第252話 レオガルド・ロゼ(2)
「別に、これはうちの戦士が迷惑をかけたからであってお前に感謝しているとかそんなんではない」
と勝手に怒り出したララは俺のデスクに大きな牙を置いた。これはレオガルド・ロゼの牙だった。ヴァネッサがあの死骸を解剖した時戦士部に届けられた物のうちの一つだそうだ。
レオガルドの牙というのは上質な武器を作り出す素材の一つで、ロゼのものともなればとてつもない価値がある一品だ。
「お前の剣が折れたとエスターから聞いた」
「ありがとうございます」
「だからこれは別にお礼ではないと言っているじゃない」
「わかってます。ありがとうございます」
ララは不満そうな顔で執務室を出て行く。ララについてきたフィオーネは「ごめんね、でもララ様何をソルトにあげようかってすごく悩んでいたの。許してあげてね」と俺に耳打ちした。
まぁ、あのありがたいっす。鍛冶屋に発注していい剣を作ってもらうか。一応冒険者にも復帰するわけですし?
「ソルト嬉しそうにゃ」
「そりゃ嬉しいだろ。いい剣になるぞ」
「それは包丁にして料理に生かすにゃ」
「いやぁ……それは衛生的にまずいからなしで」
シューは「そうかにゃ?」と言ったが獣の匂いがプンプンするこれで包丁を作るなんてのは論外だ。
タケルは大怪我をしたがヒメの応急処置もあって問題なく冒険者は続けられるそうだ。死にかけた魔術師や回復術師も同じように大怪我をしたが問題はないとのことだった。
タケルはとんでもないアホだし訳のわからん行動をするが、「鑑定士はソルトじゃないと嫌だった」なんて言われて、俺も少しだけ嬉しかった。
鑑定士なんていらないと言っていたあいつが、鑑定士を信用し、その上で信頼して連れて行きたいのは俺だと言ったのは……正直くそ辛い思いをした甲斐があると思った。
——まぁ、あいつのパーティーに入ってやるわけにはいかないけどな
***
レオガルド・ロゼの牙を馴染みの鍛冶屋に渡して俺は流通部の執務室へと戻った。ミーナはいつも通り書類の山に囲まれてボッサボサの髪の毛のままサインをしまくっていたし、エリーもエリーで俺の代わりに書類の整理をしている。
最近じゃロームとの貿易が増えたこともあって商売がぐんぐん回っている。エンドランドが栄えるのは嬉しい限りだ。
「入るぞ〜」
まだ聞きなれない声だが喋り方の癖が強いのですぐに声の主がヴァネッサだとわかる。極東エルフの姿の彼女は小さな紙の入れ物を持っていた。
エリーがすかさずヴァネッサはソファーに座らせてお茶を出す。
「やめてくれよ、今忙しいんだから」
「ソルト、そう冷たいことを言わないで。これは大問題なんだから」
「大問題ってのは面倒事だろ」
ぷんと匂うのはレオガルド・ロゼの体臭とそれから不可思議な
「これをみてくれ」
ヴァネッサが紙の入れ物から出したのは男の拳の大きさと同じくらいの木の実だった。ごろん、と大きな音を立てたそれをヴァネッサは投げてよこす。
俺はなんとかキャッチした。ずっしりと重いが熱はなく毒もなさそうだ。
「これは?」
「ソルトも見たことがないの? うふふ、まだまだね」
ムカつく……この野郎。
「それは暴走の実だよ。聞いたことがあるだろう? まぁ、あの状態のレオガルド・ロゼに飲まれたところでなんの意味もないが……ね」
暴走の実か。
確か、別のダンジョンにある木の実で戦士が食うと一時的に身体能力と攻撃性が爆上がりするっていう特殊な食物だな。
とはいえ、木の実まるまるを食べることなんかはなくこれを削って水で流し込む程度だが……。
「レオガルド・ロゼは究極の警戒および怒り状態。これを飲み込んだことによって怒り状態が普段よりも長く続き、ダンジョンに数々の異常を発生させたみたいね」
「あぁ……これ糞の中から出てきたのか」
「ご名答。あんまり消化されていないけどこれをいろんな生物が食べたりし、香りに混じった成分が他のレオガルドを刺激したようね。タケルが予想以上の力を出せたのも、エスターが帰り道怒りっぽかったのも説明がつくでしょう」
確かに、エスターがタケルを殴ってたのは笑ったが。
「とはいえ、例の二人組にしちゃ雑だよなぁ……」
奴らならもっと確実に、もっと極悪な手を使ってくるだろうし……。
「これ、いる?」
「レオガルド・ロゼの体内を通ったもの研究対象じゃないのか?」
正直、糞くさくて俺的にはいらん。新品なら興味深いが……。
「そう、なら研究部でもらうわ」
ヴァネッサに礼を言ってから俺は席に座って考える。まだ未解決の黒魔術事件、レオガルド・ロゼのダンジョンにはないはずの暴走の実。つながるようで繋がらないし、例の二人組が関わっている要素もない。
でも何かとても大きなものが蠢いているような……。
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