第5話勇者VSビッグ・ジョーズ




「最近、ギルドにモンスターの討伐依頼が増えてきたな」

 つい最近までスカスカだったギルドの掲示板を見て、リョウはしみじみとなる。本当にこの世界に来てから、ギルドの立派な掲示板が埋まったところなど見たことなかったのに、今は隙間の方が少ないという快挙である。

「ええ、魔王軍の人間界侵攻の話し合いがひと段落着いたからね」

 各地の魔王軍が会議のために、魔王の城に集結した。その間指導者を失った魔王軍の領地は無防備に。

その隙に一般の野性モンスターがその領地にある食べ物などを取りに行っていたが、その会議が終わり、自分の縄張りに戻り始め、平和だった町や村が再び被害を受けているらしい。

「で、結局、どうなったんだ。魔王軍は進行してくるのか?」

「いいえ、決まらなかったから、とりあえず現状維持になったわ」

「……問題の先送りは、為政者としては下の下だと思うぞ」

 たとえ小さな問題でも解決できるなら迅速に対処し、部下のストレスを少しでも軽減するのが支配体系を長く続けるコツである。

「あと残っている議題は、ティファ派かエアリス派か、ララ派か春菜派か、小野寺派か千棘派か、東城派か西野派かぐらいね」

「……それもう永遠に攻めてこないんじゃ」

 絶対決着つかないタイプの議題である。というかユフィ派、古手川派、鶫派、さつき派は一体どこだ。

「まあ攻めてこないんならいいや、それよりも今日の仕事探すか」

 ぶっちゃけ今は魔王軍の侵攻よりも、日々の生活費を稼ぐ方が重要なのである。リョウとアテナにサクラ、グラーシーザーは大量に貼られた依頼書を物色する。

「うーんどれがいいんでしょうか」

 今まで選択肢がなかったが、今は豊富に仕事があるので、逆に何の仕事がいいのか迷う。特にグラーシーザーは冒険者になって日が浅いので、書いてある内容の良し悪しもわからないだろう。

「どうすっかなー」

「ん、これなんていいんじゃね」

掲示板の前で顎に手を当てて、仕事を値踏みしているリョウに話しかけたのはサクラだった。

「えーと何々、町の名所である湖に怪魚が出現したので、退治してほしい」

 えらく簡素な依頼文だが、その依頼文の下にはなかなかの報酬額が書かれている。

「へえーいい感じだな」

「でもこの怪魚というのが気になりますね」

 討伐対象が伏せられているのが気になる様子のグラーシーザー。

「ああ、怪魚なら前にアテナが捕まえて、アクアパッツァにしたぞ」

「ええ、多分あれくらいの奴なら三人いれば余裕だと思うわ」

「……これにすっか、報酬もいいしな」

 色めき立つ冒険者たち、ただ一人、女神アテナを除いては。

サクラの持ってきた以来の張り紙、難易度を示す星のスタンプは八個。

この町で受けられる依頼の平均難易度二から三、は早い話がとんでもなくやばい依頼なのである。

「ねえ、この依頼――」

「あ、ここ結構有名な観光スポットですよ!」

「あたしも気になってたところだ、砂浜もあって泳げるらしいぜ」

「怪魚退治したらちょっと観光するのもありかもな」

「じゃあ今からみんなで水着買いに行きましょう!」

 完全にピクニック気分になっている彼らを見て、完全に毒気を抜かれてしまった。

「……まあいいか」


 後日馬車に乗って約六時間、ようやく目的地に到着。

「でけえな。海見てえだ」

 目的地である湖は思ったよりも大きく、向こう側の岸が遥か彼方にある。

 日本で言う琵琶湖みたいなものだろうか。なんか木の小舟に乗るところがあったり砂浜があったりと、屋台があったりと見たところそれなりに観光地としての設備が整っているが、今は閑古鳥が鳴いている。

「遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」

 依頼主である付近の町の町長が出迎えてくれた。リョウたちは軽く自己紹介を済ませて、仕事の話へ。

「依頼内容はこの湖にいる怪魚の討伐、でよろしいでしょうか」

「ええ、そうです」

なんでも一ヶ月前観光客が怪魚を発見、すぐさま湖を封鎖した。

幸い人的な被害は出ていない、大体サメ映画だと大体町の権力者は町の観光業の維持のために隠蔽しがちなのだが、ここの町長は大分まともな人物のようだ。

しかし人的被害よりも深刻な事態が起きていた。

「この町の観光業にとって、この湖は生命線なんです。どうにかしてサメを退治してください、お願いします」

 町長は深々と頭下げた。勿論返事は決まっている。

「勿論です、任せてください」

人助けもできて報酬ももらえる、こんないいことしかない仕事を受けないわけがない。

「それで標的の怪魚ってどんな感じなんだ?」

 サクラの問いに、一瞬謎の間が空く。

「いやーそれがーそのー」

 何故か言葉に詰まる町長。

リョウの危機察知センサーが働いた、嫌な予感がする。

「……サメです」

「「「「はい?」」」」

 その言葉に全員素っ頓狂な声を上げる。

「サメです」

 大事なことなので二回言われた。

サメ――それは海に生息する圧倒的強者。

サメ――それは海のギャングと呼ばれる、弱肉強食のピラミッドの上位に食い込む凶悪な生物。

サメ――それは何と合わせても面白くなる万能融合素材。

 そしてこの世界でもとんでもないモンスターとして扱われている。多分種類によってはサクラといい勝負するくらいには強い。

「はあああああああああああああああああああああ⁉」

 リョウは怪鳥のような声を上げた。確かに怪魚ってぼかされて書かれてはいたけれども、まさかそんな強敵だとは思わないだろう。

「す、すみません! サメが敵だってわかるとみんな引き受けてくれないと思って!」

「怪魚の討伐にしては異様に難易度高いなと思ったけど、こういう裏があったのね。弱いけど数が多いのかなって勝手に思ってた」

 あの時、ちゃんとこの違和感を伝えておけばよかったなと、アテナは少しばかり後悔した。

「……難易度とかそういうことは早くいってくれよ」

「依頼書に難易度書かれてたでしょうが」

「……」

 依頼書を再度確認したリョウの顔色が急に悪くなる。

「……見てなかったのね」

「……報酬に目がくらんでいました」

「で、どうするのリョウ?」

「サメかあ」

 いくら報酬が良くても、正直サメに勝てる気がしないし、負ける公算が高い依頼を引き受けるべきか、否か――

 町長は断りそうな雰囲気を察したのか、額と地面がキスするくらいに頭を下げた。

「お願いしますぅぅぅぅぅぅ! この街をお救いくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

さっきとは違うベクトルで必死に懇願する町長、どうやらこの湖は思った以上に大切な事業のようだ。

「ちょっ、頭上げてくださいよ!」

「お願いしますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 涙と鼻水で顔をコーティングした町長の懇願は止まらない。なんか前にもこんなことがあった気がする。具体的に言えば今自分の後ろにいる魔剣の時とか。

「わかりました、分かりましたって!」

 結局根負けしてしまい、依頼を引き受けることになってしまった。というかここまでお願いされると断るのも難しい気がする。



「さてと始めるか」

 町長に用意してもらった物凄く長いロープ、その先端には、フックのような巨大な釣り針、そしてエサは岩のようなブロック肉、準備は整った。

「作戦はこのロープに町長から貰った餌を括りつけて、みんなでサメを地上に引っ張り上げる。そして引っ張り上げたら、サクラが止めを刺す」

「あたしの負担重くね」

「だってお前が一番強いんだもの」

 もし仕損じて、せっかく釣り上げたサメを逃がしたくはないので、確実に仕留めたいのである。

 肉を括りつけていないほうを、砂浜に杭で打ち付けて固定する。

「じゃあ始めるか。サクラ、ロープ投げてくれ」

「合点だ」

「あ、ちょっと待って」

「ん、どうしたアテナ」

 おおきく振りかぶって仕掛けを投げようとしたサクラを止めて、肉に何かを仕込んだ。

「そんじゃ今度こそ投げるぜ」

 出鼻をくじかれたが、サクラはブロック肉を鷲掴みにして、勢いよく投げる。遥か彼方へ飛んでいった肉が着水、これで準備完了である。

「さてあとは待ちだな」

 そして一時間の時が流れた――。

「かからないですねー」

ロープを揺らしたりして、サメがかかるように色々試しているのだが、一向にサメがかかる気配がない。

「まあ気長に待とうぜ、釣りってそういうもんだろ」

 隣の席の立花さんも「忍耐を欠いて急げば、ことを仕損じる」って言ってたしな。

とはいえずっとロープを注意深く見ていると流石に集中力が切れてきた、皆だらだらし始める。

「なあ、そもそも海水じゃないのにサメって生きられるのか」

 サクラが質問を投げかけてきた。

「お前、そりゃサメさんをなめすぎだぞ。俺の故郷のサメは、空飛んだり、幽霊になって出て来たり、蛸と合体したり、悪の組織に改造されたりするのなんて日常茶飯事だったんだからな」

 というそんな化け物じゃなくても淡水でも生きられるサメはいるしな。

「マジかよ……お前の故郷、修羅の国だな」

 リョウの話にサクラが軽く戦慄したその時――ロープが張った、物凄い気負いで引かれるロープを見て、全員戦闘態勢に入る。

「来ましたね」

全員がロープを握り、力一杯に引っ張るが――

「とんでもねえ力だな!」

 サクラが毒づきたくなるのも無理はない、全員で引っ張っても力負けしている。

「随分と、活きがいい……みたいねっ!」

 アテナの言う通り、水面を縦横無尽に滑るロープがサメの抵抗の強烈さを物語っている。

「はっ、上等だ!」

 人一倍闘志を燃やすサクラ、それに比例するかのように、サクラの手にこもる力が強くなる。

 そして砂浜に足がめり込むほどに踏ん張る。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおらあああああああ!」

 大気が振動するほどのサクラの気合の入った雄叫び、全員その気合に突き動かされ、ロープを握る手に力が加わる。

――そしてこの力比べに決着が訪れる。

 水面が弾けた、無数の水しぶきが陽光を反射する。そして上がる水柱の中から現れたのは、流線型の攻撃的な全身をした生物、青と白の二色の水辺の殺戮者――サメである。

 その巨大な口部に覗く無数の白い歯が、近づいてくる。

あまりにも唐突な出来事に全員硬直したまま。

「お前ら、あぶねえ!」

 その牙がリョウ、アテナ、グラーシーザーに届く寄りに先に、サクラが三人を突き飛ばす。

 その青の巨体が、砂浜に着地、細かな砂が舞い上がり、視界を覆う。

数秒後、土煙が晴れて最初に目に飛び込んできたのは、頭部を失った、サクラの胴体だった。

「さささささ、さくらさあああああああああああああああああん!」

 グラーシーザーの絶叫が木霊し、全員、目の前に広がる凄惨な光景にみな茫然自失となる。

しかし一瞬で悲劇を顕現させた海底の殺戮者は待ってはくれない。

 普通なら海に生息する鮫が大地に足をつけることはないが、このサメは文字通り足をつけている。

「四足歩行の鮫なんて映画でしか見たことねえぞ!」

 砂を巻き上げながら、サメがリョウの方向に走ってくる。

このままでは撥ね飛ばされる――だがしかし、いつまでも呆けてやられる彼らではない。

「来い! グラーシーザー!」

「はい!」

我に返ったリョウは炎を纏う剣の名を呼ぶ。

 グラーシーザーが光になって、炎の如き紅蓮の刀身の魔剣がリョウの手元に召喚される。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 サメに向かって剣を振るう、渦巻く炎を纏い、放たれるその一撃がサメを捉えた。

 しかし――リョウの渾身の一撃は高い金属音とともに、阻まれた。奴の鮫肌が止められたのである。

 もう一撃叩き込んだが、結果は同じだった。

「やっぱり攻撃力が足りねえのか……」

 グラーシーザーの攻撃力は持ち手であるリョウに依存している。故にスライムと拮抗勝負を繰り広げるリョウのステータスをベースにした今のグラーシーザーはこんにゃくを切るのがせいぜいである。

 そんな貧弱なリョウの攻撃をまるで意に介さず、鮫は踵を返して、湖の中に戻っていった。

「とんでもないことになっちゃったわね……」

 余りにも想定外の事態に全員呆気にとられる。

 砂浜に空いた大穴が先程の一瞬光芒の激しさを物語っており、自らが相対していた存在がいかに狂暴な存在かを思い知らされる。

「サクラさん、大丈夫ですか⁉」

 グラーシーザーが砂場にその身を埋めているサクラの胴体に駆け寄り、抱き起す。

頭部を食い千切られた一人の少女、その命は一瞬にして散らされてしまった――とまあ事情を知らない人にはそんな風に映るのだろうが、サクラはアンデッドである。

 顔を失ったサクラの胴体がむくりと起き上がる。サクラの胴体は頭を探しているのか、両腕が虚空を彷徨っている。

「眼鏡探してるみたいだな」

最も眼鏡をしていたとしても眼鏡をかける顔面はないのだけれど。

「リョウ、そんな冗談言ってる場合じゃないわ」

「貴女たちこの状況に慣れすぎですよ」

 確かにこれでサメの討伐とともにサクラの頭部の回収もしないといけなくなった。

「どうしようかしら、あのパワーに水中でのスピードに地上でもなかなかの機動力、これは一筋縄ではいかないわよ」

「だよなあー、どうすっかな」

 しかも最大戦力であるサクラは戦えない、さっきのように釣り上げるのも難しいし、どうやってサメを倒せばいいのか。

「これは綿密な計画を立てないといけないな」

「ええ、じっくり考えましょう」

「よしじゃあ全員水着に着替えて、髪を金に染めるぞ」

「綿密な作戦とは一体⁉」

 リョウの天啓にすかさず突っ込むグラーシーザー。

「だってサメの主食って金髪の水着女性だから」

「真面目に考えましょうよ」

 少し話し合いそこそこ作戦をまとめる。

「待っててくださいねサクラさん、絶対に貴女の頭を絶対に取り戻して見せますから」

そう言って全員、サクラの胴体の方を向いた。サクラの胴体は腰にロープを巻いて、ストレッチをしていた。

さっきから視界の端でなんか動いているな、とは思っていたけれども、ロープを巻いていたのか、いやそれよりも。

 全員心の中でこう呟いた――嫌な予感がする。

 そしてその予感は当たった。

 サクラの胴体が巨大な水音を立てて、湖に飛び込んだのである。

「ちょおおおおおおおおおおおおお⁉」

グラーシーザーが大声を上げて、手を伸ばすが時すでに遅し。

「多分、帰巣本能で頭のところに行こうとしているのね」

「そんな冷静に言ってる場合か! 早く引っ張り上げるぞ!」

 全員、必死でロープを引っ張るが、単純な力ではおおきづちとダークドレアムぐらいの差があるリョウとサクラ、そこにアテナとグラーシーザーの腕力が加わったところで、彼女の侵攻を阻むことはできない、逆にこちらが湖に引きずり込まれそうになる。

 このままだと全員海にダイブしかねないので、止む無く手を放す。

「だ、大丈夫でしょうか」

 不安そうなグラーシーザー。水中に入っては誰も手出しできないので、このまま成り行きを見守るしかない。

「うーん、でも意外に行けるんじゃないか、サクラはレベルが高いから体だけでも、サメを倒してくるかもな」

 元々サクラの戦闘力を期待して作戦を立てたぐらいだし、もしかしたらサメを倒して、自分で首を持って帰ってくるかもしれない。

 程なくして爆音とともに、もう一度、水柱が立つ、それと共に浮かび上がる白い巨体、そしてその口部に挟まれているロープ付きの胴体。

「……ダメそうですね」

 一瞬、姿を見せたサメはまるで犬が骨を咥えるかのように、サクラの胴体を咥えていた。

「もうあれこれ考えている時間はないな」

「ええ」

 もう取れる手段は一つ。

「引っ張るぞ、全員で、全力でな!」

「はい!」

「ええ、それしかないわね」

 もはや作戦なんてものはなかった。

 残った三人が再びロープを持ち、サメを釣り上げようとする。しかし水中を駆けまわるサメの重みには全く歯が立たない。その上一人欠けた状態では結果は言わずもがな。

「び、びくともしないです」

グラーシーザーはさっきサクラを抱き起したときに彼女の能力により、ステータスがサクラと比例したものになっている、早い話腕力はサクラに負けずとも劣らないくらいにはなっている、だが勝負にならない。

またもや湖に引っ張り込まれそうになる始末。

――しかし皆、諦めることはなかった。海中を疾走するサメをなんとか引き上げようと踏ん張る。

 その思いにこたえるかのようにロープが一気に軽くなる、いや確かにサメの重みを感じるが、先ほどのような苛烈な抵抗は感じない。

「肉に仕込んでいた痺れ薬がようやく効いてきたみたいね」

 アテナは不敵な笑みを浮かべていた。

「これなら、私たちだけでも引き上げられます!」

 抵抗する力を失い、先ほどの尋常ではない重みから解放された――好機である。砂浜が抉れるほど踏み込む。

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」

 女子とは思えない、喉が引き千切れそうなほど雄々しい叫びをあげる。

 その叫びと重なる轟音とともに視界を覆う水柱が現れる。

 視界を覆う白を切り裂いて、再び現れるは残虐なる湖の支配者――サメ。

 釣り上げたサメ、それは太陽を覆い隠し、影を作る。その陰に重なるのはリョウたち、再びその牙が突き立てられる――だが二の轍を踏まない。

「さあ仕上げだ! 来いグラーシーザー!」

「はい!」

 迎え撃つリョウ、天に向かって突き上げるは真紅の魔剣――グラーシーザー

 真紅の魔剣が墜落する鮫めがけて放たれる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 リョウの渾身の一撃は、先ほどとは違い、サメの白く柔らかい腹部に当たる。

「よし!」

 勝利の確信をして歓喜の声を上げるリョウ――しかし喜んだのも束の間、グラーシーザーを通して、サメの重みが伝わりそして。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅ⁉」

 墜落した勢いのままサメがリョウに激突し、その巨大な体躯に押しつぶされる。

「へ、ヘルプぅ……」

 全身が圧迫されて、肺に息が入らない。

 すぐさまアテナと人間形態に戻ったグラーシーザーがリョウを救出。

「全く……無茶するわね」

 基本的に生物の腹部は柔らかいので、刃が通ると思った。それに普通に攻撃しても歯が通らないのであれば、奴の体重を利用するまでのことである。

細長いものの上に重量のあるものが勢いよく落下すれば自重で体を貫くことができる。幸いグラーシーザーは魔剣であるのでちょっとやそっとのことでは壊れないのも功を奏した。

「さてと、あとはサクラを助けないとね」

 アテナの言葉とともに全員サメの方に向き直ると、サメの口から解放されたサクラの胴体がサメの白い腹を蹴っていた。何度も何度も。

最終的にサメが何かを吐き出した。

 緑色の粘液塗れた頭部が出てきた、サクラには悪いが、何というか汚い。

「うううううううううううう」

 苦しそうに呻き声を上げるサクラ。顔面が粘液塗れで最早判別不能なレベル。

「おーい無事か」

「……大ダメージだよ、主に心が」

 普段の元気のあり余った明るい声とは真逆の蚊の鳴くような細い声であった。

まあ女子としてあまりにもな姿になっているから当たり前である。

「ま、兎に角依頼完了したから、報告に行くか」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ、まさかこのまま報告にいくのか?」

 顔面が粘液塗れのサクラ、確かにこのままの状態で報告に言ったら大騒ぎになるだろう、「顔面が粘液塗れたアンデッドが現れた」と。

「じゃあ湖で洗ってからにするか」

リョウの言葉に迅速に反応したものがいた――サクラの胴体である。

胴体は顔面にロープを巻いた――嫌な予感再び、サクラの胴体を制しようとしたが時すでに遅し。

 おおきく振りかぶった胴体によって顔面が湖に投げ込まれる。投擲されたサクラの頭部が湖を切り裂く。

 余りの勢いに頭部に括りつけたロープが解けた。

 全員、大口を開けて啞然とする。

「誰がそんな豪快な方法で、汚れ落とせつった!」

「どうするのリョウ? サクラの頭、湖の底に沈んじゃったわよ」

「「あ」」



 頭部が湖に投げ込まれ、てんやわんやになっているリョウたちの脇、胴を貫かれて絶命しているサメ――その腹部から何か白いものが一つ流れ出た。無論サクラに気を取られており皆気づいていない。

 殺戮者から流れ出た、新たな萌芽が、更なる波乱を起こすことになるのだが、それはまた別のお話。

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