第10話 深淵 ――Lost in Abyss――③
リョウたちは、外連味溢れた装飾の施された扉の前にいた。
「ここが宝物庫か」
「ああ、ここに秘密の抜け――」
「財宝があるんだな」
「あ、抜け道よりそっち? こいつ本当に勇者?」
骸骨の言葉は華麗にスルーして、リョウとアテナは扉に手を当てる。
「それにしても趣味悪いな、この扉」
「きもいわね」
目の前に聳え立つ扉には禍々しい悪魔の顔がでかでかと彫られており、見たものを委縮させるには十分な効果がある模様。装飾の趣味は最悪だが、大切な宝を守る最後のセキュリティとしては十分だろう。
「怖いから落書きすっか」
「お前怖いものなしだな」
原形を留めないくらい落書きをして、恐怖心を半減させる。
「じゃあ開けるぞ」
「せーので、押しましょう」
しかしそんな邪悪な装飾など歯牙にもかけずに、リョウとアテナは力いっぱい扉を押す。
大地を揺らし、轟音を立てながら、ゆっくりと開く扉、そして中を覗けるくらいの隙間から、眩い光が漏れだした。
高まる期待に比例するかのように二人の手に両手に力が籠め、扉を開放させる。
扉が開かれた瞬間、二人と骸骨は溢れんばかりの光に呑み込まれた。全員の目を覆う。
「「「うおっ、眩しっ」」」
少し時間が経って、光に目が慣れた三人の目に最初に飛び込んできたのは――癖の強い装飾のされた扉とは打って変わって、宝物庫の名にたがわぬ黄金が納められた空間だった。
「すげえな」
「ええ、ここまでとはね」
アテナも感嘆の声を上げる。それほどの輝きを放つ財宝の数々、暗い廊下を照らすために持ってきた蝋燭の火なんて到底及ばないくらいの光であった。それを前にしたリョウは――。
「キャッホー! これで借金返済して、しばらく仕事しなくて済むぜー!」
それはもう浮かれに浮かれまくっていた。
「落ち着きなさい。お宝を目の前にして浮かれるなんて、全く」
そんなアテナの服の胸部が不自然に膨らんでいた。
「いやネコババがバレバレだよ。あ、金の骨格標本だ!」
骸骨も人質ということを忘れてテンションが上がっていた。
しばらくの間財宝の海を泳いだ三人は、部屋の真ん中にある祭壇、その上に祀られている、財宝の中でもひときわ大きな輝きを放つ黄金の宝箱に興味を示した。
「あれとかすげえお宝入ってそうだな」
「開けてみましょうか」
「俺も持って行ってくれ、気になる」
すぐさま三人とも祭壇を昇る。
「こんな懇切丁寧に奉っているんだ、きっとすごい宝物だろうな」
「何かしら。レアな宝石とか聖剣とか、なんにせよこの上なく貴重なものが入っているとは思うわ」
「水晶髑髏とかかね」
「「それはない」」
そんなやり取りをしているうちに、黄金の宝箱が開いた。さっき宝物庫の扉を開けたときよりも大きな期待を胸に、皆一様に中身を見る。
――中身は。
「なにこれ」
それは書物であった、タイトルは『ゴブリン×ドワーフ 密林での密会』、その隣のは『オーク×ゴブリンキング 帝王の陥落』、さらにその隣は『オスドラゴン×ライカンスロープ 狂獣相討つ』。
「俗に言うBL作品ね」
「しかもハードな奴ばっかりだな、おい」
しかも一冊二冊ではなく、宝箱の中にぎっしりと詰まっている。
「なんか、もっとすごいもん期待してたんだけどな」
「多分集めている人にとっては何よりの宝なんでしょうね。これはきっと他の人にとってはごみに見えるものでも、その人にとってはかけがえないものという教訓よ」
「なるほどなあ」
何故か感心しているリョウとアテナを尻目に、震えているものが一人。
「え、マドラー様が……マジで……」
主人の隠された性的嗜好を目の当たりにしたのをだから無理もない。
「あ、『ミイラ男×がいこつ騎士 真夜中の包帯拘束調教』だってさ」
「いやああああああああああああ! なんか最近ミイラ男の野郎との警備シフト多いなーって思ってたらそういうことかあああああああああああ!」
情報が多すぎて骸骨はパンクしてしまった。逆にリョウとアテナはBL書物とてんやわんやになっている骸骨を見て冷静になる。
もう宝物庫に来て結構な時間経ってしまっている。さっさと脱出しないといけない。とりあえず持てる財宝を限界まで持って――。
「あとこれはマドラー様とやらの秘密なんだからちゃんと戻して――」
「貴様ら、何をやっている」
書物を律義に戻そうとしたとき、極大の怒気を孕んだ声が背後から掛けられる。背中越しでもわかる明らかな怒りの感情。
恐る恐る振り返るとそこには――巨大の角を持った悪魔だった、その顔はこの宝物庫の扉に刻まれていたものと瓜二つ。
リョウとアテナは瞬時に察した、こいつがこの城の主マドラーだと。
背は自分たちより少し大きいくらいで、リョウが最初に戦ったオーガと比べてもかなり小さい。しかしその体に内包した力の強大さを本能的に理解した、正面からぶつかり合って勝てる相手ではない。
額から冷や汗が噴き出し、膝が笑っている。そのほかにも考えうる恐怖のサインが次々と出ている。
当たり前である。目の前に青筋を浮かべて、こちらに敵意を剥き出しにしている格上の相手がいるのだから。しかしそんな恐怖を押し殺して、何とか逃げなくてはいけない。必死に思考を巡らせる。
「私をコケにしてまで落書きした挙句に、我が秘密を知ったからには生かして返すわけにはいかん」
両掌に奴の怒りを体現したかのような巨大な火球が浮かび上がる、こっちにも熱が伝わってくるほどの火力があった。
「まともに食らったらひとたまりもないわね」
しかしここは宝物庫の奥、逃げ場はない。あの火球を受け止めることも避けることも難しい。しかも武器とか持ち合わせていないし、持っているのは暗い廊下を歩くために持ってきた蝋燭と燭台しかない。
「燃え尽きろ、カスども!」
答えを出す前に放たれた巨大な火球が放たれた。
「くそっ!」
「え、ちょっ」
火球に対抗すべく、こちらも喋るしゃれこうべを振りかぶって投げつける。
「うそおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
たがいに一直線に向かっていく火球と骸骨の声は爆発音で一瞬途切れた。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああ!」
骸骨と火球が正面衝突した、骸骨は断末魔を上げ、大爆発を起こす。しかし火球はこちらまで届かず、消滅する。
「相殺成功! お前のことは忘れない!」
「今日は本当に容赦ないわね」
しかしその代償は大きかった、自分たちの命を救うために一つの命が散ってしまったのだ。
「小賢しい真似をしやがって!」
怒りとともにマドラーはもう一度火球を発生させた。
さっきよりも巨大な炎、今度も躱すのは至難の業である。
何かないか頭をフル回転させる、そして――天啓を得た。
「動くな! 動いたら貴様が必死に集めたBL書物に火をつけるぞ!」
「な、何い!」
蝋燭を書物に近づける。
「ほらいいのか、この『炎の精霊×レプティリアン、粘液と炎の夜』がタイトル通り燃え上がっちまうぜぇ~」
「き、きさまあ」
多分世界で一番しょうもない人質事件だろう。しかしマドラーにとってこの物語たちは大切なものなのだろう、地味に効いており、明らかに狼狽えている。
このまま逃げることができるかもしれない、そう思った瞬間だった。
「あ」
炎の欠片、溶けた蝋燭が書物に落ちた、古い書物にあっという間に燃え上がり宝物庫を覆うほどの巨大な炎となる。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
威厳の欠片もない絶叫を上げ、半狂乱になる。
マドラーの注意が侵入者の排除よりも書物の消化に向いた、この隙に宝物庫の扉から逃走する。
放たれた炎は宝物庫から更に広がり、城の全てを呑み込んでいった。
炎上する魔王城を呆然と見つめるリョウとアテナ。
城の中から逃げ惑うモンスターたち、焼け落ちていく城、なんと見えない哀愁を感じる。
「なんか、その、うん」
「言いたいことはわかるわ」
図らずも魔王軍の拠点を壊滅させてしまった、しかもとんでもなく姑息な手段で。
罪悪感というか、何とも言えない気持ちである。
「……帰ろうか」
「そうだな」
その場を後にしようと踵を返す、しかし。
「――待て」
二人を呼び止める声――振り返るとそこには奴がいた、燃え盛る自ら城を背にしながらこちらに明確な殺意を向ける、悪魔の長――マドラーであった。
今までの敵とは比べ物ならない、威圧感と殺意を纏っていた。
「貴様ら、絶対に許さないからな」
憤怒に満ちた魔王軍幹部、さっきのように隙を見て逃走――いや、だめだ。もう隙を見せてくれそうにない、一点の曇りもない殺意がそこにある。
というか逃げようにも、マドラーの城は断崖絶壁の上に建っていたのだ。故に後ろは崖でその下は激流、ここから落ちてはまず助からないだろう。
マドラーは両手を掲げた、目の前に太陽と見紛うほどの巨大な火球が現れる。止めの一撃という言葉では生温い、リョウたちごと周りにあるもの全てを灰燼貸すための最大火力を放とうとしている。
いろいろと策を考えては自ら打ちこわし、また次とこの短い間に様々な方法を脳内でシミュレートしたが。だめだどんな小細工や搦手も、この圧倒的な火力に対して反撃どころか、一矢報いる方法すらない。
「――だめか」
誰が見ても絶望、八方塞がり、万事休す。今まで続いてきた俺の悪運もここまでか。まあいつ死んでもおかしくないような状況ばかりだったので、長生きしたほうだろう。
半ば諦めかけているリョウ。
「仕方ないわね」
しかしこの状況でも力強い言葉を吐く女が一人、この世界を女神アテナである。
アテナは膝を折ろうとしているリョウに振り返り、そして――リョウの腹部に蹴りを叩きこんだ。
「がっ」
リョウはくぐもった呻きと共に、空中に投げ出された。
「ちゃんと生き延びなさいよ」
そういった少女は、微笑んでいた。
爆炎の悪魔、それに相対する少女。
それがリョウが見たアテナの最後の姿だった。
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