の面影をまるで感じられない、全く違う人間だった。

「そ、そんなエリックが……」

「ぜ、全然気が付かなかった」

 いつも一緒にいるフラグ三人衆のラーガンとオーリスが身震いする、いつも一緒にいた一人が全く知らない人物とすり替わっていたのだ、その心中は計り知れないだろう。

「そういえば最近、妙に高笑いするようになってた」

「最近やたらと『時は来た』って言って町の影からリョウたちを見てたりしていたが」

 滅茶苦茶怪しいじゃねえか。

 そんなエリックの皮を被っていた男、この場にいる誰もがエリックに化けていた人物を知らずに困惑する。

「あんたは何者だ」

「我が名は、そうだな。私には一京二八五八兆〇五一九億六七六三万三八六五個の異名があるが、そうだな好きに呼んでくれ、恐らく適当に作った言葉だとしてもそれは私の名だ」

「ロキ、あんたが何でここにいるのよ」

 たった一人、害虫を見るような目を向けているアテナを除いて。

「おやおやこれはこれは、アテナ。こうして会うのは一億三六四〇万九八七一年ぶりだね、私は何も変わっていないよ、だから今ここにいるんだよ」

 目的の見えない男――ロキはまるで舞台に立つ役者のような、仰々しい会釈をしてきた。

「早速だが、今外に破壊龍ダムドを召喚した。止めてみたまえよ」

 そしてさらっと重要発言、「もうシャンプーなくなりそうだから、買い足したよ」ぐらいのテンションの報告で一瞬聞き逃しそうになる。

「てめえ、何言ってんだ」

「それよりもエリックはどこだ!」

 そんなロキにフラグ建設のスペシャリスト二人が食って掛かるが、ロキの腕が虚空を薙ぐ。

「「ぐあああああああああああああ!」」

ラーガンとオーリスがロキの腕の動きに合わせて発生した爆発によって吹き飛ばされる。

「さて本題に戻ろうか、今外に破壊龍ダムドを召喚した。恐らくこの町の人間では太刀打ちできないほど強力な魔物だ、倒せるのは君だけだよ。勇者リョウ、拳士サクラ、魔剣グラーシーザー、そしてアテナ」

ひどく楽しそうに笑うロキ、その真意を測ることはできない。

「いったい何が目的なんだ」

「……ああ、簡単だよ。私は英雄が見たい」

「「「え」」」

 リョウとサクラ、グラーシーザーが素っ頓狂な声を上げるのを気にもせずロキは語りだす。

「人間は素晴らしい困難を乗り越える強さを持ち友情や愛をもって敵を討つところなどこの上なく美しい故に私は魔王になりたい勇者に試練を与えそれを乗り越えてもらいたいあらゆる次元の女神に選ばれた勇者よ私に君の勇気を巨大な試練を乗り越える勇猛果敢な姿を石畳に打ちのめされても立ち上がる不堯不屈の心を私に見せてほしい」

 滔々と語るロキ、その口調は熱を帯び、本気で「人の尊さ」を説いている。

 しかしその美しきものを証明するための方法はあまりにも常軌を逸している。

「そのために君の憂いの全ては取り払ったのだからね」

「やはりあんたが、あの手紙を出したのか」

「ああ、憂いがあるとこっちに集中できないからね、礼なら君の雄姿で払ってくれよ」

時に陰ながら支援し、時に一つの街の人の命を天秤にかける。全ては『勇者』を見るために。

「第一段階東の森を焼いて、魔物を攻め込ませる作戦は見事に退けたね。上出来だ」

「さっきのもあんたの仕業かよ」

「あれあたしのせいじゃなかったんだな……」

 一人胸を撫で下ろすサクラ、確かに彼女が爆破したのは南の山だから今回は彼女は関係なかった、爆破したことに変わりはないけれど。

「さて第二段階だ、今度は圧倒的な“個”が相手だよ」

 さっきの窮地から察するに、今度の試練はさっきよりも過酷なものになるだろう。

「さあ私に君の勇気を見せてくれ」

 ロキはその言葉を最後に、黒い闇に覆われる。

その闇が晴れた時にはもうあの男の姿はなかった。

「何だったんだ、あいつ」

「私、あの人が言っていること全然理解できませんでした」

「アテナ、あいつ何者だ?」

 突如として現れた来訪者に困惑する一同は、奴の正体を求めてアテナに目を向ける。

「奴の名はロキ、人間の美しさを信じているイかれた邪神よ」

 最後の言葉尻に凄みがありすぎる。ロキのことを蛇蝎如く嫌っているのがありありと見て取れた。

「あいつの目的はただ一つ、人間が試練を乗り越える試練を作り出して、高みの見物津をすることよ。

あいつは人の美しさを誰よりも信じている、だから試練を与える。そのために世界を崩壊させかけたこともあったわ起こした」

 世界――影響を受けるものの対象が大きすぎて、イメージできない。

「今回はまだ規模が小さいけど、私たちが負けたらこの町は大変なことになるわね」

 その警告とともに大きな地鳴りがした。

 地面から伝わる、体の芯まで揺らすその音が新たな異変の出現を告げていた。




「あいつが言ってた、破壊龍ダムドっていうのは」

「まあ全身が硬い外殻で覆われた闇の龍よ。一時間で年を破壊尽くしたっていう記録があるくらい、凶悪な魔物よ」

 再び壁の外に向かうと途中でリョウはアテナに敵の情報を聞いた、無論敵を知ることで対策を練ろうとしたのだが、聞かなければよかったかもしれないと少し後悔する。

 弱点などのめぼしい情報を得られないまま、再び壁の外へ。

 最初に目に入ったのは草原を動く巨大な黒い影。それは巨大の黒い鉄塊だった。黒い鎧を纏った怪獣――破壊龍ダムドである。

 それは生物というよりは、足の生えた要塞だった。全身は硬そうな外殻に覆われ、鋭利な刃などで全身が武装されている。

 先に到着していた冒険者たちが応戦していた、斧も振りかざし切りかかるもの、炎の魔法で攻撃するもの。

 彼らの結束も城壁の如きダムドの体表に傷一つつけられない。

 破壊龍ダムドが咆哮する。大気を鳴動させる咆哮はこの場にいる全ての人間を否応なく委縮させる。

「そいつは俺たちが何とかするから、町の防衛を優先してくれ!」

 冒険者たちを退避させ、四人で相対する。

「こいつは、やばいな」

 サクラは自らの背骨が痺れるような錯覚を覚えた、体の芯から湧き出る何かが縛鎖のように手足に絡みつく。

「そんなにか」

「ああ、マドラーよりもやばいかもしれねえ」

 魔王軍のバイトリーダーと拳を交えたサクラがいうのだから、恐らく相当な強さなのだろう。

 しかしサクラが戦慄したのは、一瞬。大きく深呼吸した後、見開いたその目は闘争心に満ちていた。

「先手必勝だ! 食らいやがれ!」

 サクラが最初に啖呵を切り、突撃する。その速さは弾丸のごとし。

「ソニックレイヴ!」

 目にもとまらぬ神速の一撃、サクラが今において最強の技が炸裂した。

 爆音に似た衝撃音が、草原に木霊する。何の捻りもないただ一直線の突撃、単純だがその速さから繰り出される一撃は衝撃波を生み、草原を吹き飛ばして裸の大地に変えていく。

「やったんですか?」

「……いや、全員離れろ!」

 拳を叩きこんだ、サクラがそのまま叫ぶ。

 直後ダムドの背中の螺旋模様の円錐――ドリルが射出され、飛んでくる。

「やべえ!」

「うわわわわわわわわわわわ」

「離れるわよ!」

 リョウとグラーシーザー、アテナはいち早く踵を返して、逃げ出す。先ほどまで自分の踏みしめていた地面が抉り取られていく。

 その光景が奴の攻撃の苛烈さを物語っている。

 しかしサクラの言葉で攻撃が放たれる前に、距離を取ったおかげで弾道を確認しながら、何とか躱し続ける。

「くっ!」

 しかし接近していたサクラはそうもいかない。

 ドリル型ミサイルを走り回って躱していく――だが雨のように降り注ぐミサイルをすべて躱すことができず、その内の一つが直撃する。

 左肩に直撃したドリルが回転し、腕を弾き飛ばす。

「あーくっそ、くっついたばかりだったのに!」

何とか逃げだしたものの、左腕を失ってしまった。

「逆に腕一本ですんでよかったか」

「それにしても、サクラさんの一撃が効かないなんて」

 グラーシーザーの言葉にサクラが凹む。

「どうやらあいつ物理攻撃を完全に無効にしているみたいね」

「マジかよ」

 これはまずいことになった、何故ならサクラとリョウが使っている技のほとんどが拳や剣を振るうものばかりで、魔法攻撃なんてほとんど覚えていない。サクラに至っては全く覚えていない。

 だが手がないわけではない。

『私ならダムドの耐性を無視できます』

 ここで名乗りを上げたのは魔剣グラーシーザー。

 真紅の魔剣グラーシーザーの能力、それは攻撃力が持ち手に依存すること――そしてあらゆる防御系スキルの効果を無視すること。

 後者の能力のはおかげで、奴の反則じみた能力関係なく、奴にダメージを与えることができる。

「ならあたしが囮になる」

「下準備は私がやるわ」

 アテナによる肉体強化を受け、まず初めにサクラが突撃する。片腕を失ったがそれに臆することなく突撃、そして膝を曲げて、大きく跳躍する。

 今度はそのおみ足が、黒く輝く。

「黒連脚!」

 その足から繰り出される蹴撃、衝撃と金属音で待機が震える――しかし全く効果がない。

――しかし今回は倒すのが目的ではない。

 その間にグラーシーザーを握ったリョウが肉薄する。

「終わりだ!」

 真紅の刃、放たれた致命の刃――金属と金属が当たる音、しかしその衝撃がグラーシーザーの刀身から柄を伝わり全身が痺れる。

「痛い!」

「我慢してくれ!」

 間髪入れずに連撃。

「痛い痛い痛い痛い、痛いですって!」

小気味いい金属音が鳴り響くが。

「ダメだ普通に攻撃力が足りない」

『こんなに攻撃しなくても分かるでしょ!』

 そもそも持ち手の攻撃力に依存するグラーシーザー、つまり貧弱勇者である自分のステータスをベースにした場合、貧弱な魔剣が出来上がるので、奴の堅牢な装甲、防御力にあまりにも差があるのでダメージを与えられない。

「ま、いつものパターンです」

『冷静に言っている場合ですか!』

 ダムドは一歩踏み出すと、地面を走る衝撃波に吹き飛ばされる。

「ぐはっ!」

『きゃああああああああああああああ!』

 なす術なく吹き飛ばされる二人、だが地面に激突する前にアテナがリョウを、サクラがグラーシーザーをキャッチする。

「すまねえ」

『あ、ありがとうございます』

 何とか軽症で済んだものの、状況は変わっていない。

「やっべえな、どうするよ」

 やってきた作戦が悉く失敗、奴の侵攻は滞りなく進んでいる。

「このままだと、すぐに町に到着しちゃいますね……」

 前まではこちらの攻撃が通じていたから、何とかなっていた。

 しかし今回は違う、こちらの攻撃が効いていないのである、早い話がゴーストを徒手空拳で倒すようなものである。

「いや大丈夫だ、手はある」

 しかし、この不可能に近い状況でも勇者リョウは笑った。

「サクラ、グラーシーザー、アテナ、プラン9だ」

 異界の邪神、今回の試練は――俺の勝ちだ。



「いや、あのリョウさん」

「急にプラン9って言われても知らねえぞ」

「ごめん、ついノリで」

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