第260話 わがままお姫様(2)
「遅いっ!」
ソラはクナイを両手に構え、ワカちゃんを追い詰める。農場の大きな道に線を2本引いて線を越えたら負け、また気絶やギブアップがあれば負け。
ソラとワカちゃんの決闘を聞いて退役戦士のおっちゃんたちもわらわらと集まって来た。まるでショーでも見るみたいに盛り上がっている。
「よぉ、色男!」
と俺の肩をぐいっと掴んだおっちゃんは根菜片手にガハハと笑った。
「にいちゃんに女できなかったらうちの娘をって思ってたけど姫さんたちが争うんだからなぁ、惜しいなぁ」
この人の娘は駆け出し戦士だったような……?
「いやいや、勘弁してくださいよ。娘さんは戦士でしょ?」
「おうよっ、まぁガサツだがいい女さ。にいちゃんどうだい」
「あはは〜、まぁ結婚とか考えてませんし」
「そうかぁ、残念だなぁ。おっ、防戦一方だった姫さん……うわっ」
ワカちゃんが小さく口ずさんだ。ワラベウタと言っていたか極東独特の歌である。ぐわん、と俺の頭も揺れる。
となりにいた退役戦士のおっちゃんが根菜をぼとりと地面に落とした。
「あんだこりゃ、力がぬけ……」
俺も同じく地面にへたりこむ。まるでめちゃくちゃ走った後みたいに体が重くなる。
しかし、ソラの動きは止められない。ワカちゃんは綺麗な装飾がついた飾り刀で防戦一方。
「なぜっ? 私の歌が……」
ソラがニヤリと微笑む。
「ワカヒメ様の歌の効力はその歌や音が認識できる者にしか効果がでません、つまり……言葉の通じないモンスターには無意味です」
ソラがちらり、と耳栓を見せ、ぽろりと外した。
「ソラちゃんっ!」
ワカちゃんがぐっとソラを押し返す。
「歌で力を削ぐんじゃなくて、力で私に勝ってみてください」
クナイが飛ぶ。ワカちゃんの腕にかすってすぱりと血が吹いた。
「ソラッ!」
俺が入り込もうとするも、俺の体を何者かが抑えた。
「邪魔するでない、ソルト」
ヒメが俺をがっしりと捕まえたまま言った。ワカちゃんは血に驚いて腰が弾ける。ソラは一歩また一歩とワカちゃんに近寄る。
「ソルトさんに守ってもらいたいなんて……そんなの私が許しません」
「好きな殿方に守ってもらいたいのは当然じゃないですか!」
「そうかもしれませんね、おとぎ話の空想のお話ならそうかもしれません」
ワカちゃんの視線が鋭くなる。
「私が世間知らずだってそういいたいのね……ソラちゃん!」
「ソルトさんとの冒険は……主従も強弱も関係なく助け合うそういうパーティーなんです!だから守ってもらいたいなんて考える人がいたら破綻してしまう」
ソラがぐっとクナイを持ち変える。ソラの雰囲気が変わった。ぶわり、妖狐の血なのか先ほどとは違ったオーラを纏っている。
「私だって、戦えます!」
ワカちゃんが立ち直ると剣を構える。しかし、もう一本クナイが飛ぶと先ほどと逆側の腕に傷がついた。
「私は……普段、ソルトさんたちと行動を共にしても前線で戦うことはありません」
ワカちゃんはその言葉にぎょっとする。
「ソラちゃんでも……?」
「私は極東ではそこそこの戦闘力で、ヒメ様の護衛だってできる。そんな風に思ってました。でも、私なんかじゃ太刀打ちできないモンスターがたくさんいて……それより強い人たちがいました」
ソラは手を止めない。ジリジリとワカちゃんはデッドラインまで追い詰められていく。
「だから、私は隠密行動や連絡係なんです。私にすら勝てない人は……足手まといです。ソルトさんの負担になります」
「でも私の能力があればもっと……」
ワカちゃんが食い下がる。
「能力は力あってこそ、自衛力あってこそです!ワカヒメ様!」
バシン、と先ほどより強い打撃。剣で受け止めたワカちゃんの顔が歪む。
「違うっ、私だって……きっとソルトさんの役に立ってみせる。もう……好きな人の帰りを待つだけなんていやなの!」
「あなたを守るために、また誰かが死ぬかもしれないんですよ!」
「それは……誰のことを言っているの、ソラちゃん」
シン、と空気が凍った。それまで応援していたガヤたちも静かになる。
「あなたの腹心だった大臣様や家臣たちよ! 私の友人だってあの場にいた! みんなあなたと同じように洗脳されていたのに……あなた以外は処刑された! 身分の差で殺されたのよ!」
あぁ、あの時……か。
ツクヨミによって洗脳されたワカヒメ陣営はワカちゃん以外処刑された。身分の違いでワカちゃん以外は……。
「私だって……望んでなんかいなかった。みんなの処刑なんて……望んでなかった!」
ワカちゃんがわずかに押し返す。
「あなたを守るために命が失われたんです。それは変えがたい事実です」
ソラの言っていることは少しおかしい。あの時、ワカちゃんも洗脳状態で正気ではなかった。大臣やワカヒメ陣営全員がそうだったはずだ。だからソラの論理は成り立たないが……。
「違うっ……私だってあんなの望んでなかった!」
「唯一の力を持つあなたに継承権を残すことと、ワカヒメ陣営を王族から追放することを天秤にかけた。そして……あなたのその能力を残すために体裁として陣営の全員を処刑することが選ばれた。全ての罪を大臣たちが受けた。あなたを守るため……あなたの能力を守るために犠牲になった! 洗脳されていただけなのに、何も悪くなかったのに!」
クナイと剣がぐぐっと押し合う。ソラは眉間にシワを寄せる。
俺は知らなかった。ワカヒメ陣営が処刑された理由は単純にその罪によるものだと思っていたが……ソラの友人があの陣営にいたことも、ワカちゃんに継承権を残したままにするための「体裁」として陣営全員の処刑が行われたことも。
——あなたを守るために犠牲になった
というソラの言葉がずんと胸に突き刺さった。それと同時に、生まれながらにして唯一の存在であったワカちゃんがどうやってもあの時に周りの人間を守ることができなかったことも理解した。
この二人の口論は一生……交わることはないだろう。
「私だって……ソルトさんの役に立ちたい!」
力が入るのかワカちゃんの腕からはドクドクと血が流れる。
「だから……そんなに弱くてどうやって役に立つっていうんですかっ!」
ソラが大きく足を振り上げた。俺はとっさにヒメを振り払って飛び出した。両手がふさがった状態でソラが足を振り上げたのは……
「ソルトさん?!」
俺はソラのつま先に仕込まれた隠し刃をナイフで受け、ワカちゃんの装飾剣を左腕で受けた。ジリ……左腕が切れて冷たい感触とともにじわじわと痛みに変わる。
ソラの隠し刃から嫌な匂いがする。クシナダから採取した麻痺牙の成分だ。つまり猛毒である。いつも冷静で誰よりも状況判断をし、主従や上下関係に厳しいソラがこんなにも自我を失うなんて。
「ソラ……やりすぎだと思う」
ソラは足を下げて「申し訳ありません」と小さく言った。
「ワカちゃん、もしもソラの最初の一撃が毒牙だったらきっと今頃ワカちゃんは死んでる。毒牙じゃなくても血を流せばモンスターが寄ってくる。ワカちゃん、あなたを一緒につれていくことはできない。俺はもう人に死んでほしくないからさ」
精一杯優しく気を使ったつもりだったがワカちゃんはみるみるうちに涙を貯めて「うえーん」と泣き出した。
「ヒメ、ワカちゃんをお願いしてもいいかな」
ヒメは「うむ」と首を縦にふると
「ソルト、ソラもワカヒメ殿もお主に命を救われたのじゃ。どちらもお主を想うてのこと。どうか嫌わんでやってくれ」
俺はヒメにワカちゃんを任せて、呆然と立ち尽くしているソラに声をかける。ソラはポロポロと涙をこぼして、血が出るほど唇を噛んでいた。
「ソラ……」
「わかっています。私が悪いです」
「いや、そうじゃなくて」
「ワカヒメ殿の能力は唯一無二、あの力があれば数倍にだって強くなれる。絶対に必要です」
「ソラ……」
「でも、私っ……わたしっ……」
俺はそっとソラの肩のほこりを払いながら
「少し話すか」
と言った。ソラは小さく頷くと歩き出した。
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