第9話 深淵 ――Lost in Abyss――②
取り残されたグラーシーザーは慌てふためいていた。
「ちょっ、あの二人どこ行っちゃったんですか!」
「これは転送水晶、その名の通り触った人間をどこかに転送する魔道具なんだよ」
フレイルは対照的に冷静だった。
「じゃあ二人はこの世界のどこかに飛ばされたってことですか?」
「うん、でも私が行ったことがある場所にしか行けないけどね」
「じゃあ心当たりのある場所を片っ端から当たってみるか」
「いや、その……あたし魔道具探しで結構いろんなところに行ってるから、どこに行ったのか見当もつかないよ」
フレイルが冷静な理由が分かった、何か解決策があるからではなく、逆に打つ手が全くないことを知っているからだ。
「そ、そんな」
そんなフレイルを見て、二人とも完全に打つ手がないこと悟り、打つ手呆然と立ち尽くすしかなかった。
「どーすんだよ!」
こことは遠い場所で魔剣がてんやわんやになっているのと同時に、魔王城で半狂乱になっている人間が一人。
「落ち着きなさいよ」
「落ち着いていられるかあ! いきなりラスボスのところに来ちまったんだぞ、もうこんな危険な場所にいられるか! 私は部屋に帰らせてもらう!」
「いや本当に落ち着きなさい、あなたの部屋なんて存在しない場所で死亡フラグを立てないで」
「だってこちとらまだおばけきのこにようやく勝ち越せるくらいにしかなってないんだぜ」
一通り不満をぶちまけて、息を吐く。溜息とともに抱えたものを全部放出したおかげか、ほんの少し冷静になる。
「まあ愚痴っても仕方ねえ、とりあえず脱出する算段でも考えるか」
「そういうあなたの切り替えの早いところ私は好きよ」
「とりあえず火でも放つか」
「あんた容赦ないわね」
「これで魔王を倒せたら万々歳だろ」
「言っとくけどここは魔王の配下の拠点、いうなればただの氷山の一角だからここを燃やしても魔王軍にそこまでダメージを与えられないわよ」
「え、じゃあここ誰の城なんだ」
「ここの城は魔王デスダークサタンの配下の親衛隊の――」
「あ、いいです」
肩書が長い時点でそこまで上の位置にいる奴ではないことはわかった。まあ闘うわけではないので敵の詳しい情報はなくてもいい。
「それよりも脱出の算段をしようぜ、RPGとかだと城の地図を手に入れるのが定石なんだけど――」
「多分、手に入れる前に見張りの兵士に見つかるわよ」
「だよねー、じゃあこの窓割って脱出――」
「も、無理ね。外を見なさい」
硝子越しに見える景色、空は暗雲に覆われた闇、そして下を見ると暗黒の空に負けぬ漆黒の谷底だった。
「この高さじゃ無理だな、よし最後の作戦『敵に見つからずに一階から脱出』を決行だ」
「それ作戦でも何でもないじゃない」
都合の悪いアテナの突っ込みはスルーして、リョウは先行する。
「じゃあ階段を探すぞ。いいか警戒を怠るなよ、いいか絶対だぞ」
「もうそれフリにしか聞こえない」
話しながら曲がり角を曲がると――骸骨の騎士が目の前にいた。髑髏の鎧騎士と目が合った、いや骸骨に目はないけれど。
「侵入――」
「ふんっ!」
先手必勝、他の仲間を呼ばれる前に、顔面に蹴りを叩きこむ。骸骨の兵士の声がそこで途切れて、骸骨の頭部があらぬ方向に飛んでいく。
「さて、階段探すか」
「全力でなかったことにしようとしても無理よ」
「貴様ら、ここがマドラー様の城と知っての狼藉か」
さっき吹き飛ばした骸骨戦士の頭が喋った。どうやらこの城の主はマドラーというらしい。
まあ城の主が誰かというのは正直どうでもいい、そんなことよりもこの状況はまずい。
「こいつがやられたって知られたら、仲間が来るわね」
「急いで脱出しないといけないな」
「でもどうするの、こんなにだだっ広いと階段を探すのも一苦労よ」
正直ここで警備兵を倒してしまうというのは敵に余計な警戒心を与えて、脱出を難しくしてしまうのではっきり言って悪手である――ただ怪我の功名という言葉がある。
「じゃあこいつに案内してもらおうか」
骸骨を拾い上げる。まだこいつがやられたことに敵は気づいていない。この城全体に自分たちのことが知れ渡る前に脱出すれば万事解決である。
「誰が貴様ら下等種族のいうことなど聞くものか」
目も当てられない姿になっているのに無駄に尊大な態度の骸骨、こいつに肉体があったら唾でも吐かれそうな勢いで嘗められていることが分かった。
「そんなことはいいから、この城抜け道とか隠し通路とかあったら教えろ」
「それにこの俺に手を出したんだ。どのみちマドラー様が黙っちゃいないぞ、あーはっはははははは」
魔王の威を借って勝ち誇る骸骨、ここまで言われるとさすがに苛立つ。それはアテナも同じようで二人で顔を見合わせ、頷く。
「「自分の立場が分かっていないようだな」」
二人の思考は一致した。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
窓を割って外に向かって手を伸ばす、天空に晒された骸骨さっきの不遜な態度が打って変わって最高の恐怖に染め上げられる。
「こんなに高いと、風強いなー、手に力はいらないわー」
「そうねー、こんなに風が強いと取り落としそうになるわねー」
「わかった、わかったから! なんでもするから降ろしてくれええええええええええ!」
その必死の命乞いを聞き入れて、廊下に骸骨を引き戻す。
「じゃあ脱出できそうな場所を教えろ。できれば宝物庫によって財宝を根こそぎ奪ってから帰りたい」
「勇者というよりはもはや盗賊じゃないの」
サクラの突っ込みはスルー。
「宝物庫は一階がある、宝物庫には隠し部屋と隠し通路があるんだ」
「おあつらえ向きだな、それは」
「な、なあ悪いことは言わないから宝物庫から脱出するのはやめとけ」
さっきの尊大さが嘘みたいに骸骨は声を震わせながら、切り出した。
「マドラー様は超怖いんだ。特に宝物庫は大事にしているみたいで、勝手に入った部下を容赦なく焼き殺したんだぞ。悪いことは言わねえから別ルートからのほうが――」
さっき天に頭を晒された時よりも恐れている、それほどこの城の長たるマドラーの怒りは先程の死の恐怖よりもはるかに恐るべき存在だということか。
「よしじゃあ宝物庫に案内しろ」
「人の話聞いてた⁉」
まあ見つかる前に、脱出すればいいだけの話である。
最後まで言葉で抵抗する骸骨を無理やり引き連れて、作戦開始。
静寂なる闇の中、玉座に坐するものが一人。
「何やら騒がしいな」
闇の中に光るその眼光は闇に負けぬ邪悪さに満ちている。
圧倒的なる闇の存在――マドラーは玉座に持たれかけていた掌を広げると、空中に穴のようなものが開き、乱痴気騒ぎを起こしている二人の人間の姿が映し出された。
「侵入者か」
まあ部下に任せておけば大丈夫だろう、見たところ取るに足りない雑魚である――そう余裕をかましていたマドラーはあることに気が付いた。
「まさか」
真っ直ぐに宝物庫に向かっている、思考がそこに行きついた瞬間、顔の血の気が引いた。
――まずい、宝物庫にはあれが置いてある。
玉座に悠々と座っていた時とは打って変わって、機敏な動きで部屋から飛び出す。
「我が秘密を探ろうとる不届き者どもめ! 消し炭にしてくれる!」
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