第261話 わがままお姫様(3)


 俺は涙をこぼすソラを少し離れた場所へと連れていった。

 2人で腰掛け、流れる用水路にざぶんと足をつけた。ひんやりした水がサラサラと足の間を流れ、そこの方に生えた水草がくすぐったい。俺も、ソラも戦いの間で出ていた熱がゆっくりと冷めていく。

 普段からシノビとして感情を表に出さないソラがこんなに泣くのはいつ以来だろうか。

 あぁ、そうか……コイツがヒメの身代わりになって死のうとした時以来だ。


「申し訳ありません。冷静ではありませんでした」

「わかってる」

「ソルトさん、ワカヒメ様は何も悪くありません」

「それもわかっているよ」

 ソラは過呼吸になりそうな息がやっと治まったのか、静かに深呼吸を繰り返した。俺はじっと彼女が話し始めるのを待つ。


「シノビは、家族です。血がつながっていてもそうでなくても……家族なんです。強い絆は強い信頼を生み、命をかけて主君を守るため結束するんです」

「なんとなく、わかるよ」

 俺は幾度となくシノビたちと戦いを共にしてきた。彼らは強く、優しく……そして彼らはだ。

 きっと、洗脳されていたとはいえ、ワカちゃんを守るためなら喜んで命をさした出したのだろう。

「すみませんでした。ワカヒメ様に謝罪してきます。あの、ソルトさん、止めてくれてありがとう」



***


 ワカちゃんを極東に送り返し、俺たちは静かな夕食をとった。いや、正確にはこいつは死ぬほどうるさかった。

「よいのぉ、よいのぉ」

 ヒメが餅を啜りながら満足げにいった。

「ヒメちゃん、何がどうしたのよ」

「ヒメはの、ソラがシノビとなってからヒメ以外に感情を出さぬこと、たいそう心配しておったのじゃ。じゃが、リアもみたであろう? 怒りと悲しいみに震え我を忘れるようなソラの勇姿を……」

 ポッと頬を赤く染めるヒメ。俺とリア、そしてサングリエは首を捻った。ソラの方は恥ずかしそうに俯くと狐のお面で顔を隠してしまった。


「うるさいにゃ。どうでもいいにゃ」

 シューは猫の姿で焼き魚を咥えるとぴょいとテーブルから降りて静かな2階へと上がっていった。

 それを合図に俺たちは静かに飯を食い始める。

 俺としてもワカちゃんの気持ちは嬉しかったけど、でもやっぱり国のお偉いさんを連れていくわけにはいかないよなぁ。

 サキュバスを使った生贄事件、グレースのあの意味深な言葉……世界各国で起こる恐ろしい騒動。やっぱり、例の二人組が暗躍しているのかもしれないし。


「ソルトさん、明日ドワーフエルフさんたちから例のものが届くそうですよ」

「あぁ、届くんじゃないぞ」

「へっ?」

 リアがぽろっと煮込まれたイモイモを落とした。

「まぁ、明日目覚めたらわかるさ」



 翌朝、俺たちはリアの悲鳴で目が覚めた。シューが俺の腹の上から飛び降りると楽しげに「にゃにゃっ」と笑った。

「ソルトさん! ソルトさん!」

 ドタドタと階段を駆け上がってくると、リアは俺を引き起こして揺さぶる。

「なんだよ……」

「温泉の床下から、小さいおじさんが」

 リアはぎゃいぎゃいと騒ぐ。

「おっ、早いな」

「なんなんですかっ!もう!」


 俺は騒ぐリアを置いて温泉へと向かった。すると……

「にいちゃん、準備バッチリよ」

「ありがとう、そこの倉庫から好きなだけ作物を持って帰ってくれ。それと、午後にはそちらへ向かうとグレース様に伝言を」

「あいよ、おまえら! 倉庫にいっくぞぉ」

 小さいおじさん……ではなくドワーフエルフたちは土だらけの顔でガッツポーズをするとゾロゾロと温泉の入り口の地下へとつづく階段から行列を成して出てくる。

 

「なんなんですかぁ〜!」

 リアが悲鳴をあげる。

「ドワーフエルフたちにアレを掘ってもらうついでに温泉に地下施設を作ってもらったんだ。リア、中に降りてみて」

 俺はリアと一緒に地下へ降りる。むんむんと中は暑く、蒸気が立ち込めている。等間隔に並んだ長方形の石、森の匂いがするのはドワーフエルフがプレゼントに持ってきてくれた木の桶のせいだろう。

 俺はそっと長方形に切り出された暖かい魔法石に触れる。

「これは熱岩盤って言うんだ。ロームのダンジョンの奥で見つけたんだけど、この熱岩盤っていう魔法石は不思議な能力があってな、暖かい熱を放ち続けその表面には癒しの効果があるとされている」

 俺の説明の間にシューがやってきて熱岩盤の上で丸くなった。

「へぇ……すごい。これでソルトさんたちの日々の疲れもバッチリですね!」

 リアの言う通り。この熱岩盤は切り出すのが非常に難しい。無論、数百年もダンジョンの中で暮らしていたドワーフエルフを除いては……。

「それとほら、うちの農場にはくるだろ?」

「えっ」

 リアは首をかしげる。

「退役した元戦士たちさ」

 随分前からうちの農場では退役した戦士たちを雇っている。戦うことができなくなった彼らの力を借りて作物の収穫をしたり、荷物を運搬したり……。彼らの古傷もこの熱岩盤で少しは癒すことができるだろう。

「わっ、私、ドワーフエルフさんたちにお礼を渡してきます!」

 リアは階段を駆け上がっていった。


「ソルト、今からでもグレースの面倒ごとを断れないかにゃ?」

 熱岩盤の上でシューが腹を出して伸びる。

「こんだけしてもらってるからな……」

「シューは強力したくないにゃ」

「嫌な予感がする?」

「違うにゃ」

「じゃあ、なんだよ」

「シューは、太古のエルフが大嫌いにゃ」


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