第246話 頼んでも、もう遅い(1)
盛大な前夜祭に比べて「くりすます」自体は盛り上がらない。毎年こうなのだが……今年は今までで一番充実した楽しい聖夜を過ごせたかもしれないと俺は思っていた。
ぶっつぶれた戦士の姉妹を送り届けるのも2回目だ。酔いどれフラフラなララもぐっすり眠ってるエスターも、素直になれないだけできっとお互いのことが大好きで、一緒にいたいんだろうな。
「おぉーい、すんませーん」
戦士部の中で大声を出すと戦士たちが駆け寄ってくる。
最初とは違って
「すんません」
と小さな謝罪をもらった。俺はぺこりと頭を下げて「こちらこそ」と言う。俺は冒険者じゃなくただの飲み屋のおっさんなんだから。
エスターを大柄な女戦士に渡した後、戦士部を出ようとした俺に久しぶりの勘に触る声。
「ソルト! 話がある!」
やめろ……その元気一杯みたいな声。
俺が振り返るとそこにはエンドランド最強の戦士。異世界からきた異質のスキル使いのタケルがにっこりと微笑んでいた。
***
「そりゃ無理だぜ。俺は冒険者引退したんだ。それに、今はギルドの流通部で顧問やってんだ」
タケルはまるでかわいい子犬のように眉を下げて
「でも、ソルトしかいねぇんだって」
と言った。
彼はとあるダンジョンの攻略をギルドから依頼されたらしい。というのも、ギルドが見込んだ冒険者に依頼を出すシステムがあるのだが……。
「確かに、S級のダンジョンだな。ボスは」
俺の質問にタケルは目を輝かせる。いや、いかねぇぞ。
「レオガルドだ」
まじかよ……。
レオガルドといえば獣系のモンスターで一番強いあれだろ。その咆哮だけでほとんどの生物を殺すことができるとか言われている……やばいやつ。
確か、おとぎ話じゃドラゴンに勝ったとか引き分けたとか。確か、ベヒーモスには勝てなかったとかなんとか……全部実際に見たわけでも経験者から話を聞いたわけでもない。
「しかも……迷宮捜索人の話じゃ、中にいたのはレオガルド・ロゼらしい」
「まじかよ」
俺は戦士部の休憩スペースへタケルを座らせて、近くにあったキッチンでコーヒーを淹れた。まぁ、こんなことしてやる必要もないが、いいだろう。
「レオガルド・ロゼって、やばいやつだったよな? ソルト」
「あぁ、レオガルドの変異種っていうかメスの個体で卵を産卵した後で異常なまでの警戒心から全身の血が限界まで巡り姿がピンク色に染まった状態の個体だ。周りにいるモンスターだけでなく同じレオガルド種のオスを食い殺す。その返り血が多いほど、レオガルド・ロゼの体毛は赤く染まるってな」
戦い、力つきるまで攻撃し続けるそれは冒険者の間で恐れられるモンスターの一種である。そんな強さを持ちながらも人型ではないという狂気さも俺は少し好きだったりする。
「そのダンジョンでレオガルド・ロゼの討伐をって依頼を受けてさ。お前のおやっさんに言われたんだよ。気をつけろって」
あのクソ親父……。
「悪いけど俺は冒険者じゃねぇから依頼は受けらんねぇし、モンスター討伐目的じゃ入れねぇぞ」
「頼むっ! この通りだ! フィオーネちゃんやリアちゃんに付き合うみたいにこっそりついてきてくれないか?」
「嫌だね」
タケルは地面に這いつくばってゴツゴツと頭をぶつける。
こいつ、ついに頭おかしくなったか?
「ソルトォ」
「ちなみに、依頼書って持ってるか」
タケルは俺の質問を聞くと素早く立ち上がりポケットの中の依頼書を俺によこした。依頼主は「研究部」か。ヴァネッサめ。
なになに……「レオガルド・ロゼの凶暴さ異常性あり。要調査」か……。
「パーティーメンバーは」
「まだ決まってない。俺だけ」
確かに、タケルはあの事件以降あまり信用がない。まぁ、当然だ。鑑定士の株が上がり最近では俺の親父とリアのおかげもあってギルド内での地位がたかいからかタケルがしでかしたことが、彼の信用を大きく損なう結果となった。
多分、彼が異世界からきた異端児であることや俺たちに使えない技を使うことで嫉妬を買っているのもあるんだろうな。
「ララはお前を指名したのか?」
「そうだ。いつもはエスターさんなんだけど、今回は俺。多分、エスターさんが獣系の香りが苦手だからだと思うけど……」
あぁ……そうだ。
レオガルドといえば糞の匂いが強く、鑑定士殺しと呼ばれるモンスターだったっけ。俺も、実際には見たことがない。
あぁ……ダメだ、興味が湧いてきた。
「まぁ頑張れよ」
「ソルトぉぉ〜!」
タケルを置いて俺は戦士部を出た。
ぎゅっと拳を握って、自分に言い聞かせる。俺はもう冒険者じゃない。ただの農場のおっさんで、ただの食堂のおっさんで……。
——行きてぇ〜!
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