第19話 忍び寄る影

「みんな大変だ! また魔物の群れがこっちに近づいてきてる!」

 トウリョウとフラグ三人衆が勢いよくギルドに入ってきた。

 緊急事態、ギルドの奥に座っていたリョウたちを含む冒険者たちは武器を取り、迎撃準備を整える。

「最近多いな」

「全くだぜ」

 リョウのぼやきにサクラも同意する。

ここ数日、魔物の群れが町に接近している、それも毎日違う種類の魔物の群れが。

 この平和な町にしては結構な異常事態なので、ギルドが原因の調査を行っているのだが、めぼしい結果は得られていない。

 故に、とれる対策は来るたびに魔物を迎撃するほかない。

 オーガ一体が町に一体が町に侵入しただけで町全体がてんやわんやになる平和な街、そんな街に魔物の大群が訪れるとなると――。

「それにしても、こうも立て続けに来られると」

「またかって思っちゃいますね」

 初めこそパニックになったこの町だが、今はもう住民ももう安全地帯への避難さえしておらず、驚くぐらい動揺していない。それこそ皆口をそろえてアテナとグラーシーザーと同じ感想を述べている。これも何度も襲撃されたことによる慣れと、この数日でこの町の最高戦力の強さを目の当たりにしたからだろう。

「さーて今日の敵はどいつだ?」

 サクラに至っては日替わりランチのメニューを確認するかのごときテンション。

 いまいち緊張感のない四人が町の防壁の前に到着した時には町中の冒険者全員が町の外に集合していた。

 今日のランチ、ではなく敵は狼型の魔物――レッサーウルフ、恐らくこの辺りで出てくる魔物中ではかなり強い部類、その数はこっちの頭数よりもはるかに多い。

まるで草原に広がる紺の絨毯がこちらに向かってくる――しかしこの場にいる全員落ち着きはらっている。

「それじゃ……やりますか!」

 冒険者の集団の中から一人、前に出るもの一人――サクラである。

「ねえちゃん、いつもの感じで頼むぜ!」「ド派手なの期待してるー!」「サクラさん頑張れー!」

 他の冒険者から歓声が上がる、彼女の強さを疑うものなど誰一人としていない。

 近づいてくるレッサーウルフをサクラは仁王立ちで迎え撃つ。特に慌てる様子はなく、大きく息を吸った、そして右足を引いた。

 ここにいる全ての冒険者が一斉に息を呑んだ。理解しているのだ、恐らく数分、いや数十秒先の未来に途轍もない一撃が放たれることを。気づいていないのは本能に従い、直進してくる畜生のみ。

「はっ!」

 掛け声とともにサクラは跳躍した、その姿が太陽に重なる。

天空に飛び立ったサクラを狼たちは見た――太陽にも劣らない輝きを放つ拳、そこでようやく理解した――しかしもうすでに遅い。

「サンシャインフィストォォォォォォォォォォォ!」

 陽光を纏った拳が狼の群れの中心に放たれる。大地が大きく炸裂し、嵐のような爆炎を巻き起こす。

 土煙が晴れたときには残っていたのはサクラだけだった。

 サクラが勝利を掴み取った右腕を掲げた――冒険者全員から大気を震わせるほどの歓声が上がる。

「さっすがサクラさん、俺たちにできないことを平然とやってのける!」「信じてたぜ、ねえちゃん!」「きゃー! カッコイイ!」

 喝采、賛辞、黄色い声援、ポジティブな言葉を、サクラは一身に浴びる。

 この町の人間が安心しきっている理由の一つ、サクラという圧倒的強者の存在である。

 ここ数日の襲撃は全てサクラの一撃によって全部退けられており、一応サクラの攻撃で倒せずに抜けてきた敵を倒す役目が自分たちにあるのだが、今まで彼女が仕損じたことはない。

 よって基本やることのない冒険者たちは、半ばどうやってサクラが敵を蹴散らすのかという、一種のショーを見ている感じである。

 今回もド派手な勝利にまるで宴のように騒いでいる。

 正直異変に対する緊張感がないというのがリョウの考えであるが、一方で「まあこれで滞りなく事が進んでいるならいいか」と思っている――否思ってしまった。

 故に――四人に対し妙な視線を送る人影に気が付かなかった。



 平和とは甘い毒のようなもの。どこまでも温かく、どこまでも甘い、永遠に続くもの――と錯覚する。

 平和とは戦う意思を、研ぎ澄まされた刃を錆びさせる。

そして気が付いた時には自らの世界に亀裂が入り、降り注ぐ災厄に、朽ち果てた剣で戦わなくてはならなくなる。

 その時はすぐそこに――。

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