第17話 尾行編①
その夜は満月だった、真夜中であるため町に灯る火もすでに消えており、もし月が出ていなければ、前後不覚になるほどの闇に包まれているだろう。
そんな闇の中辺りを見回しながら町を縫っていく人影――冒険者リョウ、そしてそんなリョウを追う三人の人影――アテナ、サクラ、グラーシーザーの三人の姿があった。
「なあ、アテナ」
「なにかしら」
「この格好はなんだ」
サクラはアテナの用意した自分たちの服を見て思わず呟いた。三人とも夜の闇に紛れるために全身黒い恰好をしている。
そこまでは理解できるが問題は全員が顔に巻いている布。
「ほっかむりよ、これで顔を隠すの」
「これ逆に目立つんじゃね」
「あ、リョウさん曲がり角を曲がりましたよ」
服装のことを気にしている場合ではない、見失わないように曲がり角に急ぐ。
「へぶっ!」
サクラが転んで膝を擦りむいた。速く走りすぎたせいでほっかむりがずれ、視界を覆ったのだ。
「やっぱ邪魔じゃねえか!」
そんな一悶着もあったが、全員で角からリョウの姿を確認。
「え、嘘⁉」
「見失ったわ!」
しかし曲がった先にリョウはいなかった。
「くそっ、建物の中に入りやがったのか」
「あるいは先の角を曲がったか、路地裏に入ったのかもね」
辺りを探しては見たが、リョウがどこに行ったのか見当もつかない。結局それ以降量の姿を見つけられず夜は更けていった。
「まさか撒かれるなんて」
アテナは昨夜の想定外の事態を思い出して、溜息をつく。
「これは、いよいよきな臭くなってきたな」
尾行に気づき、撒くことができるというのは周囲を相当警戒しないと気づけないことである。
つまりリョウの行き先は本当に誰にも知られたくないということなのだろう。
「幸い、尾行していたのが私たちということには気づいていなかったわ、朝も普通に話したし」
「じゃあまた尾行しますか」
「うーん、でもねえ」
渋面を浮かべるアテナ。
というのもリョウの密会は決まった周期でやっているわけではなく、週に何回か会う週もあれば、出ていかない週もあるので、行動パターンを掴めない。結局出ていくのを確認してから、尾行するしかないのだ。
おまけに何者かに尾行されているのを認識したので、警戒して出ていく頻度も自ずと少なくなるだろう。
「あーめんどくさくなってきた。もうあたしがリョウに秘密をかけて決闘を申し込む」
「あの、多分一笑にふされて終わりますよ」
「拳と拳で語り合えば何とかなると思うんだが」
思考が麻痺してきたサクラ、しかしアテナもいい作戦が思いつかないので気持ちはわかる。
「今は聞き込みでもして、情報を集めましょう」
結局無難に聞き込みから。
まずアテナはフラグ三人衆に聞きこみ。
「あ、お姉さん何か用かな」
「珍しいじゃねえか、今日は雪が降るかもな」
「いや雪どころか槍が降るんじゃないか」
「「「HAHAHA!」」」
フラグ三人衆、長身の僧侶――エリック、中肉中背のラーガン、小太りの戦士オーリスが豪快に笑う。
「うちのリョウが最近よくどこかに出かけているんだけど何か知らないかしら」
「し、知らないよ」
「そそそそそ、そうだぞ」
「ななななな、何も知らんぞ」
すごく動揺している、何か知っているのだろうか。
「何か知っているの?」
「「「いや何も」」」
「次ふざけたらとっちめるわよ」
この後フラグ三人衆を姿を見た者はいなかったという。
「おーい先生」
「んん、ああサクラちゃん。どう? あれから調子は」
サクラは町の医神――アイリスに聞きこみ。
アイリスは大分前の怪我の心配をしてくる、アフターフォローにも余念がない辺り、町の人たちに慕われているのも納得といったところだろう。
サクラは簡単に謝辞を述べ、本題へ。
「最近、リョウが出かけているんだけど、なんか知らないかな」
「うーん行先とか誰に会っているかとかは知らないね」
見事に収穫がなかった。
「ごめん、邪魔した」
そういって別れの言葉を言うと、アイリスは書類作業に戻った。
「いやいや大したことじゃ、あ」
「先生どうした」
「小さいナイフで紙切ってたら、手を切ってしまった」
「手当てしないと」
「いや大丈夫、こんなのは痛いうちに入らないわ」
人の怪我はどんなに小さくても目ざとく見つけて治療しようとするのに自分の怪我は見過ごそうとするとは。
「ダメだって、ちゃんと消毒しないと」
「大丈夫だ、唾をつけとけば治る」
「それ医者が一番言っちゃダメな奴だろ」
「たまに男性の方から先生の唾をつけて直してくれって言われるから、私の唾は効果はあると思うぞ」
「今すぐそいつを出禁にしろ」
グラーシーザーは魔道具店の店主フレイルに聞き込み。
「へえ、あの子がそんなことを」
「はい、リョウさんが誰に会っているとか、行先に心当たりはないですか」
「うーん、じゃあこんなのはどうかな」
そう言ってフレイルは棚の中から何かを取り出した。
「何ですか、これ?」
机の上に置かれたのはピンク色の液体の入った小瓶だった。
「これは本当のことしか喋れなくなる薬だ。何でも魔王軍の幹部の一人が妻の浮気を確かめるために、配下百人の血を集めて作ったらしい」
「これを飲ませればいいんですか?」
「うん、そうすれば秘密だろうが、スリーサイズだろうが教えてくれるさ」
正直こういう強硬手段は気が引けるのだが、一応最後のカードとして持っておくのもありかもしれない。
「あ、でも気を付けて。薬に適合できなければお腹が爆発するから」
「やっぱりいらないです!」
情報を集め終えギルドに集う三人。
「どうだった」
「……駄目だな」
アテナの質問にサクラはかぶりを振った。
「私も情報は何も……あ、でもフレイルさんから『本当のことしか話せなくなる薬』はもらいましたよ」
「……それは最後の手段にしたいわね」
「ただ薬と相性が悪かったらお腹が爆発するらしいです」
「使えるかあ! そんな薬!」
「あと『鼻毛が際限なく伸びる薬』とか『塗ったものが鉄のように固くなる薬』とかありますよ」
「在庫処分で渡されたんじゃないか、それ」
「何にせよ、誰も有効な情報は得られなかったってことね」
三人とも肩を落としながら
ドアの下に何かが挟まっていた。
「ん、これは」
それは一つの紙片であった。
「何だこりゃ、なんて書いてあるんだ」
サクラとグラーシーザーは紙片に書かれた、見知らぬ言語に困惑する。
「これはリョウが書いたものね」
ただ一人、その言語が読めるアテナは不敵な笑みを浮かべる。
「アテナ、これなんて書いてあるんだ」
アテナは含みのある笑顔たたえたまま、言った。
「今日リョウがどこにいるのか、はっきりさせましょう」
その日は前日と同じ満月の夜であった。
そんな中三人はある建物に忍び込んでいた。気配を殺し、声を殺し、とある場所に向かっていた。
そして一つの扉の前に辿り着いた。真ん中からは部屋の明かりと話し声が漏れている。
「行くわよ」
アテナの言葉に全員頷きそして」
「リョウを返しなさい!」
「観念しやがれ!」
「が、がおー!」
各々掛け声を上げながら部屋に突入する。
そこにいたのは――上半身を簀巻きされておまけに目隠しされているアイリスと、分厚い紙束を持ったリョウがいた。
「え、何どうしたの⁉」
目隠しされて状況が分からないアイリスが戸惑いの声を上げるが、それ以上に動揺しているのは、アテナ、サクラ、グラーシーザーであった。皆一様に絶句し、固まっている。
「どういう状況なのかしら?」
少しの静寂の後、冷静になったアテナが妙なことをしている二人に言葉を投げかける。
「あ、えーと」
「はっきり言いなさい」
アテナの叱りを受け、リョウは重々しく口を開いた。
「……アイリス先生を縛って、彼女の作った小説を読んでいました」
「いったい何をどうしたらそんな状況が出来上がるんだよ」
「それは」
「私がサクラちゃんがアンデッドだって気が付いたからよ」
縛られたままのアイリスとリョウの話を聞くと、アイリスは前にサクラの手術をしたときにアンデッドではないかと疑い、そのことを確認しようとしたことがきっかけだった。
「いくら話が通じるとはいえ、サクラはアンデッドだ。だから危険はないのかって確認をされたんだ」
「場合によってはギルドに報告しないといけないからね」
「それで危険がないことを説明したけど、アイリス先生が秘密を漏らさないと限らないから」
「私は秘密と一つ条件を出したんだ」
「それで出された条件が、この「緊縛賢者物語」を朗読してほしいっていう条件だったんだ」
つまり互いに秘密を握り合った結果、この奇怪な状況が出来上がったわけだ。
理由はわかったが、なぜアイリスは縛られているのだろうか。
「ちなみにどんな話なのその小説」
「えーと罵倒されたり、縛られたりされたりすると発情すると魔力が強化される賢者が仲間に罵倒されながら世界を救う話」
「そんな物語の朗読ってことは――」
「九分九厘罵倒だな」
ここにいる全員が、アイリスの嗜好を完璧に理解した。
「アイリス先生、いったい何でこんなことしたの」
「可愛い年下に虐められたかったの」
予想していたことだが、臆面もなく性癖をぶちまけるアイリスに全員でドン引き。
疑問が解けた三人に対して今度はアイリスが質問する。
「それにしてもよくわかったわね、今日朗読があるって」
「ああそれは」
アテナはポケットから紙片を取り出した。
「これが家の扉の下に挟まっていたのよ」
「私とグラーシーザーは何かいているか分かんねーけどな」
その紙片にはこの世界のものではない言語が書かれていた。
「これはリョウが残していたものなんだ」
何故かアテナではなく、サクラが解説し始めた。そこには日本語で、この場所と日時が書かれていた。
これなら何を書いていても、アテナしか読めないので、脅迫している人物には内容が分からない。自分の状況を伝えるにはうってつけである。
「多分リョウは昨日私たちが尾行していたことに気が付いて、自分の状況を伝えるために置いて行ったんだ」
多分これは全部アテナから聞いた推理だろうな、とリョウは思った。しかし当のアテナは黙りこくったままである――おそらくこの推理の欠陥に気が付いているのだろう。
ここでアテナは口を開いた。
「と思ったんだけど、違うわね」
「え」
サクラは話を否定され、話が違うといった目で、アテナを見る。そしてアテナは言葉をつなげた。
「だってこの紙書いたのリョウじゃないでしょ」
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