第13話 深淵 ――Lost in abyss――⑥
「お前らよくここが分かったな」
「ああ、四日前に魔王城が全焼したって聞いてさ」
「で、燃えた城が、昔フレイルさんが言ったことがある場所とおっしゃっておりましたので、もしかしたらと思って」
「ドラゴンを呼ぶ笛を使ってここに来たってわけだ」
そして最後の援軍、フレイルが着地したドラゴンの背中から降りてきた、その右手には妙な形の角笛が握られている。
「お前なら、敵陣に飛ばされたら迷いなく火を放つと思ったからな」
「はい敵のボスとか何の迷いもなく闇討ちして動けなくしてから、足に重りを括りつけて海に沈めそうです」
「お前ら俺のことなんだと思っているんだ」
今回そんな情け容赦無用な性格だと思われていたおかげで、命拾いしたのだが、複雑である。
「さてと雑談している場合じゃなかったな」
サクラの一言で全員前を向き、マドラーと相対する。
「邪魔者が次から次へと」
煮えたぎる思いを体現したかのような、無数の人魂の如き炎が空中に浮かび上がる。
「選手交代だ、かかってきなよ」
サクラが右の人差し指で誘う。その挑発はマドラーの闘争心を再燃させるには十分だった。
先手必勝とばかりに無数の炎が飛んでくる、リョウたちは再びピンチに陥るが、ここにいるのは最強の不死者――サクラである。多分今この場で一番の安全地帯はサクラの後方だろう。
「オラオラオラァ!」
雄叫びとともに繰り出されるラッシュ、目にもとまらぬ速さで 拳が降り注ぐ炎を撃ち落としていく。
そして最後の火球を思いっきり蹴りつける。弾き返された火球はそのままマドラーに直撃して爆発する。
「やったんですか⁉」
「いや……」
このセリフから分かる通り、倒せていない。案の定黒煙の中からマドラーは現れる。
「だよなあ、なら」
しかし黒煙の隙間からマドラーの顔が見え始めたのと同時にサクラは一気に肉薄し、右の上段回し蹴りが入る。
「ぐあっ」
その一撃にマドラーは怯んだが、返す刀で炎を纏った右拳がサクラの腹部を抉る。
しかしサクラも負けてはいない。吹き飛びそうになるのを、足を力強く踏み込んで止まり、そこから右のアッパーが炸裂する。
といった具合に、攻撃ターンが次から次に移り変わる、熾烈な戦い。しかし拮抗勝負を繰り広げていても、状況は好転しないのも事実。
「じっくり闘いてえところだが……生憎時間がねえ」
サクラは大きく足を振り上げ、地面に叩きつけた。震脚によって大地が砕けて、地面が隆起する。
マドラーが揺れと割れた大地によってバランスを崩した――ここで状況が動く。
同時にドラゴンが鼻息を吐く。尋常じゃないほどの白煙で場が満たされ、視界が奪われた、好機である。
「全員ドラゴンに乗れ!」
フレイルの掛け声に従って、全員ドラゴンの背中に乗り込み、その場から一気に離脱する。
一気に天空まで上昇し、暗黒の空を駆け抜ける。
「よっしゃ! 作戦成功だ!」
「まさかこんなにうまくいくなんて思いませんでしたね!」
「一時はどうなるの」
勝利を確信し狂喜乱舞する、サクラ、グラーシーザー、フレイル。リョウとアテナも安堵の息を吐き、ドラゴンの硬い皮膚の上に座り込む。
緊張から解放され、一気に脱力した――その時。
「逃がさんぞおおおおおおおおお!」
まだ終わっていなかった。
安寧を引き裂く叫びを上げながら、ドラゴンの尻尾の先端、そこにはしがみつく一つの影――マドラーの姿があった。
「しつけえな、この野郎!」
その執念深さにサクラもたまらず声を上げる。
「フハハハハハハハハハハハハハ! 待っていろ……今すぐそこに行って、皆根絶やしにしてくれる!」
一手一手確かに昇ってくるマドラー。何とかしてマドラーを引っぺがさないといけない。
しかし残念なことにここにいる全員、魔法があまり得意ではないため胴体にいる自分たちが尻尾にいるマドラーを攻撃できる手段がない。脳筋パーティの弊害が如実に表れてしまった。
このままでは全滅するかもしれない、というかこのドラゴンを撃ち落とされ手全滅とか十分にありうる。
「仕方ねえ」
ここで動いたのは――リョウであった。
アテナの両腕を拘束していたロープを腹部に巻き付け、そしてドラゴンの胴体を目一杯使って助走をつけ、飛び降りた。
「何だと!」
余りのリョウの思い切りの良さに、思わずマドラーは目を丸くした、一直線に向かってくる勇者の拳が光り輝く。
「サンシャインフィストォォォォォォォォォォォ!」
顔面に拳を叩きこむ圧倒的な弱者の最高の一撃が――マドラーを怯ませた。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおお!」
リョウの一撃でマドラーの手が尻尾から離れ、大地に向かって急転直下。
「忘れんぞ! 貴様の名を! 必ず追い詰めて、地獄に――」
落下していくマドラーの怨嗟に満ちた声が、遠くなっていく。
もちろん重力に抗う術を持たないリョウも、そのまま落ちていくがさっき巻いた命の綱のおかげで、空中で制止。
「ぐえっ」
まあその急停止の勢いで腹部が締め上げられ、内臓的なものが全部出そうになったが、一応命拾いした。
自分たちに対する殺意に満ちた声はもう聞こえない、今度こそ完全に振り切ったようだ。
「これでようやく終わったんだな」
サクラの言葉と同時に、ドラゴンが暗雲を抜け、朝日が顔を出した。マドラーの領地を抜けたのである。
「何とか全員無事で帰れますね」
歓喜に満ちた声を上げるグラーシーザー。
「もうこんなことが起きないように、帰ったら店の整理をしないとね」
フレイルも一仕事終えた後のようなさわやかな笑顔で言う。
「ほんとに頼むわ……こんなことはもうこりごりよ」
アテナも今回の出来事は流石に応えたようだ。
「ははは、違いねえ」
そんな和やかな会話に完全に蚊帳の外の人物が一人。
「あのさ」
俺の声を聴いて、ようやく全員気づいたようだ。
「早く引き上げてくれないかな」
ドラゴンに宙吊りのままだということに。
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