第245話 聖なる夜の前夜にて(2)
「おつかれ、ソルトさん」
流通部の執務室へよったのはもう夕飯時をすぎた頃だった。くろねこ亭は大繁盛、売り上げが多分やばいことになってる。
ギルドの中庭には大きな「くりすますつりー」なるものが飾り付けられている。魔法でキラキラと輝く星がたくさん飾られて、夜だと言うのにとても眩しい。
綺麗だなぁ……。
「よぉ、バカ息子」
俺が中庭でつりーを眺めながら一服しているとシューを抱えた親父がドカンと隣に座った。
今頃、リアたちはくろねこ亭で子供達にプレゼントを配りパーティーを開いているだろう。俺も参加することになっているが……まずは自分をねぎらおうと思ってこっそり一服していたというのに。
「んだよ」
「手伝ってくれてありがとうございます、鑑定士部部長様だろう?」
「へいへい」
「覚えているか、このツリーのこと」
「まぁ、生まれた時からあるからな」
親父は俺のタバコを勝手に消すとニヤリと笑う。
「このクリスマスってのはなぁ、お前の母ちゃんの世界の文化なんだってよ。なんでも、向こうの世界じゃ家族や恋人とゆっくり過ごしたり楽しんだりする素敵な2日間で、子供達はプレゼントを待ち望み、うまい飯を食う!」
そうか……
このくりすますってのに歴史がないのは俺の母親がこの世界に現れてから彼女が作った文化だったから……。
タケルも知ってんのかな。
「そっか……、お袋の」
「このツリーも、母ちゃんが最初は1人で作り始めたんだ。最初はバカな戦士がなんかやってるや、くらいに思ってたけど……気がついたら俺も手伝ってて、年々おっきくなってさ。お前が生まれる頃にはエンドランドの名物になりかけてた。今じゃ、この日にこれがあんのは当たり前で、みんな浮かれてる。お前の母ちゃんが見たら喜ぶだろうなぁ」
親父はタバコに火をつける。
「きっと、向こうの世界に帰って元気にしてんだろうなぁ」
きっと母親は死んだ。
でも、異世界の人間であるからこそたとえ死んだとしてもどこかで生きていると希望が持てるんだろう。
親父のような頭のいい男だって……こうして愛する者がいるとバカになる。弱くなってしまう。
「にゃ……ソルト。さっさとくろねこ亭に戻るにゃ」
シューは親父の膝から飛び降りると長い尻尾をピンと立てた。
***
「ソルトお兄ちゃん! いつもありがとう!」
と感動的な子供達の掛け声に俺が感動する暇もなくフィオーネの「ヌォォォォ」という雄叫び。顔面にべっとりと投げつけられたクリーム。
力が強すぎる!
鼻の奥まで入ったクリームにむせていると子供達がケラケラと笑い出した。
「今日は無礼講よぉ!」
と言ったのはララだった。だいぶ飲んでやがる。そしてお前が一番怒るだろ?
「さっ、みんなで食べるおっきなケーキよ〜!」
俺たちはゾーイお手製の特大ケーキを子供達にとりわけ、大人たちには労いの酒を、厨房陣もキッチンドランカーが許された。
うまい飯にうまい酒、笑い声が響く店内は俺の母親が望んだ「くりすます」なんだろう。
「ソルト、楽しいかにゃ?」
「あぁ、楽しい」
シューがにゃははと笑った。
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