第4話 真紅の魔剣②
まず先に動いたのはリョウ、地面を蹴って一気に踏み込む。先頭のスケルトンはそれに反応し剣を振り上げる。だがスケルトンの剣が振り下ろされる前に先に攻撃を仕掛けたリョウの攻撃が先に届く。
スケルトンの首を真一文字に切り裂き、振り上げた右腕も真っ二つにする。切り離された頭蓋と右腕が地面に落ちた。
『ああああああああああああ!』
痛みに耐えかねた断末魔が響く。
一瞬動きが止まりそうになったが、息をつく暇もなく二体目、一体目を倒したときの勢いのまま、一回転する、敵の正面を向くと同時に下から切り上げ、二体目のスケルトンの左腕を吹き飛ばす。
『ぐあああああああああああああ!』
脳髄を振動させるほどの悲鳴に一瞬躊躇いを覚えるが、敵はこちらの事情などお構いなしに肉薄してくる。
三体目、芸もなく突っ込んでくるスケルトン、単調な突撃に対し、その首に向かって切っ先も向け、地面を蹴ってこちらも突進、しっかりと狙いをつけて、突きを繰り出す。
魔剣の刺突がスケルトンの首を砕いて、頭蓋骨を弾き飛ばす。それと同時に。
『ぴぎゃあああああああああああ』
三度喉が潰れんばかりの絶叫がリョウの頭の中で鳴動する。
そして最後に、二体横並びにのスケルトンめがけて、グラーシーザーを横に大きく振る、そして――。
「使いづらいわああああああああああああ!」
それと同時に手を放して魔剣グラーシーザーを放り投げる。先程の断末魔に負けず劣らずのありったけの絶叫とともに。
回転しながら飛んでいく魔剣、それは三体のスケルトンの首を右から順に落としていき、最後に壁に突き刺さった。
『あぎゃん!』
グラーシーザーが人の姿に戻る。尻を突き上げた、それはもう無様な姿で。
「いたたたたた、何するんですか!」
この所業にグラーシーザーは起き上がって猛抗議。
「うるせー! 毎回敵に攻撃するたびに断末魔上げられたら手が鈍るんだよ!」
先程から響いている断末魔、これは切り伏せられたスケルトンのものではない、そして勿論剣を振るうリョウのものでもない――魔剣グラーシーザーのものである。
「罪悪感で耳を引き千切りたくなるレベルだよ!」
「仕方ないじゃないですか! あなただって、勢いよく人にぶつかった痛いでしょう!」
「確かにそうだけど! でもそれは武器として致命的だろ!」
「ちなみにあなたが握っていた柄の部分は、私の太ももの裏のあたりですよ」
「言うな! 使いづらさが加速する!」
そんな内股でもじもじされたら、こっちまで恥ずかしくなる。
持って帰るつもりだったが思案を巡らせる、性能の良い武器を手放すのはもったいない、しかし耳にこびりついたグラーシーザーの断末魔がリフレイン。
昔隣のクラスの立花さんが言っていた、「物事で迷ったときは頭じゃなくて、心に従って」と。
美人で優秀な能力を持った魔剣、その代償は戦闘中、常に女性の断末魔が脳内に響く。その二つを天秤にかけて出した決断は。
「なあ剣に戻ってくれ」
「え、何するんですか」
「……いや台座に戻そうかと」
「ちょ、何でですか⁉」
「確かに君は優秀な剣だけど……攻撃するたびに脳内に悲鳴が響くなんて、たまったもんじゃないよ!」
「そんなの気にしなきゃいいじゃないですか!」
「人間には罪悪感って言う、ブレーキがあるんだよ!」
「とにかく嫌ですよ! せっかく五十年ぶりに復活したのに、それに封印を解いたんですから責任をもってちゃんと連れて帰ってもらいますからね!」
頬を膨らませて、こっちを見つめるグラーシーザー。
「解ったよ……持って帰るから剣に戻ってくれ」
「はい! じゃあこれからよろしくお願いしますね」
グラーシーザーは剣に戻った。その瞬間、リョウは行動を開始する。
「アテナ、ロープ持ってたよな」
「ええ」
アテナが探検リュックから出したロープでグラーシーザーを祭壇の近くの柱に括り付ける、それはもう有無言わせないほど素早く。剣の状態で柱に縛り付けたので、手足をばたつかせて縄抜けのようなことはできない。
「え、ちょ、ちょっと待ってください!」
「誠に残念ですが、貴殿につきまして慎重に選考いたしましたが、希望に沿えない結果となりました」
「え、ちょっ――」
「貴方のご活躍をお祈り申し上げます!」
振り返りもせずに脱兎。グラーシーザーを置き去りにする。
「ちょ、ちょっとおおおおおおおおおおおおお!」
グラーシーザーの最後の絶叫が聞こえなくなるまで、走り続けた。
「リョ、リョウ、急に走り出すから何かと思ったぞ」
「わ、悪い、ああでもしないとあいつ無理やりついてきそうだったから」
そして何の収穫もなく冒険者ギルドに帰還、疲労で全員、休憩スペースに座る。
「それにしても、もったいなかったんじゃない? 結構いい剣だったじゃないグラーシーザー」
「いや戦闘中にずっと女の人の悲鳴が脳内エンドレスリピートされるとか嫌だろ、しかも痛がってんのが自分のせいだってんなら尚更だ」
しかもあの断末魔は頭の中に響くので、耳を塞いでも意味がないだろう。少々残念な気持ちがあるが、あそこまで致命的な弱点があると使いづらい。それにこれ以上養うのは厳しい。
「振出しに戻っちまったな」
これ以上、時間をかけるのは冒険者の仕事にも支障が出るし、二人を付き合わせるのも申し訳ない。もう市販のものを用意しようと決めたとき――ギルドの入り口が大きな音を立てて開いた。
「う、う、ひっぐ、ひっぐ」
嗚咽を漏らしながら、顔面を涙と鼻水でコーティングしたグラーシーザーが立っていた。
ギルドの中にいる人たちに動揺が走る、しかしグラーシーザーはそんなこと意に介さず辺りを見回し、やがてその視線はリョウたちを捉える。
「ふ、ふふふふふふふふふふ」
グラーシーザーが地の底から絞り出すかのような不気味な笑いとともに、机に駆け付けた、いったい何をされるのだろうか、リョウの額に冷や汗が滲む。
突然、グラーシーザーが美しい白い髪の毛を振り乱しながらリョウの腹部に突進するように抱き着いてきた、その勢いは外敵を見つけた猪の如し、衝撃が鳩尾を駆け抜け、胃液が逆流しそうになる。
リョウの腹部に顔を擦り付けるグラーシーザー、生暖かい湿りが服に広がっていく。もの凄く気持ち悪い。
「お願いします、ここで働かせてください!」
グラーシーザーは顔を上げ、目と鼻から汁を垂れ流しながら必死に懇願してくる。
どれだけ頼み込まれても、あの夢に出てきそうな悲鳴とともに戦うのは勘弁。
「いや、さっきも」
「もうあそこに何十年もいるのは嫌なんですぅぅぅぅぅ!」
これまでにもないほど悲壮感に塗れた訴えであった。最初の優美さはどこへやら、全てをかなぐり捨てた出張を続ける。
「お願いします! アブノーマルな使い方でも構いません! 痛いのも我慢しますから! だから捨てないでえええええええええええええ!」
「おいやめろ! その言い回し!」
グラーシーザーが騒いでいるのを聞いて、周りの人たちがこちらの様子を窺っている。
視線が痛い、こっち見てひそひそしている。このままだとやばい人間、鬼畜外道、人でなしと、もともと存在しない好感度が深淵の底に落ちかねない。
「分かった、分かったから! これから何卒よろしくお願いします!」
「やったあ!」
両手を上げて飛び上がりながら喜ぶグラーシーザー、これからは強力な彼女を使う時、常に彼女の遺体に悶える断末魔に頭に響かせながら、戦うことになるのか――確かのこれはとんでもないいわくつきの魔剣である。
「ありがとうございます! 私頑張ります!」
グラーシーザーの無邪気で屈託のない笑顔、光り輝く粒子が顔から振り撒かれているんじゃないかと錯覚するほどに素晴らしい笑顔だった、この笑顔を曇らせる
――やっぱりちゃんと断っときゃ良かった。
初めての経験である、自分の出した決断をたった一秒で後悔したのは。
――魔剣グラーシーザーが(無理矢理)仲間になった!
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