第2話 冒険の仲間は腐った死体


リョウはちからつきた。


傍目から見ると干からびたカエルのごとく地面に這いつくばっているに違いない。

今日はレベルを上げるために町の外れの森に来たのだが、物の見事にそれはもう一方的に蹂躙された。ただゴブリンをスレイヤーな話だとこの段階で詰みなのだが、ここはRPGにかなり近い世界なので。


アテナはベホ○に限りなく近い呪文を唱えた、リョウは蘇った。


「まだ森の奥の方に向かうのは無謀よ」

ふわふわと浮遊しながらリョウに回復魔法をかけたアテナが言った。

「まさか二足歩行のキノコのお化けがこんなに強いとは」

キノコマンが傘から放出した、麻痺に眠りに毒状態と状態異常のオンパレードを誘発させる霧が体を蝕んで死にかけた。

そして眩暈に動悸に吐き気、謎の関節の痛みの中ではまともに剣を振れるわけもなく十匹のキノコのお化けに集団リンチにあった。

「RPGの勇者がどれだけ偉大かがよくわかった、毒に侵されながらも戦えるとか人間じゃない」

「あなたも一応勇者の素質はあるんだけどね」

「私はもともと量産型高校生なんですぅ〜そんな急にνガンダムとかウィングゼロとかストフリとか00ライザーにはなれないんですぅ〜」

口を尖らせ文句を言う。その話し口調が気に食わなかったのかアテナは眉根を寄せて、この上なく憤怒の色の濃い視線を向けてきた。慌てて話題をそらす。

「てか、救済措置とかないの?」

「強い冒険者と組んで経験値のおこぼれもらうとかするしかないわね」

「でも俺みたいな駆け出し冒険者と組んでくれる奴なんていねーよ」

というかそもそもギルドに貼られたメンバー募集の張り紙に記された条件レベルに達してなかった。何故か体育で二人組作ってくださいって言って一人だけ余った時と似たような孤独感を感じた。

「あーあパーティ組んでくれる冒険者、落ちてないかなー」

「そんな都合のいいことあるわけにないでしょ」

「というかアテナ、お前は戦ってくれないの?」

「世界のパワーバランスを崩れるから女神はモンスターに直接攻撃することは原則できないわ」

「まじか」

だから戦っている間、舞空術で高みの見物を決め込んでいやがったのか。今も森の凸凹道を四苦八苦しながら進んでいるのに、アテナは悠々自適に飛んで付いてきている。

大きな溜息をつく。さっきの戦闘の感じだとこの辺の敵は手には負えない。このまま帰るのが最善手か、それとも。

「どうする? これ以上進んでもさっきの二の舞になる確率が高いけど」

「……いや、もう少し探索する、借金返さないといけないし」

オーガの侵攻を止めた功績で補填されたとはいえ、日本円にして約三十万円の借金を抱えてしまっているので、このままなんの成果を得られないまま帰るのはちょっと勘弁、骨折り損のくたびれもうけにはなりたくない。

鬱蒼と茂った森の中をしばらく歩き、アテナは空中に浮かびながら進むと。

「な、何じゃあこりゃあ」

獣道から一転、開けた場所に出た。そこは切り出されてた石でできた道が敷かれていた。ただし町の道のように定期的に整備され、きちんと並べられたのもではなく、地面が捲れていたり、亀裂が入っていたり、その亀裂から草が飛び出していたりと若干荒廃している。

そしてその石の道の先、切り出した石を積み重ねて作られた門のようなものがあり、そして先の見えない暗い穴が大口を開けている。

「洞窟……いや遺跡かこれ?」

「そうみたいね」

 リョウは恐る恐る中を覗いてみた。遺跡の中には下に続く階段があった。

「いかにもダンジョンって感じだな」

「どうするの?」

 さっき惨敗したばかりである、

「……行く」

「さっき惨敗してたのに?」

「何もせずに諦めるのは勇者の名折れ、ここは挑戦あるのみだ」

「ふーん……で、本当の理由は?」

「運よく財宝とか見つかればいいなーって」

「後者の理由が強すぎるわね」

 金銀財宝ザクザクという、微粒子レベルも存在しない可能性を妄想しながら、ダンジョンに入っていく。

「うっ!」

呻き声が出た。ダンジョンに入って最初のお出迎えは鼻腔に叩きつけられる腐臭だった。昼ご飯に食べたパンとかその他諸々が逆流しそうになるのをぐっとお腹に力を入れて堪える。

「鼻曲りそうだな」

「ほうね」

アテナはどこから取り出したのか、木の洗濯バサミのようなもので鼻をつまんでいた。

「いいのか女の子として」

「ふぇにふぁらふぁふぁえられふぁいふぁ」

「何言ってるかわからねーよ、とるぞ」

「あうっ」

 アテナは少し涙目になって赤くなった鼻を抑える。

 匂いは気になるが奥に進む。中も明らかに人工に作られたであろう回廊になっており、意外にきれいである、所々床に転がっている人骨を除けば。

「侵入者か? ああはなりたくねーな」

 死体の周りに武器が落ちているあたり、何者かと戦って命を落としたということだろうか。

「慎重に進みましょう」

 しばらくして次の曲がり角、警戒して、壁を盾にして曲がり角の先を覗き見る。

そこにいたのは――剣と盾で武装した骨格標本たち。

「スケルトンね」

二体の骸骨戦士は雑談しているように見える。

「それにしてもあんな見た目で意思疎通できるのかな」

「さあ、彼らにしかわからないコミュニケーションがあるのかもね」

「何話しているんだろうな」

「『最近侵入者いないですねー先輩』『確かに暇だな後輩』『ここまで何にもないと張り合いがないですよ』『どこかに侵入者、徘徊してないかなー』」

「マジでそんなこと言ってんのか」

「適当」

 スケルトンたちにアテレコしてる場合ではない、見つかる前にこの場から退散して別ルートから向かおうと踵を返そうとした瞬間、アテナのアテレコによると先輩スケルトンの首が百八十度周り、目が合った。

 静寂、そして少しばかりの間。

「ねえアテナさん私とっても嫌な予感がしますわ」

「奇遇ですわねリョウさん私も全く同じことを考えていましたわ」

「まあ二体ぐらいなら――」

 逃げられる、と言葉を紡ごうとした口を閉じた。先輩スケルトンが右手を振り上げると、奥の方から骸の兵士が徒党を組んでぞろぞろやってきた、先輩は見かけによらず結構偉いのかもしれない。

それよりもぞろぞろと集まってきたスケルトン、その数は確認できるだけで十三体。

当然すべきことはただ一つ。

「兵法三十六計逃げるに如かず!」

勢いよく回れ右、脱兎のごとく駆け出した。

「あら、戦わないの?」

必死に走っているリョウを尻目に悠々と飛んで逃げているアテナ。

「あんなカルシウムモンスター相手にできねえよ! それに敵の集団に出くわした時は囲まれる前に逃げろって昔隣の席の立花さんに言われたしなぁ!」

一瞬後方を確認する、骨の兵隊がガッチャガッチャと武装と骨が軋む音を掻き鳴らしながら走ってくる。

「健康優良児ばっかりだな! もう死んでるのに!」

「久しぶりに侵入者が来て、仕事ができるからテンション上がってるのよ、多分」

「さっきのアテレコのせいでそう見えてきたよ!」

リョウは絶叫しながら全力で走る。

「落ち着きなさいよ」

そう言いながらアテナは飛びながら逃げている。

「お前は舞空術使えるからいいよな!」

「わかったわ、つかまりなさい」

そういってアテナは着陸前の飛行機の車輪のごとく両手を垂らした。飛びうつれということだ。

「うおおおおおっ!」

スピードを上げて、大きく跳躍する。その瞬間全てがスローになった。彼女の両腕、まるで蜘蛛の糸の如く上空から垂らされている細くてしなやかな腕に救いを求めるように飛ぶ。

そしてその救いを求める心は叶った、俺は彼女の両手をつかむことに成功したのだ――。

「あ、ごめんなさい、体重オーバーだわ」

アテナはがくんと一気に下降、そして俺は着地に失敗して勢いよく地面にキス、不幸なことに手を繋いだまま。

「いだだだだだ! 削れてる! 削れてる!」

顔面が地面に密着したままそこそこの速度で引き摺られているため、鼻をはじめとする様々な部位が紙やすりにかけられているような痛みが走る。

何とか顔を上げるとアテナは低空飛行のまま飛び続けている。つまり胴体は引きずられたままである。

「ちょっとストップ! ストップ! 凹凸のない滑走路ボディになる!」

「でも今止まったらあいつらに追いつかれるわよ」

 後ろを見るとスケルトンがもうすぐそこまで迫っていた。

「前言撤回!」

「スピード上げるわ!」

 アテナ加速、速度に比例して体が削れていく。

「いででででででで!」

 体の表側を犠牲にした逃亡劇の甲斐もあってスケルトンとの差が広がっていく。

「よっしゃあこのままつき離せえええええ! ででででで」

 スケルトンが小さくなってきた、このまま逃げ切れる。それは嬉しいことなのだが、湧き出る歓喜を痛みが塗り潰していく。

 我慢の甲斐あってかスケルトンの姿は小さくなっていき、最終的に消え去った。

「見えなくなったから、もうスピード落とせって!」

「あっ」

 アテナに抗議したのも束の間、嫌な感じの「あ」とほぼ同時に体の痛みがさらに加速し始めた。

アテナが異変に気付いて手を離したが、時すでに遅し、リョウはうつぶせのまま滑る。

下りの回廊である、整備されていない洞窟ならでっぱりなどで止まる可能性があるが、無駄にそこそこ整備された石の回廊はスムーズに滑る滑る。

「ああああああああああ!」

 アテナに引き回されているときと同じ痛みが数分続いた。やがて平らな道になり、止まる。

「大丈夫?」

「……ベホマプリーズ」

 再びカエルのように這いつくばっているリョウを、アテナは回復させる。

「いてててて、ここはどこだ」

 そこは見渡す限り棺桶が並んでいる場所。五十、六十……眠くなりそうなので途中で数えるのをやめた、それにもう嫌な予感がする。そして嫌な予感というのは当たってほしくないときに限って当たるものである。

 一番近くの棺桶の蓋が吹き飛んだ、現れたのは優しさを捨てて、邪悪さに極振りしたホラーマン――スケルトン、それが目に見えている範囲にある棺桶の全てから現れる。蓋を開けるために掲げられた細い両腕、大量の骸骨が万歳している光景はなかなかにシュールである。

 そんなロックフェスの観客みたいな骸骨が一斉にこちらを向く。再びピンチである。

「またかあああああああ」

 無数の棺桶の間を駆け抜けていくリョウとその上を飛ぶアテナ。二人を追うようにさらに棺桶からスケルトンが立ち上がる。

「そげぶ!」

何かに足を引っ張られて勢いよく転んだ、棺桶から隙間から伸びた白骨化した腕がリョウの右足首を掴んでいた。

もう片方の足で足首を掴んでいる腕を蹴りつけるが、びくともしない。

「くそっ!」

「今、助けるわ」

 悪態をつくリョウの左手をアテナは空中から引っ張り助けようとするが、びくともしない。それどころか――。

「千切れる千切れる!」

「我慢しなさい」

 右足と左手を引っ張られる、皮膚と筋肉が引き延ばされ、骨が無理やり取り外されようとしているという錯覚に陥るほどの痛みが走る。昔読んだ拷問図鑑で似たようなものがあった気がする。

 二方向の力は拮抗していたが、アテナが手を拱いているうちにリョウの足を一人、また一人とスケルトンに掴んでいく。生気のない盲者に足を掴まれて引きずり込まれる先、想像したくもない。

「このままあいつらの仲間入りなんて冗談じゃねえ!」

 リョウは半泣きになりながら足をばたつかせたりと必死に抵抗するが、足を引く手がどんどん増えていく、もちろんそれに比例して引く力も。逆にアテナの手を引く力は徐々に弱くなっていく。

「あ」

 再び放たれたアテナの嫌な感じの「あ」とともにアテナの手から腕がすっぽ抜ける。そして最後の時が来た、百近い膂力に引っ張られて、なす術なく地の底へ引き摺られていく。

「しまった!」

 再びアテナが手を伸ばすが、時すでに遅し、さっきアテナに引き摺られていた時よりも遥かに速い速度で引き回される。

「嘘おおおおおおおおおおお!」

体の正面をやすりで削られているかのような痛みで満たされるが、それよりも目前に迫った死の恐怖に心が支配され。

 同時に自分の絶叫とともに、なんか走馬灯のようなものが駆け巡る。

 この世界に来て色々ななことがあった――猛スピードで走る馬車に撥ねられたり、冒険者の仕事が見つからずにいろんな仕事掛け持ちしたり、オーガと戦って命に別条のないくらいの大けがを負った挙句の果てに借金を負ったり、遺跡の中を引き回されたり、色々な思い出が――ない、いい思い出が一つも。

 そう思うとなんだか腹が立ってきた、ここで死んだら転生した意味がない。

湧きあがる怒りが、諦観の証である走馬灯を薙ぎ払い、体の奥底から力を呼び起こす。

「死んでたまるかああああああああああああああああ!」

 必死に手を伸ばして棺桶の一つを掴む。だが根性や精神論で打破できるほど今の状況は甘くない。

そう言えば隣のクラスの立花さんは言っていた、「根性を出せば大体のことはなんとかなるよ、でもなんとかなんないと思ったら逃げて」と。

 その時に一つ質問した気がする。「もし逃げられないときは」って、こう立花さんは言った。

――諦めずに抵抗するんだ、そうすれば道は開ける。

 月並みな台詞であるが、今の自分を奮い立たせるには十分だった。

「異世界でゆるゆるなスローライフを送るまで死なねえ!」

場違いな欲望剥き出しな叫びを上げる。

だがそれに呼応するかのように爆発音にも似た巨大な音、そして掴んでいた棺桶、その蓋が吹き飛ぶ。

リョウは新手かと思うのと同時にその中から飛び出した黒い影。その影は一瞬でリョウの隣を駆け抜けていった。

「何だあれ!?」

その影は大きく跳躍した、そしてその腕が光り輝く。

「サンシャインフィストォォォォ!!」

着地と同時に地面に拳を叩き込む。影が降り立った場所を中心に大爆発が起きた。大地に深い亀裂が入り、その亀裂はものすごい速さで広がってく。最終的に顕現した巨大な奈落の中に骸骨の戦士たちは落下していく。

「すげえな」

 追いついてきたアテナとリョウは目の前の光景に唖然とする。

「ええ、私のサンシャインフィストよりも数倍の威力はあるわ」

人体模型軍団を一撃で駆逐した、影がこちらに近づいてきた。

女の人だった、全体的に動きやすそうな格好をしている。白桃のような肌の白さを持った女性、彼女の闘志を具現化したかのような赤いチャイナ服のような服を着ている。

「いやーやばかったね、大丈夫か」

手を振りながらその女の人は近づいてきた。露出された二の腕が眩しい。

「すみません、助かりました」

「気にすんなって、困ったときはお互い様……だろ」

何と立派な人だろうか、まさに聖女、後光が差してみえる。こういった人を英雄は勇者と言うのだろう。

困った人を助ける、言うのは簡単かもしれないが意外に難しいことである。それを当たり前のように、人として見習うべきである。

「おっと自己紹介がまだだったな、あたしはサクラだよろしくな」

「あ、俺はリョウだ、よろしく」

差し出された右手を握る、まるで死人のように冷たい手だった。

彼女が俺の手を握り返してきた瞬間――何かが裂けるような音。

そして彼女の手が、肘から先がちぎれて地面に落ちた。

――思考が停止、そして再稼働してリョウがはじめに取った行動は。

「ぎゃああああああ!」

怪鳥のような悲鳴をあげることだった。



「この子、アンデッドみたいね」

「……マジか」

「あっ、くっついた」

サクラはちぎれた部分に腕を押しつけると、そこで固定された、もっとも二の腕から第二関節より先の部分がついていて、T字になっている。という元の状態からはかけ離れた状態である。

それにこの洞窟に蔓延する腐臭で最初は分からなかったがサクラが近くに来ると鼻腔の奥にツーンと強烈な刺激が走る、この子臭い。リョウとアテナは鼻を摘まむ。

「え、そんなに臭い?」

 二人とも恐る恐る頷く。

「昔、二の腕からスパイシーな匂いがするって言われたけどさあ」

「ワキガじゃねーよ、全身から腐臭がするんだよ!」

「え、酷くない?」

 ただスケルトンとは違い、自分たちと意思疎通もできているし、こちらにも友好的である。種族がアンデットだが人間に近いといっていい。

「ねえ、それよりも脱出を急ぎましょう」

「そうだな、またあいつらが湧いてきても困るしな」

「まあ、また出てきてもあたしがぶっ飛ばすけどな」

 敵を倒したことによって余裕が生まれた一同、だがしかし和やかな雰囲気に水を差す大きな地鳴り。

「ん、なんだなんだ?」

 サクラは敵を警戒し、構える。

 一同が振りかえると先程のサクラの一撃でできた奈落から黒い霧が吐き出される、そして無数の骨が宙を舞い、集まる。

骨はガシャガシャと独特な音を上げながら、組み上がる。そして無数の骨は一つのものになる。

それは俺のいた世界では強者の象徴だった、どのおとぎ話でも、圧倒的な存在感を放ち、出会ったものに否が応でも畏怖と畏敬の念を抱かせる魔獣の王、ドラゴン、その遺骸であった。

「スカルドラゴンね」

相対しただけでわかる、目の前の竜の遺骸は強い。普通、勇者ならこの敵をどうしようか考えるのだろうが。

「よし逃げるぞ」

昔、隣のクラスの立花さんが言っていた、世の中には根性だけじゃできないことがあると言っていた。これはできないことだ。

 全員スカルドラゴンに背を向けて全力疾走する。スカルドラゴンは天を仰いで、何もない空っぽの胴体で作り出した火球を吐き出す。

 火球は遺跡の天井を破壊して、破砕した天井の岩石が三人の目の前に降り注ぐ。

「……マジかよ」

「これじゃあ逃げられないわね」

「ってことは強行突破だな」

 全員大きく溜息を吐いた。振り向くと見上げるほどの巨大な死の竜王。

「よし、先手必勝だ」

 そう言ったリョウは一番槍として剣を抜いて走り出す、昔隣のクラスの立花さんが言っていた「善も悪もみなすべからく急げ、敵の先手を取ったものが勝利に最も近づく」と。

狙いは左の前足。どうせすぐには倒せないので機動力を削いで、長期戦に持ち込む。

「ふははは、この剣の錆にしてくれるわ!」

威勢よく剣を振り下ろした。そして手元に伝わる衝撃。

手ごたえあり――勝ち誇った次の瞬間、振るった剣が半分になった、折れたのだ。

「うそーん」

甘かった、大体これだけの巨体を支える骨なのだ。硬くて当たり前である。

 まるで意に介していないスカルドラゴンは大きく口あけた。黒い霧が巨大な口から吐き出されて三人を飲み込む。

「ぐあああっ!!」

断末魔に比例するように、リョウの体の節々が強烈な痛みを訴える、インフルエンザの時とは比べ物にならないレベルで。

「関節痛えええ!」

痛みで立っていられず、足から力が抜けてその場にうつ伏せに倒れこんだ。

「ちょっ⁉︎ おい大丈夫か」

心配そうなサクラの声が聞こえる。

「た、頼む状態異常回復してくれ」

浮かんでいるアテナに懇願する。

返事の代わりに、リョウは緑の光に包まれた、すると体から痛みが引いていく――だが黒い霧が滞留しているので。

「ぐあああっ!」

再び状態異常に。痛みと共に今度はブリッジをするようにのけぞった。

「リスキルとかシャレになんねえ!」

「どうする? もう一回、回復試してみる?」

「鬼! 悪魔!」

「いいえ、女神です」

この黒い霧が滞留している限り、復活してもまた動けなくなる。まさに無限ループ、これでは戦うことも逃げることもできない。

だかしかし、そんな中。

「ここは私にまかせな」

状態異常でくたばりかけているリョウとは裏腹に、サクラは力強い足取りでスカルドラゴンに向かっていく。その威風堂々たる後ろ姿からは状態異常を誘発させる闇の霧の中にいることを微塵も感じさせない。

「なんでサクラは無事なんだ」

ブリッジのまま疑問を呈する。

「あの子、アンデッドだから状態異常が効かないみたいね」

「ああ、なるほどね」

二人の期待を帯びた視線の背に受けながらスカルドラゴンに向かっていくサクラ。

「長い間眠りこけてたんでな、リハビリに付き合ってもらうぜ」

サクラは拳を鳴らす、臨戦体制に入ったようだ。

「行っくぞおおおおお!」

雄叫びと共に駆けるサクラ。

だがスカルドラゴンは左前足で薙ぎ払った。その一撃がサクラに直撃する。弾き飛ばされたサクラが頭から墜落する。

「え」

衝撃の光景に、二人で固まる。

頭から着地したサクラは動かない。それはそうだ、人間の制御系統の中枢である頭部からの着地、もう二度と彼女は動かないかもしれない。

「全然効かねえなあ!」

だがしかしサクラはむくりと起き上がった、何故ならサクラはアンデッドである。

「じゃあ、あたしのターンだな!」

次の瞬間さくらの姿が消え、スカルドラゴンの脳天に向かってかかとを叩きつける。

「なんか体が軽い!」

 サクラは壁や天井を蹴って目にも留まらぬ速さで跳び回り、蹴りと殴打を繰り出す、その度に大きな打撃音が鳴り響く。

「人間離れした動きしてんな」

「人間っていうのは自らが傷つくときには反射的に自己を守る本能が働くわ、だから自己が反動で受けるときは無意識に体がブレーキをかける、でもアンデットの彼女はそのブレーキがない。だから人間じゃあ絶対にできない動きができるのよ」

「なーる」

納得、とかやってるうちに決着がつきそうだ。

「さあとどめだ!」

ボロボロになったスカルドラゴンが、さくらを見上げた。

「ビックバンシュート!」

右腕に炎が集まり、スカルドラゴンめがけて急降下。その姿は夜空を瞬き、切り裂く彗星の如し。身に纏う爆炎をもって敵を屠ろうとする姿はまさに不死鳥。誰もが確信する、この戦いの勝者は彼女だと。

サクラの渾身の一撃が放たれ――なかった、その前に彼女の右腕が千切れた。

「……は」

リョウの口から思わず間抜けな声が出た。それは目の前の光景が信じられなかったからだ。

右腕だけではない左腕、右足、左足、極め付けに顔が空中分解する――だが彼女の放った大技の勢いは止まらない。

流星群のごとく降り注ぐ顔面と四肢、そして胴体はスカルドラゴンの全身を砕く。

強烈な一撃を受けてバラバラに崩れ落ちるスカルドラゴンとそしてバラバラになったサクラ。

「えー」

「言いたいことはわかるわ」

筆舌に尽くしがたい、敵を翻弄し、最後の大技を決めるなんと熱い展開だろうか、見ているこちらも手に汗握る展開である、だがしかし。

「空中分解した体のパーツが降り注ぐってシュールすぎんだろ」

スカルドラゴンの頭部に乗っかっているサクラの頭部が大声を上げる。

「おーい!」

「うわっ、首だけで喋ってる気持ち悪っ!」

「ひどっ、いやそれより手足探してくんない? 一人じゃ戻れないからさー」

「え、あ、うん」

 首だけで会話するサクラにちょっと引きながら、四散した部品を回収し始めた、その直後。

「ん、何だ何だ」

突如発生した地鳴り、天井からパラパラと砂のようなものが落ちてくる。徐々にその音と揺れが大きくなっていく。それこそまともに立てないくらいに。

「多分さっきサクラの一撃で、崩落が始まったのね」

 そう言っていたアテナの真横に、岩石が落ちる。

「うわわわわ、やべえやべえ!」

慌ててサクラに手足をくっつけて、逃げる。

「ちょっと待て! 手足逆になってる!」

「ああ! ごめん!」

間違えて上半身に足、下半身に腕をつけてしまった。慌てて直そうとすると、サクラの右隣に大きな岩が落ちてきた。その瞬間足と腕を直すという発想が吹き飛ぶ。

「うああああああああああ!」

「ちょっ、ちゃんと直して!」

 脱兎のごとく逃げ出したリョウにサクラはブリッジのまま並走する。

「きもっ!」

「さっきからあんた酷いな!」

「一回鏡見ろ! 神様が悪ふざけで作った悲しいクリーチャーにしか見えねえからよお!」

 もしくは『てけてけ』の親戚か。しかも自分と走っている速度で追ってくる、正直今すぐ悲鳴を上げたいくらいである、

 だがそんな恐怖も、生き埋めになる恐怖に比べればはるかにましである。正直このままでは間に合わない、前方を飛んでいるアテナはともかく、リョウとサクラは危ない、降り注いだ瓦礫で徐々に道幅が狭くなり、障害物を避けるたびにスピードが落ちているからだ。

「早くしなさい!」

 見かねたアテナがリョウの手とサクラの足を掴む。地獄に仏、いや女神か。リョウは一瞬安堵した、しかしこのときのリョウは忘れていた、つい先刻彼女の腕を掴んで市中引き回しのような仕打ちを受けたことを。

女神の白く美しい手を掴んだ時にはもう遅かった。そのことを思い出したのは彼女の手の感触を感じたときだったからである。

「ちょ、ちょっと待ってああああああああああああああああ!」

「え、なにちょ、うわあああああああああああああああああ!」

 リョウとサクラの悲痛な叫びが瓦解していく遺跡内に木霊した。



「助かったわね」

「……そうだな」

 左半身が血みどろになった冒険者と。

「……そーだな」

 腕の下半身に、足を上半身につけられ、遺跡内を引き摺られまわったアンデッドを見てもそれが言えるか。言いたいことを察しているのかアテナがそっぽを向いて二人を見ようとしない。おい、こっちを見ろ。

 抗議はさておきとりあえずサクラの体を元に戻す。

「おーありがとな」

「で、あんたこれからどうすんだ?」

「そーだな、せっかく生き返ったから、また冒険者でも始めようかなって思っているよ」

さっきのスカルドラゴンとの戦闘を見る限り、どのパーティでもサクラであれば引く手数多だろう。もし自分のパーティに入ってくれたのなら討伐クエストとか楽になるのだがそううまくはいかないか。

「ねえ、それまずくない?」

 ここでアテナが口を挟む。

「何が?」

「だって貴女、アンデットってばれたら何されるかわからないわよ」

「あ、そうか、モンスター扱いされかねないってことか」

 この流れはチャンスかもしれない。

「じゃあ俺たちとパーティ組もうぜ」

「え、いいのかい」

「ああ、困ったときはお互い様、だろ」

 ほんとはめちゃくちゃ打算的な理由だが。それでもサクラは感極まった顔で承諾した。少し心が痛んだ。

「じゃあこれからよろしくな」

 太陽のような屈託のない笑顔で、サクラは右手を差し出す。遠慮しがちにリョウは差し出された右手を握った。直後何かが引き裂ける嫌な音。

 サクラの右手が重力に従ってだらりと下がる。そしてその千切れた右腕を握っているのは自分。

「あ、やっべ」

 空いている左手でサクラは頭を掻いた。その千切れた右手を見てリョウは。

「ぎゃああああああああああああ!」



 武闘家(アンデッド)のサクラが仲間になった!

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