第254話 シャーリャの気持ち(2)

 シャーリャと一緒に彼女が辿った足取りを追う。受付嬢ってのはカウンターでニコニコしているだけじゃあない。

 各部からお願いされる雑務をこなしたり、お届け物をしたり……人気の高いシャーリャは特に忙しい。


「で、なんで俺のカードを肌身離さず持ってたんだ?」


 シャーリャはロッカーの中身を元に戻すと


「だって、ずっと大事にしていたものだからです」


 と言った。俺には理由がさっぱりわからない。


「私、ゾーイさんがずるいって思ってたんです。枕営業みたいなことして……テキトーな仕事してもお家柄がいいから誰も文句が言えなくて。私がずっと頑張っているのにエルフだから、家柄がないからダメなんだって思ってたんです」


 確かに、当時のゾーイはとんでもないクソビッチだった。戦士部の奴らに媚び売って、家の力を使ってギルドを黙らせて……確か、ゾーイの死んだ姉が医師部のお偉いさんとあーだこーだしてたりとかとにかく複雑だったんだ。

 

「私、当時は彼女の雑務を引き受けていて……」


 ってことはゾーイの功績のほとんどは裏でシャーリャが丁寧な仕事をしていたってことだな。


「理不尽な扱いを受けても絶対にやり返さないソルトさんのことはずっとすごいなって思ってました。だから、お守りがわりにしたんです。廃棄しろって言われたけど……フーリンさんにお願いしてこっそり」


 おぉ……そりゃあんましよくねぇけどちょっと嬉しい。


「それから、ソルトさんたちの活躍でゾーイさんは受付嬢じゃなくなった。それだけじゃなくて、ゾーイさんが悪くなってしまった原因をソルトさんたちが解決して……ゾーイさんは今ではギルドで動物たちを助ける立派な医師さんです」


 シャーリャはゾーイが助けた愛玩用のコボルトを引き取って毎日が楽しいんだと笑顔になった。


「だから、私もソルトさんみたく……そのちゃんと人と向き合って助けてあげられるような受付嬢になりたいって思ってて……それでずっと持ってたんです。なんでなくしちゃったんだろう!」


 シャーリャは崩れ落ちるようにしゃがみこんで頭を抱えると落胆する。


「ほら、探そう。大丈夫だし……そんなに大事にしてくれてたんならやっぱり俺は新しいので、古いのはシャーリャが持ってるってのはどう?」


「ダメ!」


 あぁーーなんでそうなるんだよ。こんなに感情的になる彼女を見るのは初めてだし、いつも頑張ってくれている人を無下にはできないしなぁ。


「とりあえず、昼飯でも食いながら思いだそう?」


 シャーリャを連れて俺はくろねこ亭へと向かうことにした。


***


 くろねこ亭は繁盛している。俺はシャーリャを2階に待機させて、彼女の好きな魚のマリネを盛り付けた。俺は……いつものまかない丼でいいか。

 飲み物は野菜スムージー。子供達がすりつぶした野菜スムージーは健康に良くて安いうちのおすすめ商品だ。


「ありがとうございます、ご馳走になっちゃって」


「いいよ、いつもありがとう。流通部の仕事や事件の時も世話になってるし。で、今朝冒険者カードはみたか?」


 シャーリャはもぐもぐとマリネとパンを交互に食べながら考え込んだ。ごくっとスムージーで飲み干して、俺のまかない丼の上に乗った肉をつまんだ。


「ソルトお兄ちゃんが彼女連れてきた」


「絶対違うよ! あんな綺麗なエルフのお姉ちゃんソルトには無理だって」


「えぇ、でもフィオーネちゃんとか可愛いじゃん」


「フィオーネちゃんはほらザンネンだから」


 言いたい放題の子供達。俺が振り返ると階段を駆け下りていく。全く……。


「あっ!」


 シャーリャが大声をあげたせいで俺はびっくりして水でむせる。なんだなんだ。彼女って言われたのが嫌だったとか? そんなくらいで怒る子じゃないか。


「ソルトさん……私」


 えっ……?

 シャーリャの顔が真っ赤になり、綺麗な瞳は涙で潤んでいる。俺の彼女って言われたのがそんなに嫌でした?!

 シャーリャはもじもじしながら俯いて小さな声で何かを言った。


「……です」


「ん?」


 聞き取れなくて俺が聞き返すと、シャーリャは真っ赤な顔で


「今日……昨日と違うジャケットで出勤したんです。多分、冒険者カードは昨日着ていたジャケットの胸ポケットの中です」


 と大声で叫ぶと、シャーリャはくろねこ亭を飛び出して行った。


「あっ、ソルトにーちゃんフラれてやんの!」


「うっせぇ、げんこつするぞ」


「うわー!!」


 俺が飯を食べ終えてギルドの入り口に着くと、シャーリャが真っ赤な顔のまま待ち構えていた。手には冒険者カード。俺があの日、手放したカードだった。

 シャーリャから受け取って、眺めてみる。10年近く前の日付は俺が鑑定士となった日付だ。

 いろんなパーティーで迫害を受けながらもがむしゃらに成長してきた。どんなに辛くても理想の冒険者になるため踏ん張って堪えてきた。

 気がついたらS級の鑑定士になっていて、異世界から現れた戦士のパーティーで鑑定士をすることになった。そして、そのパーティー追放と同時に俺は冒険者をやめた。

 

「シャーリャ、ありがとう。嬉しいよ」


 またこのカードと付き合っていかなきゃなんねぇのか。でも、きっと今までの冒険者人生よりも充実したもんになるだろう。


「あっ、そうだ。ダンジョンフリーパスの返却をお願いします」


「そうだよな、あいよ」


「これをお守りにするので!」


 え?


「それってなんか思い出あります?!」


 シャーリャはもごもごと何かを言った後走り去ってしまった。シャーリャとすれ違うようにシューが戻ってきた。


「またソルトは女の子を泣かせたのかにゃ?」


「えっ、泣いてた?」


「泣いてたにゃ」


「えぇ……そんな雰囲気じゃなかったけどなあ」


 シューは「ほっといて戻るにゃ」と俺の肩に乗って言った。

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