第20話 忍び寄る影、そして

 勝利の歓声を上げる町民たち――その歓声を掻き消すほどの轟音が鳴り響く。

「何だ⁉」「敵襲か?」

急いで街の噴水広場に向かうと、もう小型の魔物――レッサーウルフがそこら中にいた。

「数が多いな!」

 広場に犇めき合う、狼の群れと民衆。襲撃するのに慣れて避難をしていなかったせいで、パニックになっている。

 最優先は冒険者とギルドの職員が協力しての避難誘導、自分たちはその避難している人々に魔物がいかないように、足止めもとい討伐を担当する。

「それにしても一体どこから侵入したんだ?」

「前にオーガに破られた穴から、大量に魔物が入ってきたんだよ、くそっ! もう少しで完成だったのに畜生!」

 トウリョウが怒りを爆発させる。今まで手塩に掛けて修繕してきたからその怒りは計り知れない。リョウもその修繕の手伝いをしていたので、彼の怒りの一端は理解できる。

「それにしても数が多すぎる!」

まるで付近の森の魔物が全軍を率いているかのようだ。

「何でも最近森で大きな爆発があったみたいで、餌に困った魔物が町に来てんだよ」

「え、森で大爆発ですか」

 フラグ三人衆の一人、僧侶エリックの話――そういえば最近酔っぱらって森で大暴れしたアンデッドが、リョウがサクラに線を移す。

「あたしが絶対何とかして見せる!」

 言葉は真っ直ぐで熱いが、目は泳いで冷や汗をだらだらと掻いている。しかし幸か不幸か、サクラの雄々しさに皆喝采を上げて、士気が上がる。

「はあっ!」

 雄々しい叫びとともに拳を振るい目の前の狼を殴り飛ばした。

 サクラはいつも多勢に無勢の場合はド派手な技で蹴散らしてしまうのだが、ここは町中。周りに被害が出ないように小技で一体一体倒していくため、非常に効率が悪い。

それはリョウも同様であり、修行で増えたとはいえまだまだ数少ない戦闘の選択肢がさらに狭まる。

 直接戦闘ができないアテナに魔法でステータスを強化してもらっているが、数の暴力に押され気味である。

『まずいですよ、このままじゃぎゃあアアアアアアアアアアアアアアア!』

 当たり所が悪かったようでグラーシーザーの断末魔が脳内に響く。前と比べて悲鳴を聞くのに慣れた、というか麻痺してきたおかげで少しは続けて戦えるようになったが、それでも十分ぐらいが限界である――これ以上は心が限界になるのだ。

「くっ⁉」

 グラーシーザーが弾かれ、石畳に突き刺さる。そしてそのまま人間形態に――頭が石畳に突き刺さった状態に。

「おい大丈夫か! シュールなオブジェみたいになってるぞ!」

「ファイふぉうふでふ~」

 今すぐに引き抜きに行きたいが、魔物の猛攻が激しく、近づくのは困難である。

 それでも何とか反撃の糸口を掴もうと、攻撃を躱しながら辺りを見回し――体が一際大きい個体がいた。

「あいつがリーダーみたいだな」

 奴を何匹かの狼が取り囲んでおり、動こうとしない。時折吠え、指示を出しているように見える。

「サクラ、頭を潰すぞ!」

「応!」

 リョウの言葉に反応したサクラが、リーダーと思しき狼に突撃する。押し寄せる狼の波をその練り上げられた拳で破壊していく。

 しかしやはり多勢に無勢、抜けた穴を狼たちは補うように集結する。

その中の一体、狼が不意を突いて、サクラに突撃。食い千切られた右腕が宙を舞う。

「ぐっ!」

 くぐもった声を上げるサクラ、これで一気に戦力が落ちた――しかしサクラは笑った。

 サクラは狼の群れの中心で、逆立ちをする。右腕を失ったものの見事の体幹で不動の逆立ち。

 そんな天に向かって聳え立つ美しきおみ足に向かって走り出すのは、冒険者リョウ。

 狼を踏んで某配管工のおじさんのように狼を踏みつけて、跳躍。そこから更にサクラの足の裏を踏み台にし、更に飛ぶ。

 狼の壁を飛び越え、着地点のボスを狙う。

「サンシャインフィストォ!」

 輝きの拳を振るう、極限まで鍛え上げたサクラのサンシャインフィストなら周りの建物の壊滅は必至だが、悲しきかな鍛錬の足りていない自分の拳なら外しても大した被害にはならないはずである。

作り上げられた光の拳、未熟な拳から放たれた一発は――石畳を叩いた。

躱された、そのままリーダーは反撃に転じる。かろうじて躱したものの頬が切れた、こちらの反応速度よりも早いということか。

さらにレッサーウルフは急速に方向転換し追撃、鋭利な牙が右腕に突き立てられて、だがそう来ることは予想済み。

大技を躱したことによってリーダーは油断したのだろう、動きが単調になる。

その動きに合わせて噛みつかれる前に袖口のナイフを脳天に突き立てる。

 急所への一切の容赦のない一撃は狼の首魁を一瞬にして絶命させた。

 リーダーがやられたためか水を打ったかのように、引いて行った。

 残ったのは右腕を失い蹲っているサクラと、顔が埋まって放置されているグラーシーザー。見かけは燦々たるものだが、ゾンビと魔剣である彼らにとっては大したダメージではないだろう、多分。

「大丈夫ですか」

 フラグ三人衆の僧侶のエリックがリョウに駆け寄る――。

「おおいしっかりしろ!」「は、早く治療しねえと!」

 あとのフラグ三人衆の二人、ラーガンとオーリスはサクラの方に駆け寄った、確かに右腕が飛ぶといった。はた目から見たらかなりの重傷だ、かなり動揺するのも無理はない――ここでリョウはある違和感に気が付いた。

「なあ、あんた」

 一人だけ自分のところに来たフラグ三人衆の一人、僧侶のエリックに言葉を投げかける。

「なんで俺の方に来たんだ」

「へ」

「いや、どう見ても俺よりほかの奴らの方が重傷だろ」

 右腕を切り飛ばされたサクラ、顔面が埋まっているグラーシーザー、傍目から見たらどう考えても彼女らの方が重症である。

フラグ三人衆のエリックは僧侶。僧侶はRPG的には回復はサポートのエキスパートであり、それはこの世界にとっても例外ではない。

しかしその回復のスペシャリストは、明らかに自分よりも重傷を負っているはずのサクラとグラーシーザーそっちのけで俺の所に直行してきた。

 一度抱いた疑念は肥大化していく。

彼がなぜ自分の所に来たのか、その判断材料は――。

「なあ、あんた。もしかしてあいつらがどういう存在か、知っているんじゃないか」

「……バレたか」

 その問いに対してフラグ三人衆の一人、僧侶のエリックは――笑った。

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