第257話 甘いものの誘惑(1)


 店の売り上げの調子が良い。

 というのもここ最近新しく発見されたダンジョンで見つかった新種のフルーツがやっとこさ鑑定士部の許可を得て街に流通し始めたのだ。オレンジとりんごを足して2で割ったような味のする爽やかなフルーツで男女ともに人気が高い。


「ただ、栽培が難しいんだよなぁ」


 枯れた苗木を見ながら俺は肩の力を抜いた。ダンジョンから運ぶには鮮度が落ちるから加工をして売り出すほかないし、何よりこのフルーツは生で食べるのが一番うまい。

 くろねこ亭で出している酒にぎゅっと絞って入れたら最高だと思うんだよなぁ。


「また失敗ですか〜」


 リアが俺の隣にしゃがんで枯れてしまったかわいそうな苗を見るとしょんぼりとため息をつく。

 リアが果樹園に来たってことは俺を誰かが呼んでいてリアが伝達に来たんだろう。面倒事じゃないといいけど。


「それはそうとソルトさん! ダンジョン依頼で気になるものがあるってヴァネッサさんが」


 ヴァネッサ案件か……。うーん、なんだか嫌な予感。


「わかったよ、リア。この枯れた木を植木鉢にいれて俺の部屋に運んで置いてくれないか。それから、部屋で昼寝しているシューを呼んどいてくれ」


「はーい、でも枯れちゃってるのになんで?」


「まぁ、それはおいおい説明するよ」


 不満そうに首を傾げたリアは「手袋もってくればよかったなぁ」と愚痴をこぼした。


***


 ヴァネッサとクシナダはすでに流通部の執務室で茶を飲んでいて、ミーナもリラックスした様子だったがエリーだけは面倒事の気配を察知したのか眉をぴくりとあげた。

 それもそのはず、今流通部は繁忙期。とっても忙しいのだ。俺が冒険者に復帰したからと言ってこっちの仕事をサボっていいわけもなく……。


「つまり、俺たちに行けと?」


「そういうことになるな」


 ヴァネッサは妖艶に笑うと極東名物の甘いもちをパクりと口に放り込んだ。クシナダがそれを羨ましそうに見つめ、エリーが「今は……」と口を挟みかけた時のことだった。


「グレース殿のたってのご希望でな」


 ぐぬぬ……とエリーが黙る。それを見てヴァネッサがニヤリと笑う。エルフの女王様の頼みか。ってか、そっちの国でどうにかしろって話なんだけどな。


「とりあえずどういう頼みなんだ?」


 ロームの領土は恐ろしく広い。無論、グレースが統治しているわけであるが寿命の長いエルフたちを全てグレースが意のままにできるわけではない、というのが現状らしい。

 俺たちがよく訪れるロームの城よりはるか遠くにある辺境に済むエルフの一族は「太古のエルフの姿」を守り続けているという。


「太古のエルフ?」


 ヴァネッサが待ってましたと言わんばかりに古い書物を広げた。そこには俺にも読めないような古代文字がぎっしりだ。掠れたインクで書かれたエルフらしきものの絵。尖った耳に整った顔。そして……


「翼?」


「おとぎ話だと思っていたわ」


 エリーが自分の肩甲骨あたりを撫でながら目を丸くした。


「どういうことだ? エリー」


「よく母親が私の背中を撫でながら話してくれていたんです。その昔、エルフたちには美しい翼が生えていた。自由に空を駆けることのできる大きな翼、美しい翼があったって。でも、人間と共生するために遠い遠いご先祖さまたちが翼を切り取って女神様に捧げた。だから多くのエルフたちは翼をなくした代わりに陸で大きな領土を手に入れ人間と愛し合うことができるようになったって」


 うーん、エリーがうろ覚えだからかもしれないが無茶苦茶である。実際、グレースが幼い時、人間はエルフにひどいことをしていたわけだし、何より女神様ってのはなんだ。

 よくあるおとぎ話だろう。多分、真相はエルフの中でも種族が違うとかそんな理由だと思う。


「太古のエルフたちの住む村でちょっとした問題が起きていてな。グレースたちがエンドランドに協力をと」


「絶対、ソルトに会いたいだけにゃ」


 シューがブンと尻尾を振った。


「んで、問題ってのは?」


「それはグレース殿から伺うといい」


 ヴァネッサはクシナダに次の研究の準備をするように言うと執務室を出て行った。

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