第4話

 俺はゴロンと寝転がった。こんなに返り血を浴びたのは初めてだ。それはウルズがとても優秀な戦士でパーティーのリーダーだったからだろう。


「ジャネット、早く終わらせようぜ」

 ロマーリオが最下層への入り口を指差した。

「このセーフティーゾーンで生きていこうと思えば生きていけるぞ」

 俺は帰ってくる答えがわかっているのに提案する。ロマーリオは「いいや」と腰を上げた。

「俺たちは人を殺したんだ。仲間を、実の妹を……だ。俺たちもここで死んだんだよ。迷宮探索人として勇敢に死んだパーティーの一員としてさ」

 ロマーリオが「だろう?」と俺を見つめる。ロマーリオの顔はミザリアににて綺麗だった。俺はこの兄妹が好きだ。

「ドラゴン様とやらを見て、次は戦士に生まれ変わるかな」

「あぁ、俺はエルフがいいな」

 ロマーリオが軽口を叩いたと思ったら、ズン、ズンと大きな地響きが俺たちを襲った。

「な、なんだよ!」

 ロマーリオが戦闘態勢に入る。地響きはどんどんと上がってくる。最下層から……俺たちの目の前にある最下層への入り口の奥から。

「ここはセーフティーゾンだぞ……」

 ギラリ、暗闇の奥で光った金色の三つの瞳。瞳だけでも俺の背丈よりもでかい。熱風は腐った肉の香り。


——ひぃ……ふぅ……みぃ


 俺は腰をぬかす。最下層への入り口からぬぅっと顔を出したのは巨大なドラゴンだった。おぞましい三つの瞳がぎょろぎょろと動き、臭い息は熱風のように皮膚を炙った。


——愚かなヒトノ子よ


——贄を受け取った


 贄……? ロマーリオと俺がドラゴンの視線の先を見るとそこにはウルズたちの死体がいつの間にか山積みになっていた。ざっと30体以上の死体をドラゴンは恍惚とした表情で見つめ、3本に割れた舌で舌なめずりをする。



——贄の対価をさずけよう、ふたぁつ……願いを叶えよう


 ロマーリオと俺は顔を見合わせた。飛んだ急展開だ。俺たちはまさか……このドラゴンに生贄を捧げた形になったようだ。こんなのどこの文献にもない。こんなモンスターは……前例がない。


「一つ目の願いは……俺たちの顔を変えてくれ」

 ロマーリオがポツリと言った。


——叶えよう……卑しいヒトノ子よ


 ドラゴンの視線が俺の方を向く。ロマーリオも俺に目配せをする。ロマーリオだった男は全く別の顔になっていた。色男にしたって限度があるだろう……。俺はロマーリオの鎧に映った自分を見てびっくりする。

 俺も違う人間の顔になっていた。


「ジャネット……俺たちのことを苦しめた奴らを全員こうしてやろう」

 ロマーリオがニヤリと口角を上げた。

 ぽつん、と俺の心の中にどす黒い感情が広がって……俺たちを奴隷にしたギルド、そしてそんな差別を許しているエンドランドが……世界が……すべてがにくくなった。


——無様なヒトノ子よ


「こことエンドランドをつなぐポートを作れポートの場所は……。贄ならこれからいくらでも連れてきてやるよ。その度、願いを叶えてもらおうじゃないか」

 ロマーリオがニヤリ、と微笑む。


——愚かなヒトノ子がワレと契約をスル


「あぁ、そうさ。生き返らせたい人がいる」


——クックックッ


(あぁ、俺は何を言っているんだろう)


 俺に向かって微笑む美しい少女を想像しながら俺はドラゴンの三つの目を睨んだ。


 ドラゴンがひと舐めでウルズたちを飲み込んだ。そして地響きとともに顔を引っ込めるとロマーリオが生成されたポートを見て俺に言った。


「本当に、いいのか。ジャネット。お前はまだ戻れる。お前は……」

 ロマーリオは妹を殺したことを言っているんだと思った。血の繋がった妹をロマーリオは自らの手で……

 ロマーリオを追い込んだのはその妹だ。その妹を変えたのは……? ウルズじゃない、俺でもない。エンドランドだ、世界だ。

「悪意だ」

 俺の言葉にロマーリオは首をかしげる。

「俺たちはもう直接手を下さなければいい」

「ジャネット……?」


「人の悪意に俺たちが鑑定士と薬師の知識を……願いを叶える知識を与えてやればいい。そうすれば俺たちが手を下さなくても勝手に人は人を殺す」

 首を傾げていたジャネットがニヤリと笑った。

「そしてエンドランドは気がつくんだ。手遅れになってから、差別していたゴミムシの俺たちの力が重要だったことに」

「あぁ、ジャネット、お前は最高だな」

 ウルズたちの血の跡を見て俺は笑っていた。

「あいつらみたいに無様に転げ回るエンドランドを見てからじゃなきゃ死ねない」


「悪人に知識を売って……死体を贄にする」

 俺はロマーリオの横に立った。ロマーリオはミザリアがつけていたイヤリングを握って涙を流していた。


「次はギルドの奴らを生贄に……ミザリアを蘇らせよう。赤ん坊の時から……俺たちで育てて……俺たちが地獄にいくのはそれからでいい」

「ジャネット……」

 ロマーリオが俺の方を見た。

「馬鹿だよな……俺。でもまだ……ミザリアの笑顔が忘れられないんだ」

 ミザリアは俺をあざ笑っていたはずなのに、やっぱり俺は馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。

 ぽたり、顔の変わった瞳から涙が流れる。

「ほんと、お前は死ぬほどお人好しだよ」

 ロマーリオがそういうとイヤリングの片方を俺の耳につける。

「そうか……? どうやってギルドの奴らを、いやエンドランドをいためつけようか幾つもシナリオが浮かんでいるけどな。憎悪を抱えて、手段を持たない人間はたくさんいるんだ。俺たちは悪魔でもそいつに武器を……手段を売るだけさ」

 復讐と懺悔。それを同時にやり遂げてみようじゃないか。


「ジャネット、お前は悪魔だな」

「それだけ俺たちは虐げられてきた、だろう」

 ロマーリオは笑った。俺も笑った。

「だから、顔を変えたんだろうが。待ち遠しいよ、鑑定士や薬師を馬鹿にしてきた奴らが鑑定士や薬師に頭を下げて……命乞いをして助けを乞う様が」

「綺麗になった世界で……綺麗なままのミザリアと会うんだ」


 もう、俺は冒険者に戻ることはできない。

 もうあの頃の俺はいない。健気に夢を見る俺はいない。俺はドラゴンと契約を交わし、悪魔になったのだ。この国を滅ぼすまで絶対に止まらない。

 俺は心の奥に宿った黒い炎を大事に抱えた。それが、あのミザリアの死ぬ間際の視線を消し去ってくれる気がした。

 


 ====あとがき====


お読みくださりありがとうございます!

番外編はここまでです〜!

この作品を書き始めてから約2年、他作品の書籍化作業も含めてたくさん経験を積みました。細かい部分の改稿を1話からちょいちょいしていこうかなと思っております。

引き続き、物語をお楽しみいただけますと幸いです!

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