第14話 修業編①

「最近強敵と戦うことが多くなったな」

「えーと、グランドシャーク、魔王軍のマドラーか」

あと酔っぱらったサクラも、と思ったが口には出さなかった。あの件をぶり返すとサクラがしょんぼりするからである。

 心中で閑話休題。

「もっと強くならないとな」

 正直今の自分の実力ではこのパーティの足手まといなのだ、マタンゴと拮抗勝負をするのがやっとの自分では。地を這うサメの化け物とか、酒乱で最強の不死者、魔王軍のそこそこえらい奴を相手に五体満足で生存したのは運がよかったと以外の何物でもないのである。

 これからきっとあいつらよりも強い奴等がゴロゴロ出てくるだろう、そうなったときのために――

「修業するか」

 一応毎日グラーシーザーを素振りしたり、アテナと手合わせしたりはしているものの、やはりステップアップするには更なる修業が必要なようである。

「なあサクラ、お前はどうやって強くなったんだ?」

 このパーティで、というか今まで会敵した奴等の中でも最強クラスのサクラからいい知恵を借りられそうだ。

「じゃああたしがやってた修業でもやる?」

「おう」

「じゃあ、今から出かけるぜ」

 そこで連れてこられたのは山の中であった。水煙の上がる、滂沱たる水流、滝である。

 もうここまで来たらなんとなく想像がつく。

「修行といえば滝だぜ」

 よく心身ともに鍛えられるというが、にわかには信じがたい。

「まあ騙されたと思ってやってみろよ」

 半信半疑でゆっくりと多岐に入った瞬間――水の鈍器で全身を殴られたかのような衝撃。

「ぐはっ」

 それなりの衝撃と水の冷たさに悶えながらも、何とか我慢して続ける。

 こんな痛みを受けて、サクラは強くなったのか考えると納得できる。この修行に耐えたとき自分は新たなるステージに辿り着けるのかもしれない。

 そして滝行を続けること、一週間。

「よしこれで、心身ともに鍛えられたはずだ」

「……そうか?」

 鍛えられたどころか体の倦怠感と咳が止まらないんだが。

「じゃあその成果をマタンゴで試すぞ!」

 今日は途中経過を確認するため草原に出た。

「今のお前ならマタンゴくらいなら倒せるさ!」

 その言葉を信じて重い体を動かして敵に向かっていく。

 相対するリョウとマタンゴ、最初に動いたのは――リョウ、体の不調で動けなくなる前に決着をつけないといけない。

 一気に距離を詰めて、一撃――とはいかなかった。こっちの攻撃が届く前にカウンターを食らったのだ。

 顎にクリティカルヒットし、そのまま意識が吹き飛んだ。

リョウ――マタンゴに敗北を喫する。

「あれー?」



「冷静に考えたら、レベル低いままで精神を鍛えてもな」

 滝行は確かに心が鍛えられたが、筋力とかが付いたわけではないのである。あと普通に風邪ひいてダメだった。

「普通にレベル上げたい」

 だがしかし町の外に出て、敵を倒して経験値を得るのは時間がかかるので、多少きつくても効率よくレベルを上げたい。

「じゃあ私の前の持ち主がやってた修業をやりますか?」

 今度はグラーシーザーの案内で山に連れてこられた。

「まず初めに手ごろな大きさの岩を三個探します」

 もう雲行きが怪しい。

「……最初に聞くけど何するんだ」

「三つの岩でジャグリングするんです」

「無理です」

 そりゃ前の持ち主のぶっ飛んだステータスを考えるとそれ可能なのだろうが、一般人に相違ない自分には無理な話である。

「ごめん、別の奴で頼む」

「じゃあ山を一日で開拓するのと、ドラゴンに走って追い越す修行どっちがいいですか?」

「だから無理だって!」

 結局グラーシーザーの修業は次元が違いすぎて参考にならなかった。



「……どうやったら強くなれるんだ」

「今すべきことは、自分のあった戦い方を知ることじゃないかしら」

 その疑問に答えたのはアテナだった。なんかそれっぽい切り出し方である。地獄に仏とはこのことか、いや女神か。

「まず最初に、サクラの職業は?」

「アンデット武道家」

「で、武道家の役割って何かしら?」

「肉弾戦かな」

「じゃああなたの職業は?」

「冒険者」

「で、冒険者って何が得意なのかしら」

「……肉体労働かな」

 解答がお気に召さなかったのか、アテナは呆れて溜息をついた。

「早い話、あなたの戦闘における役割を明確化しようってことよ」

「なるほど」

今まで剣を使いたいとかでなんとなくで前線に立っていたけれど、確かに場合によっては全く役に立たないことが多かったり、そもそもサクラの存在から前衛の戦力が十分だったりするから、完全に役割ミスな感じはある。

それなら今自分がやるべきことは何だろう。サクラは前衛、グラーシーザーは武器、アテナは後衛(直接攻撃できないので完全回復役)。

「俺は後衛から援護する魔導士とかになるのがいいのか」

「そうね、それも選択肢の一つだけど、私はあなたにもっと向いていることがあると思うわ」

 自分に向いていることか、正直自分ではわからないので、客観的な意見をもらえるのはありがたい。

「一緒に旅をしてきて私の評価だけど、あなたはとても器用ね。割とどんなことでもすぐにエキスパートレベルに到達する、まあ要領のいいタイプよ」

 ストレートな褒め言葉に気恥ずかしくなる。

「でもあなたは秀才になれても、天才レベルに到達することはないわ」

 ええ、わかってましたとも、アテナが褒めて伸ばすタイプじゃないってことは。

「例えば、サクラと試合をやったとして貴方勝てる?」

「無理」

「そう、確かに貴方はどんなことでもそれなりのレベルに達することができるけど、その技術には必ず上がいる。当然だけど同じ土俵に立ったときに勝てる確率はほぼ皆無といっていいわ」

「えー」

「もしあなたが一芸に特化した道を選んだ時、必ず上位互換が現れるわ。だってあなたに特別な才能はないもの」

 最初に褒められたことが遠い昔のことに思えるくらいの厳しい言葉。というかこれ自分の戦闘スタイルの話じゃなかったのか。

「何が言いたいんだ」

「早い話が相手に常に嫌がるように立ち回る、オールラウンダーになればいいと思うわ」

 いまいちぴんと来ない。

「だって貴方、勝つためにそこそこダーティなやり方も平気でするし、自分の戦いにこだわりなんてないでしょ」

 確かに勝つためには、搦手に、小細工、不意打ち、夜襲。正直子供を人質にとる以外のことはやらないといけないと思っている。

「そして冷静に物事を判断する力と分析する力も多少はあるから、敵に合わせた戦法を選択することができると思う」

 ここまで冷静に分析されて、評価されるとできる気がしてきた。

「だからありとあらゆる状況に対応するためにあなたは広く浅く、様々なことを身につけた方がいいわね」

 アテナの修業プレゼンは終わった。今までの内容の中では具体的で、やってみる価値はあるかもしれない。というか心の中ではもうやる気満々であった。

「じゃああらゆる職業の基礎的なスキルを身に着けることからね」



――こうして修業してからそれなりの年月が過ぎた。

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