第6話 お使い①

「うー」

「落ち着けよ」

 街の病院の待合室でそわそわしているサクラをたしなめるリョウ。

「まさかお前が病院嫌いだったとはな」

「……だって、手術するんだろ、お腹を切り裂くの失敗したら、死んじゃうかもしれないじゃん」

「もうすでに死んでるやつが何言ってんだ」

今日はサクラの手術の日である。サクラはアンデッドあり、病気なることはおろか、たいていの傷は致命傷にならないが、回の戦闘でサメに噛みつかれたときに、胴体にその歯が残ってしまい今日はそれを摘出しに来たのである。

本当はアンデッドバレの危険性があるため、一般人に診せたくはないのだが、背に腹は代えられない。

 時を刻む度にサクラの額に汗が滲み、まるで溺れたときのように荒い息を繰り返す。

 しかしそんなサクラの無慈悲にも審判の時が訪れる。

「サクラさーん」

 自身を呼ぶ看護師の声にいち早く反応するサクラ、しかしその足は出口に向かって一直線。

「うわああああああああああああああああああああああああああいやだあああああああああああああああああああああ、あたし帰るううううううううううううううううう!」

「サクラ落ち着け!」

「逃がさん!」

 暴れまわるサクラを看護婦さんと一緒に抑え込む。というか口悪いなこの看護師さん。

「うああああああああああああ!」

「落ち着けサクラ! 怖いことなんてないから!」

「そうよ、大人しく手術を受けなさい!」

 乱暴な看護師さんがサクラの右腕を引っ張ると、サクラの右腕がすっぽ抜けた。

「ぎぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいああああああああああああ!」

 看護師さんの悲鳴が爆発する。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 それに驚いたサクラがひときわ大きい断末魔を上げ、互い共鳴し合い、膨れ上がった絶叫。それは大気を鳴動させ、肌がひりつかせる。

正にカオスを体現したこの状況にリョウの思考が停止するがすぐさま二人の絶叫で我に返る。

「いやだあああああああああああああああああああああ帰るうううううううううううううううううう!」

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああ右手があああああああ!」

「サクラ本当に落ち着けえ! あと看護婦さん、こいつ大道芸人なんでこれも芸なんです!」

 サクラをなんとか落ち着けながら、ゾンビだとばれないようにするにごまかすが――。

「手に負えねえ!」

 この崩壊した空気を覆すことはできない、半ば匙を投げかけたとき――どこからか飛んできた何かが二人の首筋に突き刺さる。

 二人に首に突き刺さったもの――注射器だった。それから薬品が注入されて、二人とも前のめりにぶっ倒れた。

 状況が沈静化し、静寂が舞い降りる。

「病院ではお静かに」

 突如飛来した医療器具、それが飛んできた方向から出てきたのはこの町の有名人、類稀な美貌を持った女医という男の夢の具現化したかのような存在――アイリス、町の人は彼女のことを『白衣の女神』と呼び慕っている。

「さて手術を始めましょうか」

 そして二時間後サクラは施術した医師とともに手術室から出てきた。

「手術は成功よ」

「帰ってきたぜ、故郷に……」

「戦場から帰ってきた兵士みたいに言うな」

「今日は宴だな」

「お前酔うと暴れるから却下だ」

 先ほどの恐怖で泣き叫んでいた時とは打って変わって、平常心を取り戻した様子のサクラ、どうやら体も無事のようだ、ひとまず安心である。

「それにしてもこんなにサメの牙が突き刺さってよく生きてたわね」

 アイリスの言葉に一瞬、冷や汗が出る。確かに普通なら何カ月も入院するような大怪我だし、普通に暴れられる元気がある時点でおかしい。

 これはもしかして――二人そろって息を吞む。

しかしそれ以上突っ込まれることはなく、二人で胸を撫で下ろす。

「さて私はちゃんと治療したわ、さて今度はこちらの条件を果たしてもらいましょうか」

 安心している二人にアイリスは言葉をつなげた――その顔に含みのある笑みを浮かべて



鬱蒼と茂る雑草、そそり立つ数多の木々、その中をかき分け進の四つの影。いつもの四人――リョウ、アテナ、サクラ、グラーシーザーである。

なぜこんな山の中にいるのかというと昨日の手術費用が思った以上にかさんでしまい、大切な生活費まで侵略され、生活が脅かされかねない事態に陥りそうになり、そんな自分たちを見かねたアイリスは交換条件を出してきたのだ。

それは薬に必要な材料を採取することで、減額してくれるというもの。

なんでもアイリスは治療費を工面するのが難しい駆け出し冒険者に対して、薬草採取やお使いなどの超が上に八個はつきそうな簡単な仕事を依頼し、報酬として治療費の減額をしているらしい。その慈愛に満ちた活動が彼女が女神と呼ばれている所以の一つである。

 リョウたちも例にもれず治療費の割引と引き換えのお使い中である。

「まあ薬草の採取なんてすぐ終わるでしょ」

 アイリスに頼まれた薬草はどこにでも生えているものなので、アテナの言葉通りすぐに依頼を完了してしまうだろう。

――しかしその予想は大きく外れることになる。

「意外に生えてねえな」

「珍しいですね、こんなに見つからないなんて」

「手分けして探しましょうか」

 いつもは到る所に生えているのに、今日に限ってどこにも生えてない。全員が山の中に散らばり、文字通り草の根を分けて探索してもである。

 リョウは茂みの中に頭を突っ込むと、ようやく目当てのものを見つけた。

「お、あった」

 これでようやく仕事を終えることができる、リョウは薬草に手を伸ばしたのと前方の茂みが揺れたのは同時だった。

 前の茂みから出てきたのは三頭身ぐらいの大きさの手足と目のついたお化けキノコ――マタンゴであった。

「あ」

マタンゴと目が合った、瞬間、臨戦態勢を整えようとするが時すでに遅し。

そのキノコの傘からガスのようなものが噴き出す。

「しまっ――」

 慌てて口と鼻を覆うが、リョウの体はなす術なく、その黄色の煙に呑み込まれる――しかしその前に首根っこを掴まれ、引っ張られる。

「ぐえっ!」

 首が締まって、視界が一瞬ホワイトアウト、そのまま何かに放り投げられ、地面に墜落した。

 一種何が起こったのかわからなかった、しかし黄色い煙の中に呑み込まれる一つの人影を見て、全て悟った。

 サクラが自分を引っ張って黄色の煙の中から救出したのだ。

「リョウ大丈夫?」

ここでアテナとグラーシーザーが合流した。

「俺は平気だ」

 それよりものみこまれたサクラの方が心配である。

やがて黄色の煙が晴れるとそこには五体満足のサクラ、どうやらサクラも無事のようだ。

「サクラ、大丈夫か?」

 リョウの言葉を聞いた顔を上げたサクラ、その様子はどこかおかしい。

いつも青白い頬が紅潮し、目も座っている。何より、俺の声にこたえない。

「ヒック」

 そしてしゃっくり。

この状態異常をリョウは過去に見たことがあった、理性の大部分が侵され、容量のえない言葉を発し、大地を踏みしめる足はいともたやすく縺れる――その状態を人は酔っ払いと呼ぶ。

「まさか」

 リョウは頭を抱える。

 RPG的に言うと、サクラは毒などの体に痛みを与えるタイプの状態異常を受けない、しかし睡眠や混乱などは絶大な影響を受けるのである。

 この酔っぱらった状態はほぼ混乱状態と同義である。

「んー」

 ふらふらと揺れながら、こちらゆっくりと近づいてくるサクラ。

「おいサクラ」

 不確かな足取りだが着実にこちらに近づいてくる、しかしこちらの呼びかけに答えない。

 そしてこちらまで五メートルといったところで、サクラが消えた。

 リョウは辺りを見渡してサクラを探す。

 サクラは目の前にいたどうやら少し態勢を低くして、地面を蹴って一気に距離を詰めたのだ。

 その姿を認めたときにはもう遅かった、こちらの防御態勢が整う前にサクラの拳が脇腹にめり込む。

 脳が、胃が、心臓が、揺れる。体を構成する全てがこの一撃によって一瞬、機能停止に陥ったかのような錯覚に陥った。

 そのまま飛ばされ、一本の木に衝突する。全身が四散しそうな衝撃に意識が飛びかけた。

「がはっ」

 体の内部、局地的に三か所ほどから嫌な音がした気がした。そんなオレにサクラは千鳥足でゆっくりと近づいてくる。

「……やっべえな」

 体に走る痛みが、オレに教えている。目の前にいるのは今までで史上最強の相手であると。

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