番外編 とある異邦人の記録:言語について

ある日、リョウはかねてより疑問に思っていたことを、アテナに投げかけた。

「この世界の言葉なんだけどさ、何で日本度通じるんだ?」

「簡単よ、あなたがこの世界に来るって返事した時に、貴方の脳を改造したのよ、あとあなたの言葉は全部異世界語に変換されてるわ」

「お前人の脳に変な機能つけんなよ」

勇者田中涼は改造人間だった。

「じゃあこの世界の言葉ってあるのか」

「あることにはあるわね」

「へえ、そうなのか。聞いてみたいな」

「できるわよ、脳の翻訳機能を解除すればね」

 そう言ってアテナは指をパチンと鳴らす。

「これで解除されたわ」

「ちょっと外に言ってくる!」

 勢いよく外に飛び出すと、ちょうどいいところによく仕事で一緒になるトウリョウがこっちに来ている。ちなみにこの人、みんなにトウリョウといわれているが、大工の頭領というわけでなく、名前がトウリョウというだけである。

 こちらに気が付いたトウリョウは手を振りながらこっちに近づいてきて、朝の挨拶を――

「Fuck you」

「……」

 リョウは勢いよく家の中に戻る。

「どうしたの?」

「いや、あのその」

 朝の挨拶しようとしたらいきなり罵倒された。

「ああ、それはこの世界の『おはよう』は『ファックユー』、『こんにちは』は『サノバビッチ』、『こんばんは』は『耳の穴から指入れて、がたがた言わせたろか』っていうからよ」

「なんでそんなピーキーな言葉ばっかりなんだよ」

「ちなみに『おやすみ』は『鼻毛真拳』、『ありがとう』は『釣瓶縄井桁を断つ』よ」

「使いづらっ!」

「日本人のあなたからしてみれば、変な言葉かもしれないけど、この世界ではれっきとした言葉なのよ」

 心底アテナの脳改造の重要性がわかった、挨拶感覚でみんなから「くそやろう」なんて言われたら、きっと心が壊れる。

「あ、仕事の時間だ」

 しているうちに時間が来てしまったようだ、リョウは素早く身支度済ませて、勢いよく出ていく。

「あ」

 リョウの背中を見送った後で、アテナはある事に気が付いた。

「翻訳機能復活させるの忘れてた」



 途切れ途切れの息を整えながら、ギルドの前で箒を掃いている受付嬢に元気よく挨拶。

「あ、おはようございま」

「Fuck you」

 目の覚めるような輝く笑顔で罵倒された。

 その破壊力に一瞬我を失ったが、何者かに後ろから肩を叩かれ、我に返る。振り向くとフラグ三人衆の面々、相も変わらず風体は柄が悪いが、その顔には爽やかな笑顔を浮かべており、彼らの人柄の良さが滲み出ている。

「「「Fuck you」」」

 折り重なる罵倒の三重奏トリオ

 他のギルドの中にいる人たちも挨拶してきた。

「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」

 脳内に刷り込まれていく言葉、もう勘弁してほしい。

「……来るな」

 そんな願いも虚しく、すれ違う顔見知り全員から紡がれる罵倒の言葉。

「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」「Fuck you」

 ああ、また知り合いが前からやってくる。

「もう、来ないでくれえええええええええええ!」



「貴方たちが普段使ってる言葉や、ふとした時に出る仕草、もしあなたが普段と異なる世界に赴いた時にはそれらに気を付けてください。貴方があいさつ代わりに使った言葉が相手を傷つけてしまっているかもしれないということを――」

「何だこのタモリさんが出てきそうなオチ」

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