第262話 太古のエルフと黄金樹(1)
古書店の暖炉の心地よい音を聞きながら、俺は積み上げた本を一冊づつ読み進めていた。詳しい話は聞けずじまいだったが、心をよめるグレースですら手を焼く「太古のエルフ」とは……?
そもそもの話、俺はエルフという種族すらあまりよく知らない。エルフは人間とは違って寿命が長く、天職もどうやら後天的に開花することがあるとかないとか……結構曖昧だ。
ついこの前、エルフと人間の過去の話で大事な友人を失ったこと、その程度の歴史しか俺は知らない。
「ソルト、お客さんよ」
サングリエの声色が少しだけ震えたので俺は非常に嫌な予感がした。
振り返ってみてやっぱり、嫌な予感は当たっていた。
「そんなに私が嫌いかしら?」
「そんなことありません」
「ソルトは嘘つきね」
と余裕の表情で俺の横の椅子に腰をかけた少女は黄金色の瞳をこちらに向けてニヤリと微笑んだ。
「グレースさん、抜け出してきたんですか」
ヒメというワカちゃんといい……王族ってのはどうしてこうもすぐに抜け出すんだろう。
「ふふふ、ありがとう」
サングリエはグレースにお茶を出すとささっと奥へと引っ込んでいった。
「で、どうしたんですか」
「いいえ、うちのドワーフエルフたちがたくさんの作物を持って帰ってきて大騒ぎ。お礼を言いにきたのよ」
そういえばそうだった。
「いえ、こちらもかなり手伝ってもらいましたから……」
グレースは何も言わなかったが、小さく俺に向かって微笑んだ。含みのある笑顔だ。
「あの、依頼の件を聞いても?」
俺の質問にグレースはコトンとカップをおいた。
「太古のエルフ、奴らは我々の祖先であり……エルフの原点であり、そして」
グレースはその先の言葉を口にすることを迷っているようだった。
俺はロームの城で見せられた翼の生えたエルフのことを思い出す。御伽話にでも出てくるような美しい姿だった。
「そして……奴らは魔物に近い……生き物なのよ」
俺の中でエルフという生き物は、人間よりも知識が深く、気高く、そして森の良い香りがする崇高なイメージだった。
でも、そのエルフの女王の口から語られたのは「魔物」という言葉だった。
「グレースさん、それはどういう……?」
グレースはもう一口お茶を飲むとゆっくりと俺に教えてくれた。
ローム大陸のどこかにある洞穴には不思議な魔法陣が敷かれているという。その魔法陣の先は「幻の島」につながっている。
その幻の島に住まうのが太古のエルフだという。そこではエルフたち独自の文化と歴史があり、今もなお外界との交流を断絶いるそうだ。
幻の島「プロイス」はエルフが生まれたとされる大きな樹がそびえたち、その樹を中心に彼らの住居が立ち並んでいる? いや、樹の上に住んでいる? らしい。
驚くことに太古のエルフたちはその大きな樹から生まれるそうだ。卵として……。
自由に飛び回り、自由に生きている……。
「我々、外界に出たエルフは彼らの中では<裏切り者>なのよ」
グレースによれば、はるか昔。多分、俺が想像するよりももっと昔、ある二組のカップルが「プロイス」を抜け出した。
汚れた外の世界へ逃げ出した彼らは交わり、他の生物と同じように子を成した。そして、その子孫は人間や魔物、たくさんの生物と交わり……やがて翼が落ち、魔力が弱り今のエルフの姿になったのだとか。
グレースが太古のエルフを「魔物」と呼ぶのは、ダンジョンの奥に住まうことと卵から生まれることが理由といったところか。
「あなたは本当に賢い子ね」
グレースはにっこりと微笑む。俺が送った「封印魔石」が嵌められたブレスレットを撫で、じっと俺を見つめる。彼女はこうして俺に考えるスキを与えてくれているのだ。
「で、問題……って?」
「黄金樹が……先ほど話した太古のエルフたちが生まれる大きな樹よ。それが、枯れてしまったと連絡があったの」
「枯れた……?」
「えぇ、私は外界のエルフを統べる存在として彼らの長とやりとりをしていたわ。覚えているかしら、私の水浴び場にあった美しい樹の枝を」
覚えてない。
「まぁいいわ、あの樹の枝は黄金樹の枝。あれを通じて奴らと話すことがあったけれど……でもね」
その黄金樹の枝が枯れ、ドロドロになって溶けたのだと言う。その数日後、ボロボロの伝令鳥が危機を知らせる手紙を届けたと言う。
「その伝令鳥もね、私の元に辿り着き数日で……」
溶けた。
「ソルト、お願いよ」
——黄金樹……か。
古書店のドアの向こうに目をやると、覗き込むエルフの少年の顔。ボブだ。
「グレースさん、お迎えですよ」
「あら、早かったのね」
俺はボブに手招きすると、半泣きのボブが古書店に入ってきた。
「いっきなり女王陛下が消えちゃうし、ソルトさんはいねぇ〜し、子供たちに耳を引っ張られるしでもぉ、散々っすよ!」
子供たちに遊ばれたのかくたくたのボブをみてグレースはクスクスと笑う。
「うちの子供たちがすまんな、エルフの男はちょっと珍しくて」
「ソルトさん、ひと段落ついたらまたなんか食わせてくださいよ〜」
はいはい、とボブを宥めながら俺はグレースをギルドまで送った。
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