第7話 お使い②
木々が殴り倒され、大地はまるで巨人に千切り取られたかのように、抉り取られる。
一体どれほど凶悪な怪物が暴れているのだろうか――この光景を目の当たりにした人々はきっとそんな感想を抱くに違いないが、しかし森林の破壊者の正体はたった一人の格闘家もとい冒険者であった。
「あっはははははははは! 鬼ごっこだー!」
哄笑を上げながらこっちに来る破壊の申し子――サクラ。状態異常のせいで、どうやら自分のことを敵かあるいは遊び相手くらいに思っているのか無邪気にこっちを追ってくる。
その無邪気さと裏腹に振るわれる拳の苛烈の一言、何とかその攻撃を躱すも、その余波で暴風が起きる。
「マジで洒落にならねえ!」
サクラが跳んだ慌ててその場を離れる。さっきいた地面にサクラが拳を叩き込むと、地面に亀裂が入り、それは爆炎が噴出する。
「……」
あのまま反応できなければどうなっていたか、熱風が全身をなでているのに、背筋に寒気が走る。
「あっはははは!」
最強の味方の無邪気な笑顔、いつもなら頼もしい限りであるが、敵となった今では恐怖しかない。
「……参ったわね」
アテナが独り言ちた。いつも通りのどこか高貴で余裕に満ちた声に聞こえるが、しかしその言葉には隠し切れない焦りのようなものが感じ取れた。
「ああ確かにな」
実際問題、暴走するサクラを止める手段は少ない。一応さっきから三人とも策を弄しながら走っているものが、いい手段は思いつかない。
後ろを振り向くとどんどん距離を詰めてくるサクラ。
「よーい、ドン!」
大きく踏み込んだ彼女の姿が消えた。
その一秒後には目の前に、そして砲撃のような拳がアテナに叩き込まれる。
「ぐうっ!」
くぐもった声とともに、アテナは吹き飛ばされ、木々をなぎ倒し、彼方に飛んでいく、アテナが吹き飛ばされた通り道は草の一本も残っていない。
次に暴走特急の如きサクラの前に立つのはグラーシーザー、両手を広げて通せんぼ。
「止まってください、サクラさ――へぶっ!」
しかしその期待も虚しく、撥ね飛ばされる。そのままの勢いのまま、こっちに向かって直進してくる。
「ぐうっ……」
腕を十字に組んで防御する。
だが、重い……防御した腕にはひびが入り、その衝撃は体全体に駆け巡り、足が浮く、そして最後は弾き飛ばされる。
「……くそっ」
生半可な防御は意味をなさない、いったいどうする? まともに防御もできないし、単純な速さでも勝てる気がしない。
考えろ、何か手は――必死に打開策を捻出させようとするが、そのせいで反応が遅れた。
サクラは飛び上がり、独楽のように回転しながら、回し蹴りを放つ。
辛うじて右手で受けるが、そのインパクトは体を通過して、地面に伝わり、地面に網目のような亀裂が入る。勿論右手は使い物にならなくなる。
だめだ、目の前の攻撃をなんとかするのに精一杯である。間髪入れずに追撃の拳が来る、今度は左手で受け止めようとするが、その前に横から火球が飛んできてサクラは一瞬後退する。
「間一髪だったわね」
「大丈夫ですか! リョウさん」
「助かったぜ、二人とも」
満身創痍のアテナとグラーシーザーとここで合流した。
「で、怪我人三人そろったけどどうするの」
手負いの三人にできることは少ない。
「……一個だけ、作戦があるぞ」
だが何とか絞り出した案が一つだけ存在する。正直成功率は低いけれど多分他の作戦よりはましである。
「じゃあ作戦通りに」
「ええ、生きて帰ったら私、おいしいもの食べたいです」
「フラグを立てるな」
その会話を最後にみな森の中へ散開する。
「あっ、待て待てー!」
そして再び鬼ごっこが始まった。
最初の標的は――アテナ。残った三人の中の中では一番早いアテナだが、サクラの速さには及ばず、二人の差はみるみる埋まっていく。
「つーかまえたっ!」
そう言って目の前のアテナに飛びかかった。作戦を実行する前にあっけなく一人捕まってしまった。
「――ええ、貴女の言う通り、捕まえたわ」
アテナはサクラの腕をなんとか捕まえた。そして両腕を巻きつけて、拘束する。
「こんなものぉ!」
しかし拘束が不完全だったのか、サクラの圧倒的な膂力に徐々に引きはがされる。
そしてとうとう拘束が解かれた。
「ざーんねーん」
「そうでもないわよ」
アテナは笑った。それは最大の好機が無に帰したものの笑みではなかった。
「止まれえええええええええええ!」
木の上から降り注ぐ、耳をつんざく叫びとともに放たれる魔剣。木の上にいたリョウが放ったのだ。
完璧な不意打ちであった、これで足か腕の一本でも切り落とすことができれば動きを制限することができる。
「ふんっ!」
しかしこの不意打ちにもサクラは反応した、凄まじい反応速度だ。サクラの拳が輝く、降り注ぐグラーシーザーを迎撃せんと放たれる一筋の光線。
――一瞬のスキを突いた最後の不意打ち、それは無情にも強者の一振りによって撃ち落とされる――そう思われた。
「させません!」
それはサクラの放った光が衝突する直前、グラーシーザーは美しき真紅の魔剣から人の姿になった。
そしてそのまま空中で体を捻った。直撃するはずだった光線はグラーシーザーの隣をすり抜ける。
そして再度魔剣に戻り、サクラに向かって落下する。
「うあっ!」
天から墜落した魔剣が直撃した、グラーシーザーの幅広い刀身に潰される。
「あ、くっ、くうっ」
のしかかる魔剣を押しのけようとしたが、びくともしない。
グラーシーザーは引き抜いた人間以外は持つことすらままならないのである。故にそんな魔剣に潰されたら、身動きできないのは当たり前である。
サクラは最初こそ必死に抵抗していたものの、観念したのか体を動かすのをやめた。
「あーあたしの負けかあ」
負けを認めたサクラの口の中に、さっき入手した薬草を強引に押し込む。薬草には酔い覚ましの効果もあるから好都合であった。
「ほら口開けろ」
「えー苦いからやだー」
「よし、アテナ」
「え、ちょ」
アテナがサクラの口を無理やりこじ開け、その中に薬草を叩きこむ。
「よしこれで」
終わりと思ったが、サクラの様子がどこかおかしい。さっきまで赤らんでいたサクラの顔が真っ青である、そして奇妙なえずき。
この状態をリョウは知っていた。それは酔いが行き着く終着駅、最後の境界を越えたとき人は――。
「おえええええええええええ」
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
サクラの口から放たれた吐瀉物、その直撃を受けたグラーシーザーの絶叫が木霊した。
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