第3話
「ジャネット! 遅いぞ!」
ウルズの叫び声で俺はビクつく素ぶりを見せる。大皿いっぱいの料理を運びながら必死で表情を崩さないようにした。
「ずいぶん遅いじゃねぇか」
「その……調達に時間がかかって……」
「お前は採集すらできないのか? あん?」
ウルズがバカにしたように俺を見るとミザリアが「まぁまぁ」と笑った。嘲笑だった。
「お前はいらねぇよなぁ?」
これもいつものことだ。
「働かざるもの食うべからず。役立たずは犬以下」
ウルズが俺に犬用の餌箱を投げてよこした。
「あぁ、俺はいらないよ」
「いりませんだろ?」
「いりません……」
「あ〜、違った。いりません、ゴシュジンサマだろ?」
俺は「ゴシュジンサマ」と繰り返すとウルズが大皿の料理をミザリアにとりわけさせ、口にした。
最高の味付け、最高の食材。俺が腕によりをかけた最高の……最後の料理だ。
*** 一時間前
「ロマーリオ、できたか」
「あぁ、完璧さ」
ロマーリオがあの青い鬼姫薔薇を加工した薬液を投げてよこした。俺の手元にはキラキラ光る虹色の魚……。の口の中に寄生しているキノコをペーストにしたもの。
俺はバンダナを鼻と口に巻いて念のため息を止めながら調理を開始する。
「俺はさ、一族でもつまはじきものだったから……でもミザリアだけは俺に優しくいてくれたんだ。だから……くそっ」
ロマーリオはぐっと拳を握った。
「でも、これが終わったら俺たちはこのダンジョンから出られずにモンスターに食われて死ぬんだ。だから……いいんだよな」
ロマーリオが悲しそうにいうと
「ジャネット、俺……来世では戦士に生まれたいよ」
とつぶやく彼に俺は何も言えなかった。俺は鑑定士として夢を叶えるためにいわば自分の都合でこのパーティーに参加した。一般人として生きる道だってあった。
けれどロマーリオは国内有数の回復術師や医師を出している家系の生まれ。その家系で唯一の薬師。
だから幼い頃から虐げられ生きてきたのだろう。一般の道へ行くことは許されずただ惨めに生きてきた。それを救ったのがあのミザリアだったのだ。
「ロマーリオ、本当にミザリアにまで食わせていいんだな」
俺は思う。ミザリアはもしかしたら……ウルズに陶酔しているだけで本当は兄を大事に思っているんじゃないか、時間が経てば、あるいは差別がなくなれば……ミザリアはあの優しい彼女に戻るんじゃないかって
「いいんだ、もう。うんざりなんだ」
ロマーリオは死んだ目で言った。
「それに見ただろう。あの女は君の命よりも大事なレシピを……本当にすまない。あれは親父さんの……」
俺はまだ痛む両手の火傷を見た。そしてミザリアに対する少しの希望が一瞬で消え去った。
「じゃあ、ロマーリオ。計画通りに」
「あぁ、絶好のロケーションを用意するよ」
***
「なぜ! セーフティーゾンにモンスターが?!」
俺とロマーリオが少し離れた木の上で混乱を上から眺めていた。
「くそっ! このモンスター……うぐっ!」
セーフティーゾーンというのはダンジョンの中でもモンスターの存在しない層のことを指す。もちろん、例外はあるのかもしれないが……
戦士エリーナの魔法剣が切り落としたのはモンスターの首……ではなくS級魔術師エリスの首だ。
「おいエリーナ! 何してる!」
ウルズはエリーナの剣を受け止めるが「このモンスターめ!」とすぐに混乱状態にもどる。
「あぁ、滑稽だな」
ロマーリオが言った。俺は「そうだな」とまだ残っていた魚を見て笑った。これは下級ダンジョンにもいる幻想魚だ。この魚を焼いて食っても幻想に惑わされて冒険者が死ぬから幻想魚。
この幻想魚は寄生体で作用しているのは口の中にびっしりと生えたキノコ。ペーストにしてたっぷりシチューに入れたんだ。もし、奴らが生き残ったとしても……幻想を永遠に見続ける。
「すごいな、鬼姫薔薇で幻想にあんな作用ができるなんて」
そう、本来なら幻想魚が見せる幻想は美しい幸せなもの。でも、この鬼姫薔薇を使った洗脳薬を使えば……
「モンスターだ!」
と俺が魔術師を指差して言った。
「セーフティーゾーンにモンスターがいるなんて!」
俺はそうやつらを「洗脳」したのだ。途端にお互いがモンスターに見えるようになったバカどもは戦闘を始めた。
「ぐあぁぁぁぁぁ!」
ウルズの怒声が響く。目をやるとウルズの左腕が見事消し炭になっていた。ウルズは右腕に剣を持ち替えて魔術師に斬りかかる。きっと恐ろしい魔物にでも見えているんだろうな。
あの魔術師はウルズが手をつけていた女の一人だ。
ザンッと嫌な音を経てて女の体が真っ二つになった。ウルズは「ふしゅるふしゅる」と口で息をしながらぼうっと立ち尽くす。
彼の視線の先には腰を抜かしているミザリアがいた。回復術師である彼女は仲間がいなければ非戦闘員といっても過言ではない。
「ウルズ、みんな! たすけて!」
悲鳴をあげてウルズから逃げるミザリア。ウルズの目が一瞬だけ泳ぐ。痛みによるものか、それとも彼の才能によるものか、ウルズは幻覚が途切れ途切れになるようで、怯えるミザリアが見えているようだ。
「ミザリア……俺だ、回復……して」
「こないで!化け物!」
ミザリアは失禁しながら手当たり次第死体から武器を奪ってウルズに向かって投げる。投げる、投げる。
ぽかん、と軽い音を立ててウルズに皿が当たった。ウルズの目がぐるんと回る。そしてウルズは「クソのコボルトが!」とミザリアに向かって剣を振り下ろした。
と同時に死にかけていた戦士の一人がウルズの足を切り落とす。ウルズは完全に四肢のほとんどを失って倒れ込んだ。
「そろそろ行くか」
ロマーリオが木の上から飛び降りると俺にも「来いよ」といった。俺はロマーリオとともに死んだ戦士の槍を拾うとひとりひとりトドメを刺していった。
俺は悪魔になったような気分だった。さっきまで料理を振舞っていた仲間たちを殺し、それを「よかった」と感じていた。
でも、俺だってもう直ぐここで死ぬ。なんの能力もない俺たちはこのダンジョンから出ることはできないからだ。
「ジャネット……てめぇ……」
ウルズが血を吐いた、もう彼の体は動かない。せいぜい顎をこちらに向けてあげるだけだった。
「毒抜き……忘れちゃったんだ」
「てめぇのせいだぞ! さっさとどうにかしろ!」
「そうだな、俺のせいだ」
ウルズは「ただじゃおかねえ」と吠えた。俺はあの契約書をぐじゃぐしゃに丸めてウルズの口に詰め込んだ。
「いいか、俺はいつだってこうできたんだ。料理に毒を混ぜてお前らなんか手も触れずに殺すことができたんだ。お前はそんなことも知らずバカだよなぁ? あ? だってお前、これから……」
ウルズの傷口に俺は塩水をかけながら言った。
「最弱コボルトに食われて死ぬんだから」
俺の声を聞いた途端、ウルズの瞳がぐわんと揺れる。
「やめろっ、やめろっ! くるな! くるな!」
ウルズは何かに怯えるような声をあげ、失禁をする。もぞもぞと動き、叫ぶ。そこにはコボルトなんていないのに。
ウルズの絶命を確認し、ロマーリオが念のため首を切り落とした。ロマーリオが神経質でこういう性格が俺は好きだと思った。
「お、お兄ちゃん……たすけて」
「あぁ、もう一匹いたな」
ロマーリオが冷たく言った。少し離れたところに両足をウルズに潰されたミザリアがいた。回復術師の彼女は半分くらい自分の傷を回復していたが魔力切れを起こしたようだった。
「お兄ちゃん……ジャネット……お願いよ。薬を、ちょうだい」
泣きながら媚びるミザリアにロマーリオが槍を向ける。ミザリアは「ひぃっ」とさらに失禁。ロマーリオは「子供の頃を思い出すなぁ?」と嘲笑った。
「最後のチャンスだ」
俺は立ち上がり、ミザリアに近づいた。
俺はこの女が嫌いだ。でも、もしかしたら……ウルズに洗脳されていただけかもしれない。だから……だから
「口を開けて」
薬をもらえると思ったのかミザリアは口を開けた。俺の料理を美味しそうに食べてくれる彼女を思い出して俺は戸惑ったが、彼女の口内に青い実を入れる。
「食べて」
ミザリアはがりっと実を噛み潰す。
「薔薇……?」
「あぁ」
「ミザリア、君はウルズに言われて……あんなことを言ったんだよね?」
俺の目を見てミザリアは
「ウルズ?」
と言った。ロマーリオは死んだ目で俺とミザリアを眺めている。
「そう、ロマーリオに言ったことも、俺にいったこともウルズが怖いから言った……そうだよな?」
ミザリアは目にたっぷりの涙を浮かべ、俺とロマーリオを交互に見つめる。
「さっさと薬よこせをクズが」
ミザリアは自分の口を押さえると必死で言葉が出ないように「うっうっ」と息を止める。
「ウルズを殺しやがって……絶対に許さない。最高の金づるで私が国一番の幸せ者になれる最高の道具だったのに! お兄ちゃんなんてギルドで公開処刑になればいい」
「お前なんて……兄じゃない、いらない。恥ずかしい」
ミザリアは言葉とは正反対の表情でぽろぽろと涙をこぼした。
「青い鬼姫薔薇の実には強い自白作用がある。心の声が口からでるんだ。それが、ミザリア君の本心だ」
俺はもう一粒の実をミザリアに見せる。鬼姫薔薇は強い精神作用を持つ植物だ。洗脳薬や自白剤、それは人間だけでなく多くのモンスターに作用する。
しかもこの青いのは特別。
「俺は悲しいよ、君は実の兄にすらそんな感情を……持っていたんだな」
ミザリアは涙を流し……俺の目を見て言った。
「アンタ……の名前、なんだっけ?」
その瞬間、ミザリアの喉笛をロマーリオが槍で突き刺した。ミザリアだったものはビクンビクンと体を跳ねさせて絶命した。
俺はただ、それを見ていた。
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