第244話 聖なる夜の前夜にて(1)

 禁術を使ったのが誰であるかというのがわからないまま、エンドランドには華やかなムードが漂っていた。

 いつからかは知らないが「くりすます」なるものが近づいているらしい。数十年前に突如として始まったこの「くりすます」には前夜祭が存在する。

 なんでも、前夜祭の方が豪華らしい。俺も、子供の頃からこのくりすますの前夜祭が好きだった。


「ソルトさーん!」


 リアが大量のパウンドケーキを抱えてやってくると鼻の頭にクリームをつけたまま間抜け面で俺を見上げた。


「もちろん、くろねこ亭でもやりますよね! くりすます前夜祭イブ!」


 前夜祭といえば豪華なご馳走をみんなで食べる。子供たちにはたくさんのプレゼントが配られ、恋人たちは愛を誓い合う。

 まぁなんでこんな風習が急にできたのか俺にはわからないが……。

 うちの奴らは死ぬほど楽しみにしているようだった。特にくろねこ亭やうちで働く子供達はずっと親がおらず貧しい暮らしを強いられていてくりすますなんてものは無縁だったのに、居場所ができたおかげで彼らにとって初めてのくりすますがやってくるのだから。


「そうだな、俺のおごりで子供たちにプレゼント買ってやらねぇと。それに……多分、デリバリーの予約やばいだろ」


 リアは「うんうん」と頷いた。

 今夜の前夜祭、ギルドだけじゃあなくいろんな得意先がうちの料理を注文しているのだ。

 だから、俺だけじゃなくリアやゾーイ、おっさんに俺の親父まで厨房にこもりっきりだし、ナディアやソラ、ハク、フィオーネやフウタは町中に料理を届けるため走り回っている。


「子供達のプレゼントどうする?」


「一応、勉強セットにしようと思ってる。小さいのはお絵かきできるし、大きいのは勉強に使える。働かせるだけじゃなくちゃんと将来のために勉強してほしいからさ」


 リアは「ふーん」と言いながらも「そうしましょう」と肯定してくれる。


「手配は私に任せて」


 心強いのはクシナダだ。彼女はテラコヤをやるとずっと言っているだけあって子供たちとの接点が多い。世話好きで、俺らの仲間内で初めて卵から孵った仲間。赤ん坊から大人まで俺たちと一緒に育ってきた。


「うふふ〜、ソルトのお財布〜」


「クシナダ、無駄遣いするなよ」


「はーい」


 あぁ……ぜったいするぞ。こいつは。

 クシナダはスキップしながらくろねこ亭を出ていく。


「おぉいバカ息子さっさと手伝いやがれ!」


 親父の怒鳴り声、俺はリアに「頼む」と残して厨房へ戻る。カンカンになったオーブンから大鳥の丸焼きを取り出して粗熱を取る。パリッパリの皮からスパイスの香り、可愛らしくリボンをあしらってテイクアウト用の箱に詰める。

 

「ウツタ〜、ユキ〜、あいすけーきの発注入ったからよろしく〜」


 ゾーイが大きな牛乳樽をウツタに渡すと厨房にチーズを投げてよこした。


「やばいやばい〜全然追いつかないっ。ソルト、サングリエの方もあっぷあっぷだから手が空いてる子連れてくわよ」


 ゾーイは何人か子供達を指名して果樹園の方へと連れて行く。

 

「ソルトお兄ちゃん、収穫終わったよ」


 サクラと子供達は野菜やフルーツの収穫を終えたらしい。


「翡翠と一緒に水で綺麗にしたら厨房に持ってきてくれ。つまみ食いするなよ」


 サクラは「しないよ」と微笑むと俺の口の中に飴苺を突っ込んだ。甘酸っぱい風味が広がって、サクラのいたずらな笑顔を俺は心底愛おしいと思う。


「ったく、1人1個までな」


 わーいっ! と子供達の歓声がする。

 

「くりすますは飲食店の稼ぎ時だからな」


 親父はニヤリと笑う。


「そうなのかよ」


「そうさ、お前の母ちゃんの口癖さ。そんで、なんだっけな? 大切な子と過ごすってのがイカした男の過ごし方だってなぁ? お前もそろそろお嫁さん決めるんだロォ?」


 あー、出た出た。


「へいへい、親父。パイの下準備しといてくれよ。ララとエスターから注文があって不味かったらぶっ飛ばすってよ」


 そうだ。ミーナには激辛リュウカ風ラーメン頼まれてるんだっけ。んで、ネルはローム風ピッツァ。 ギルドのほとんどもくりすます前夜祭ために休暇を取っているが幹部陣はこの前の事件もあってこもりっきりだ。

 エリーはくろねこ亭の受付をとんでもない要領でこなしている。


「ソルトさん、受付課のみんなにケーキ。いけそう?」


 噂をすればエリー。

 そうか、フーリンやシャーリャたちは一応働いているんだった。こんな中でもダンジョンに入りたいダンジョンジャンキーは多いから。


「あいよ、ギルドに配達いくときついでに持ってくよ」


「ありがとう」


「保安部からとんでもない量の注文入ったわよ〜!」


 大量のワインを抱えたサングリエの言葉。俺たち厨房チームは悲鳴をあげながら肉花草を取りに農場へと走った。

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