新世界黙示録 ~どこにでもある異世界のお話~

未結式

第1話 異世界へ

「田中涼、あなたはトラックに轢かれそうになった猫をかばって死んだから異世界転生させるわね、よろしく」

「ちょっと待て、説明求む」

「うっさいわね、車にはねられて、なんか真っ黒な空間で女神に会って異世界へ……異世界転生テンプレートでしょ、さっさと転生しなさい」

「無茶言うな!」

「死んだ命をどう扱おうが私の勝手よ」

「どっかで聞いた理屈だな」

「いいから早く転生しなさい」

「いやだから詳しく説明してくれよ」

「いやよ。どうせ元の世界に転生できないって設定の説明して、まあ別に異世界に行ってもいいやって死んだことに対する悲壮感をまるで感じない感想が返ってくるだけでしょ」

「そうかもしんないけど、説明責任を果たしてくれ」

「ちっ、めんどくさい冒険者ね」

「普通詳しく聞かないと不安だろ」

「はいはい、かくかくしかじかまるまるうまうま」

「うん、RPGみたいな世界に勇者の素質のあるやつを転生させて、魔王を討伐してもらうのか……なんかびっくりするぐらいよくある話だな」

「で、どうするの? 一応転生か成仏かは一応選べるけど」

「え、選べるのか、意外」

「今まで奴らは隣町にお使いに行く感覚で即OKしてたからあんたも同じかと思った」

「えーあーいやどうしようかな」

「言っとくけど適当に転生させてるわけじゃないわ、ちゃんと素質込みで異世界に打ち込んでいるのよ」

「素質? 成績、運動神経も平凡な俺が向いてるとは思えないんだけど」

「重要なのはそういうもんじゃないの」

「ふーん」

「で、どうするの」

「…………転生で」

「やっぱりそうなんじゃない」

「いや素質があるって言われると悪い気はしないなーって、そんでその世界で何か助けになればいいかなーって」

「 …………ちょろっ」

「え、今なんっつった?」

「ベツニー、ナンデモナイワー。じゃあとっととゲートオープン、開放」

「……光の扉だな、何から何までありがちな」

「最初はわからないことも多いと思うから最初はサポートするわ」

「付いてくるのか?」

「ええ」

「じゃあこれからよろしくな。そう言えば、まだあんたの名前聞いてなかった」

「私はアテナ、一応世界の女神をやっているわ」

「俺は涼だ、改めてよろしくな」



とまあほぼテンプレートな流れが終わって、俺の異世界ライフの始まりである。

助走をつけて異世界への扉に向かって勢いよく飛び込んだ。

次の光景は雲ひとつない青空、そして凄まじい衝撃。何かが勢いよくぶつかってきたようだ。

目の前に広がる蒼穹。ああ異世界でも空って青いんだなあ。

「ゴフッ!」

再び強い衝撃、目の前が真っ暗になった。



「異世界に突入した瞬間に馬に撥ねられて、もう一回転生しかけるやつなんて聞いたことないわよ」

「俺も馬に負けるほど虚弱な勇者なんて聞いたことねーよ!」

異世界のゲートをくぐった途端に猛スピードで走っていった馬車にはねられて吹っ飛ばされた奴もな。

「うわぁ、超いてえ」

馬にはねられてパラメータが真っ赤になっている。情けない。

「というかこういうのって普通、転生してなんらかのチート能力とかに目覚めて敵を無双したりヒロインとハーレム築き上げるのがテンプレじゃねーの」

その言葉を聞いた瞬間、アテナの目つきが鋭くなった。

「はあ? そんな都合のいい展開あるわけないでしょ」

アテナが汚物を見るような目でこちらを見ている。

「大体、なんの努力もせずに手に入れた力になんの意味があるの?」

尋常じゃないレベルの殺意の波動を感じる。

「あ、ええっと」

「その力を自分の力と勘違いして振りかざす奴なんて反吐がでるわね。死ねばいい」

「やめろ! それ以上は言っては行けない!」

色々なところに敵を作りそうだから。なんとかを宥めると彼女は殺意の波動を収めた。

「強くなりたいなら地道に努力しなさい」

「まあそりゃそうか」

まあ野菜の宇宙人とかラーメンの具みたいな名前の忍者とか修行して強くなったしな。そう簡単に強くなれてもなんか感動とかなさそうだし。

アテナが俺に回復魔法をかけ、ようやくパラメーターがデフォルトに戻った。

「でもさどうやったら強くなれんの?」

「地道に敵を倒してレベル上げるのと、強い人に技を見せてもらった後に条件を満たせばその技が使えるようになるわ」

なんでもステータスを上げるならレベル上げ、そして技を覚えるのは誰かに教えてもらうのがいいらしい。

「一応レベル上げでも技は覚えられるけど、汎用性の高いやつばっかで尖った性能のはないから」

「へー」

「じゃあ、このまま冒険も進めづらいだろうし1個だけ技を教えるわね」

「え、いいのか?」

「ええ、でも技を見たあとちゃんと練習しないと物にならないから頑張ってね」

そんな訳で歩いて数十分町の郊外の開けた場所に来た。見渡すばかりの草原で周りには何もない。

「じゃあ始めるから、少し離れた位置にいなさい」

どんな技だろう。期待感で心が満ちる。

俺が後ずさって距離をとったのを確認したアテナが右手を掲げた。天を衝く右腕が光り輝く、拳の周りに稲妻が走る。

この世界に来て間もない俺にも理解できる。彼女の拳にとてつもないエネルギーが集まっていることが。

「サンシャインフィストォォォォ!!」

大きな掛け声とともにアテナが光を帯びた拳を大地に向かって叩き付ける。地面が揺れ、罅割れる。その衝撃が空気を伝って俺の体に響く。

地面の揺れが収まった頃にはアテナを中心に巨大なクレーターな出来上がっていた。

「……すげえ」

目の前の光景がにわかに信じられず語彙力が明後日の方向に飛んで行った。

「これがサンシャインフィストよ。魔力、まあMPね。それが1でも残っていれば使える必殺の拳よ。魔力を込めれば込めるほど強くなるし、たとえ込めた魔力が少なくても通常の攻撃よりは強い技が出せるわ」

「これ本当に使えるようになるのか?」

「可能よ、修行とレベリングで威力は上げられるわ」

俺もあんなことができるようになるのか、なんか楽しみになってきた。

「コツとかある?」

「声高らかに技名を叫ぶことかしらね」

「それは本当に必要なのか……?」

「あと一回特技を見たから解放条件が見られるはずよ」

スキルやパラメータは必要だと感じた時に脳内に直接現れると言っていた、試しにサンシャインフィストの解放条件を確認してみる。

開放条件:とにかく殴れ

「アバウトだな、おい」

脳内に現れた情報に思わずツッコミを入れる。

それにしてもパンチの練習なんて昔やってた通信空手と隣のクラスの立花さんに護身術を習った程度なんだけど、大丈夫だろうか。

そのあとこの世界のレベルや技について簡単な説明を受けた。

もっともスキルはさっき説明されたまんま、レベルは敵を倒して経験値を稼いで上げるという簡素なシステムなのですぐ理解できた。

「次はギルドね、ギルドに登録したら仕事の斡旋とかしてくれるから」

「あと住むところも探さなきゃな」

「それも私が用意するわ、ボロいけど」

「ありがてえ」

これからどんな冒険が待ち受けているのだろうか。期待に胸を膨らませながら、ギルドに足を向けた。


冒険者生活1日目

今日から日記をつけることにする。今日はギルドに入って仕事を探した。でも冒険者っぽい仕事がなくて残念。代わりに生活費を稼ぐために町を守る砦の壁の補 修作業の仕事をすることにした。初めての仕事で戸惑ったもののなんとか作業を終えて帰った。サンシャインフィストの練習して寝る。


冒険者生活5日目

工事の仕事だけでは心許ないので、休日に教会に集まる子供の世話係を始めた最初は距離が掴めなかったけど帰るときには仲良くなれた。今度行くときは市場でお菓子でも買っていこう。ちなみにギルドに冒険者っぽい仕事はまだない。サンシャインフィストの練習をして寝る。


冒険者生活10日目

外の町から運ばれてきたものを町の倉庫に運び入れる仕事を始めた。有事の時の備蓄用に食べ物を保管している倉庫にすごい数の小麦粉とか干し肉とかを運んだ。やはりというべきかギルドに冒険者っぽい仕事はない、サンシャインフィストの練習して寝る。


冒険者生活14日目

工事主任に初めて褒められた。お前大工になれよと言われた。工事の仕事は楽しい出来上がっていく建造物を見ると達成感を感じる。大工の仕事も悪くないかもしれない。そういえばギルドに冒険者っぽい仕事はまだなかった。サンシャインフィストの練習して寝る。


冒険者生活28日目

夜中まで仕事して帰るとアテナが晩飯を温めて待っててくれた、ありがてえ。コンソメスープのようなものが疲れた体染み渡る、元気でた。明日は教会だ子供たちと遊んで癒されたいと思う。言うまでもないがギルドに冒険者っぽい仕事はなかった。夜も遅いのでサンシャインフィストの練習して寝る。


「ただいまー」

この街の砦の修復工事から帰ってきた俺を待っていたのはエプロンを見にまとったアテナだった。

「おかえりなさい」

俺は疲労でいつもより重い体をボロボロの木の机に委ねる。腰掛けた椅子と突っ伏した机からミシミシと嫌な音が鳴った。当面の目標はボロボロの食卓を買い換えることである。

「ご飯にする? お風呂にする?」

家を満たす料理の匂い、昼間の疲れと相まって空腹感を煽ってくる。故に答えは一つ。

「ご飯でお願いします」

程なくして料理が出てきた。魚料理だ、なんの魚かはわからない焼き魚に煮付けに刺身にアクアパッツァ、やけに量が多いがお腹と背中がメンチ切っている現状ではなんの問題がなさそうだ。

「いただきます」

まず刺身を口に運ぶ、臭みがなく独特の甘みが口に広がる。次に煮付け、箸が止まらない。料理が体に染み渡る、油断すると涙が出そうなぐらい美味い。

その様子を見て向かいに座るアテナが微笑む。

家に帰れば晩御飯を作って待っててくれる嫁がいる、決して裕福ではないがなんと幸せな生活だろうか……

「って、違あああう!」

 天井を見上げてシャウトし、木製のスプーンを床に叩きつける。

「何、どうかしたの?」

「ここ数週間の俺の活動を言ってみろ!」

興奮のあまり机を叩く。また机から節々が軋む嫌な音が鳴る。

「日雇いの工事の仕事に、町の子供の世話とか、夜は修行」

「冒険者とは一体!?」

「仕方ないでしょ今ギルドに依頼入ってないんだから」

毎日ギルドにモンスターの討伐依頼とか、ダンジョンの探索とかの冒険者っぽい仕事が入っていないか確認しているが1日たりともそんな仕事がギルド内の掲示板に張り出されないのだ。しかし生活費を稼ぐために仕事はしなくてはならないので、受付のお姉さんに紹介された工事の仕事や孤児院の子供の世話とかを引き受けている状態である。賃金も普通にいいし、ほとんど時間通りに終わるので労働環境としては申し分ないのだが。

「冒険者ぽくねえ!」

「私にそんなこと言われても知らないわよ」

「うるせーやい! 今日大工の頭領になんて言われたと思う!?」



「お前だんだん板についてきたな、大工仕事」

「そうですかね」

「ああようやく大工見習いの顔になってきたな、ガッハハハ」



「……完全に大工の弟子入りに来た奴だと思われてた」

「まあ少なくとも現状あなたを冒険者足らしめる要素って初期装備の剣くらいしかないわよ」

「言うな、悲しくなってくる」

「ちなみに私は、少し遠くの街で、突然変異して暴れまわってる怪魚を狩ってきたわ」

「お前の方が冒険者っぽいことしてるじゃねーか!」

「そしてその怪魚を調理したものがこちらです」

そう言ってアテナは机の上のアクアパッツァと刺身を指す。

「超美味いよ、いつもありがとう! じゃなくて!」

ここで一旦深呼吸し、興奮した頭を冷やす。そして改めて質問。

「なあ俺をここに呼んだ理由は?」

「魔王を倒してもらうため」

「現状は?」

「冒険者と言う名のフリーター」

「ぐはっ!」

容赦のない言葉のナイフが俺の心に突き刺さる。ある意味馬にはねられた時よりも大きなダメージ。

「つ、つってもなあ、今って本当にギルドにモンスターの討伐依頼とか怪しい場所の調査依頼がないんだよな」

「普段は砦に接近しているモンスターを狩ったりする仕事があるんだけどね、今周りにモンスターがいないから」

「それってよくあることなのか? モンスターがいなくなるのとか」

「今は状況が良くないみたいね」

「ドユコト?」

「基本的にモンスターは二種類に分けられるの野生のモンスターか魔王の眷属かの二つよ」

「へー」

「そして魔王軍は今二つに割れているみたいね、人間界に侵攻派のデスダークサタンと保守派のカオスキマイラドラゴン」

「名前だせえ」

特に前者、「ぼくのかんがえたさいきょうのモンスター」みたいな。

「トップの二体が争っているから配下の連中もその論争が集結するまで、人間界への侵攻はしないようしてるみたいね」

「じゃあ魔王の配下じゃないモンスターは?」

「配下がみんな話し合いに行っているから、やつらが縄張りにしている場所が手薄なっているみたい、そしてモンスターたちは縄張りあるものをかっさらいに行ってるの。六年生が修学旅行でいない間にいいとこ持っていこうとする五年生みたいな感じかしら」

「なんか違う気がするし、そのたとえはどうなんだ」

まあ一通りの事情はわかった。

ギルドのお姉さんに作ってもらった冒険者用のカード(免許証みたいなもの)が使えるようになるのはいつになるのだろうか。理想と現実に辟易しながら、料理を口に運ぶ。

今の所この世界での収穫は、異世界でも飯はうまいということぐらいである。



「今日も仕事頑張りますかね」

今日は隣町から輸送された荷物を町の倉庫に運ぶ仕事である。

涼が町のはずれにある倉庫に向かうその道中、町の人たちの様子が目に入る。

平和な町である、市場には人が溢れ、町の門の警備は談笑し、子供たちは元気に遊んでいる。

そんな彼らを守る町を取り囲む防壁、大砲でもない限り突破することが困難な石の壁が彼らに安心を与えている。



平和とは今ある日常がいつまでも続くこと。その陽だまりにいる人々は気づいていない、平和とはガラス細工のごとく、力が加わるとすぐに崩れてしまうことに。



壁沿いの道を通って、いよいよ目的地といったところで、突如爆音のような音が響いた。

その音のした方から人が流れてくる。

「モンスターだ!」

なぬ、モンスターだと。ようやくRPGっぽいイベントだ。その言葉を聞いたとき、ほぼ脊髄反射で駆け出した。

「待ちわびたっ! この展開!」

ほぼお飾りになっていた腰の剣がようやく使える。普段より息が荒い、高揚しているのが自分でもわかる。

「ははは、せいぜい経験値してくれるわ!」

音が鳴った方向に向かうとそこには城壁に穴が開き、瓦解した壁の残骸が積み重なっている。

それらの残骸の上に立つのは3メートルはあろうかという筋骨隆々な肉体に二本角で厳つい顔をした巨人ーーオーガである。アテナからもらったモンスター図鑑に載っていた、知能は低いが力は強いというテンプレをなぞった奴だった気がする。

奴を目にした瞬間、直感した。あ、これ無理なやつだ。そもそも防壁をぶち抜くモンスターを駆け出し冒険者が倒せるわけがない。

幸い相対する十数人の人々がいた、鎧やローブを見に纏い、手には武具が握られている、他の冒険者たちだ。この人たちの最後列に混ざって経験値のおこぼれをもらうか、名付けて「引越しで重いものを運ぶとき手を添えるだけで運んだふりする奴大作戦」

「これ以上好きにはさせん」「へへへ、この街に来るとは運の悪い奴め」ともはや様式美と化した台詞を宣っている冒険者集団の最後列にこっそりと入る。

そしてすぐ目の前にいる仰々しい鎧を着て巨大なメイスを装備しているのは。

「何してんすか頭領」

「おう、お前か、何ってこれが俺の本業だからな」

「え、大工じゃないんすか」

「冒険者だけじゃ食っていけねえんだよ」

あんたも雇われだったのかよ! 頭領とか言われてたんじゃねえか!

と軽く衝撃を受けている間にオーガが他の冒険者を倒して、残りは俺と頭領だけになってた。

「ここは、通さん!」

頭領はメイスを構えてオーガを通せんぼしたが、オーガの巨木のような太い脚が頭領を蹴り上げた。

「ぐあああっ!」

「頭領ー!」

そのまま頭領は空中へ吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

思わず頭領に駆け寄る。

「し、新入り、俺はもうダメだ」

頭領は虫の息で、息絶え絶えになっていた。

「頭領しっかりしてください! 鎧にちょっと罅が入っただけですよ!」

「お、俺が死んだらお母さんに伝えてくれ」

「狸寝入り決め込むつもりかよ! あんな利かん坊のオーガなんて俺一人でどうにか出来ないから、一緒に戦いましょうって!」

「へんじがないただのしかばねのようだ」

「こんちくしょう!」

あーだこーだ言っている間にオーガがこっちに近づいてくる。

「わかりましたよ! 俺があいつ引き付けるんでそのうちに逃げてください」

地面に寝転がっている頭領は赤べこのごとくうなづいた。

俺はオーガに向き直った。

「よし、頭領の弔い合戦だ!」

「いや、まだ死んでねーから」

さっき自分でしかばねって言ってたじゃん、と思ったけどめんどくさいので突っ込まなかった。

俺は拳を天に掲げた、今こそ練習の成果を見せる時。

拳に光が集まり、輝く。そして地面を蹴って、瞬時に肉薄する、昔やっていた通信空手がこんなところで役に立つとは。

奴の岩石のような腹に拳を叩き込む。

「サンシャインフィストォォォォ!」

拳がオーガのお腹に直撃、集まった光が拡散し、飛び散る。

なにもおこらなかった。

気まずい沈黙。気恥ずかしさから拳を開いて自分の頭を掻く。見上げると厳つい顔のオーガがそこにいた。

「いやははは」

笑って誤魔化そうとしたら、オーガの拳が俺の上半身に直撃する。その衝撃は馬にはねられた時とは比較にならないくらい大きい。

「ぞごふ!」

何度か地面を跳ね、叩きつけられた。

震える足になんとか力を入れて立ち上がる。

対峙してわかる、勝てる気がしない。一匹たりともモンスターを倒していない冒険者なので技や魔法を一つも覚えていないどころか、レベルも1のまま、さっきの一撃でパラメータは真っ赤っかである。唯一の切り札であったサンシャインフィストも不完全だったし、どうしたらいいのだろうか。

正直実力の差は歴然、さっさと逃げ出したいのだが、今現在戦えるのは自分だけ、それに町に被害出てるし、何よりようやくめぐってきたRPGっぽいイベントである、ここで諦めるわけには。

何とかしてこのオーガを倒してみせよう、一応勇者の素質を持ったこの俺が。

決意を新たにオーガの目の前に向き直るのと同時にオーガの拳が目の前に叩きつけられた、奴の拳大のクレーターが目の前に出来上がる。

前言撤回、人間できることとできないことがあるよね。

一応オーガを引きつけて、頭領含む冒険者の人たちが逃げられる時間を稼ぐくらいはやろう。

小さな石を拾い上げ、オーガの顔めがけて投げる。

「グオオオオオオ」

幸か不幸か、オーガの左目に直撃。オーガは左目を押さえ、断末魔を挙げる。

そして残った右目で、俺を睨んだ。やばい。

その場から脱兎のごとく逃げる。脇目も振らず、ただひたすらに。

そして辿り着いたのは、食料が備蓄されている石造りの倉庫である。その中に逃げ込む、全力で走ったせいで、心臓は早鐘のように鳴り、呼吸は溺れた時のように荒々しい。

オーガがのっそりと倉庫の中に入ってくる。さらに奥に逃げ込む。だが山のように積み上げられた麻袋が立ち塞がった。

倉庫の入り口から入ってくる光を背にしてオーガが一歩、また一歩と近づいてくる、万事休す。だと思ったか。

倉庫の中の光が徐々に小さくなる。さっき頭領とあーだこーだ言っている間に頼んでおいた、「俺がオーガを倉庫に誘い込むので、扉閉めて閉じ込めてください」と。

やがて倉庫の中は光のない暗闇になる。

「言われた通りにしたぞ、新入り早く脱出しろ!」

外から頭領の声がする。

そうしたいところだが出口はそこしかない、上に天窓のようなものがあるが木の格子がはまっていて出られない。

逃げる手立てはない、しかし倒す手立てはある。

腰に刺した剣を抜き、片っ端から麻袋を傷つけると中身がサラサラと流れ出し、宙を舞う。

この倉庫に備蓄されていたもの。それは「小麦粉」である。それが倉庫の中に舞い広がっていく。

ある程度麻袋を解体した後、俺は剣を投げた、それが石造りの壁に衝突、火花が散る。

そこで発生した火花が、空に浮かんでいる小麦粉に引火する、そして連鎖的に小麦粉が着火しそして。

最初の小さき炎はやがて大きな爆炎となり、俺とオーガを飲み込んだ。



巨大な爆音とともに倉庫の扉が吹き飛んだ様子を向かいの建物の屋根の上から見ている影が一つ、この世界の女神アテナである。

そして炎に包まれる倉庫の中から蹌踉めきながら脱出した小さな影、冒険者田中涼である。

涼は出口のあたりで倒れ込み、そして激しく咳き込んだ、そして肺に酸素を強引に取り込む。呼吸をするたびに全身が律動し、焼けた全身に痛みが走る。

やばかった、運良く粉塵爆発を起こせたのはいいが、爆発後に発生した一酸化炭素で死ぬところだった。勇者(仮)、死因一酸化炭素中毒かつ全身火傷なんて前代未聞である。

「おい無事か!」

頭領含めた冒険者四人が自分の元に駆け寄ってきた。

「やったのか!?」

「大丈夫だオーガは木っ端微塵だぜ」

「早く帰って酒を飲みにいくぞ」

「そ、それフラグぅ!」

全身の火傷で虫の息になりながらツッコミを入れたが時すでに遅し、怒濤のフラグ乱立と同時に炎に包まれたオーガが倉庫から出てきた。

「相手は虫の息だ」「全員でかかれ」「木っ端微塵にしてやるぜ」

さっきのフラグ三人衆と頭領が攻撃を仕掛けるが、オーガが右腕で薙ぎ払い、全員まとめて吹き飛ばされる。

「あべしっ」「ひでぶっ」「たわらばっ」「そげぶっ」

その辺の建物に各々突っ込んで戦闘不能。残されたのは田中涼ただ一人。

満身創痍の勇者見習いとオーガどちらが有利かは火を見るより明らかである。

――やべえ、超逃げてえ。

何とか立ち上がって逃げようとするが、全身の怪我で長くは走れないことを涼は悟った。なけなしの体力で迎え撃つしかないか。

その様子見ていたアテナは考えていた、勇者とは何なのか。

かつてこの世界に全能に近い力を与えられたものがいた。与えられた力を思うままに振るっていた、自らの善行を成し遂げるために。だが力を与えられたものは最終的に自らの心の闇に負けた、心の奥底の傲慢さや欺瞞に飲み込まれ、魔王となって世界に牙を剥いた。

勇者とは何なのか? 圧倒的な力を持つ者? いや違う。

勇者とはどんな困難を目の前にしても立ち上がれる者である。立ちはだかる強敵、負傷してボロ雑巾のような肉体。田中涼、貴方はこの困難にどう立ち向かうのかしら?

そんなボロボロの田中涼は最後の力を振り絞り、残り全ての魔力を右手に込める。さっきは不発だったが今度こそ。

これが最後のチャンスだ。この一撃で倒せないと万事休す、もう一度死ぬかもう一度転生するかのどっちかだろう。

おぼつかない足で何とか踏み出し、駆け出す。

オーガも拳を突き出した。その圧倒的なリーチ、どう考えてもオーガの拳が先に届く。だが涼にそんなことを考える思考はすでにない、そのまま直進する。

だがしかしオーガの拳が届く直前に右足の地面が割れ、オーガが蹌踉めき、その拳が涼の右横を抜ける。

涼はそのまま懐に飛び込み、そして。

「サンシャインフィストォォォォ!」

もう一度腹部に拳を叩き込む、今度は拳を中心に眩い光が収束する。

遅れてとてつもない衝撃がオーガの腹部を走る、打撃を受けた部分の骨が粉砕され、その巨体がくの字にまがって吹き飛び、燃え盛る倉庫に衝突。そして辛うじて残っていた倉庫の柱などが崩れ落ち、オーガを押し潰した。

崩れた瓦礫の隙間からオーガが腕を出し、暴れるが、その最期の抵抗も虚しくその腕は落ちた。

重低音を響かせて地面に落ちた腕を見届けて、涼は右腕を掲げた。燃える街並みの中、泥臭い勝利を得た勇者見習いがそこにいた。その勝利に酔うこともなく、歓喜の叫びをあげるわけでもなくただ一言。

「我が生涯に一ピャンの」

昔から言ってみたかったセリフを噛んだ。

そこで意識の糸がプツリと切れて、右腕を掲げたまま前に倒れこんだ。



それから三日後。

現在、全身に包帯を巻かれて、ベッドに横たわっている。もはや目元以外包帯といっても過言ではないレベルで。

被害は倉庫が一棟とその周囲の建物が少し焼け、怪我人は冒険者数人で死者はなし。

その冒険者の一人は俺であるが。

「今、外に出たらミイラ男って勘違いされて殺されるだろうな」

まあ冗談を飛ばせるぐらいに回復した。この世界の回復魔法は外傷には効果は抜群だが、体の内部、骨折などには効きづらいらしい。現在、療養中なのである。

「無茶し過ぎよ」

「いやギャグ補正とかRPGのシステムでどうにか何ないかなって」

宿で寝て起きたら全回復的な、そううまくはいかなかった。

「いやでも運良くオーガの体勢が崩れて助かったぜ、あれがなかったら死んでたよ」

「……」

「どした?」

「……別に。まあ運も実力のうちっていうから、それも貴方の力よ」

アテナは包帯に覆われた俺の頭に手を乗せた。

「よく頑張ったわね」

「……」

「何?」

「お前が優しいなんて珍しいな」

「喧嘩売ってんの?」

「さーせん」

アテナがジト目でこちらを見てきたので、慌てて目をそらし窓の外を見る。

街の中をかけていく子供、それを笑顔で見る街の大人、それを笑顔で見守る大人たちこの平和な光景を守れたのだ、こんな体になった意味もあったというものだろう。

「あ、そうそう」

穏やかな気分に浸っている俺に、アテナは何かの紙を俺の鼻先に突きつけた。

「何これ?」

「なにこれって請求書よ」

「はい?」

見たことがないぐらいゼロが並んでいる。

「倉庫の管理者からの損害賠償、倉庫そのものと中の小麦粉の分ね」

「な」

「これぐらいだと、オーガを五百匹倒せば稼げるわ」

突如飛来した理不尽に狙撃され、体の痛みを顧みずにシャウト。

「何だそりゃああああああ!」


異世界生活 四十二日目

借金持ちになりました。

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