第241話 黒魔術とサキュバス(2)

 ゾーイたちに保安部への差し入れをお願いした後に俺とシューはロームへと向かった。久々……じゃなくてさっきぶりのロームではあったが、まぁ大丈夫だろう。

 ポートを出てすぐに、俺はグレースに会えないかと兵士に交渉をし、しばらく待たされた後新しい城へ通された。


「ソルトは本当に人たらしにゃ」


「へいへい」


 グレースは玉座の間でゆったりとしていた。俺を見つけるとにっこりと微笑んで手招きをする。

 あまりの美しさに俺は惚れそうになるが、ぐっとこらえて頭の中を無にする。


「グレース様」


「相談事ね」


「ええ、ですが……少し残酷な光景をみました。あなたに見せたくありません。ですから心を読まないで」


 俺に近寄るとグレースは俺の手を取り、そっと頰にキスをした。


「大丈夫よ、あなたの痛みは私が受け取ってあげるわ。ソルト、協力させて」


 俺は小さく息を吐いてから、あの屋敷での光景を思い浮かべた。死んだサキュバス、血で描かれた魔法陣。天井に磔にされた……。

 俺はそれを知りたい。なんのためにあんな魔法陣が存在し、サキュバスが生贄になったのか。


「あぁ……」


 グレースは辛そうに唇を噛んだ。俺は彼女の表情をみて思考を止める。


「みたことのない魔法陣だわ。でも……何かよくないことに使っているのは確かね。そうだ、うちの研究員を集めて調べさせましょう。歴戦のエルフたちよ。きっと何かを知っているはず」


 グレースはもう一度頰にキスをすると俺から離れて王座へと戻っていく。


「聞いたわね、研究員たちを集めて。ソルト、そのメモ帳を渡して研究員たちに状況を説明して。そうね、今日はここに泊まるといいわ。もう遅い。部屋を用意させましょう」


 俺はあの魔法陣を書き取ったメモを兵士に渡すと城のゲストルームへと通された。ロームの田畑で取れた新鮮な野菜を振舞われて、暖かいベッドで休むことになった。


***


「ほぉ。むかーし、むかーしに見たことがあるような? ないような」


 研究員ってのはエルフの婆さんだった。名前は教えてもらえない。


「ばあちゃんとお呼び」


 なんて可愛く頼まれたら仕方がない。シューなんて「膝を温めておくれ」と言われて半強制的に彼女の膝の上で丸くなっている。


「昔って?」


「そうじゃなぁ……お主が生まれるうーーーーんとまえじゃな。ほっほっほっ」


 婆さんは埃だらけの本をめくりながら笑った。エルフってのは人間よりも遥かに長い時間を生きる。あのグレースやプリテラですら何百歳という年齢だ。つまり、俺の目の前にいる婆さんはとんでもない時間を生きているわけで……。

 

「犯人はなんの目的で……」


「焦るでない。状況を整理しなされ、若人よ」


 婆さんはメガネをくいっとあげて膝の上のシューを撫でた。深い緑茶の香りがして、俺は少しだけ冷静になる。

 

「あの屋敷に住む貴族の一家が消えました。残っていたのはこの魔法陣と生け贄だけ」


「ほぅ……つまり、この魔法陣はなんのために使われたと予測できる?」


「わかんないっす。特にサキュバスが死んだこと以外に問題はなくて。多分、貴族が何か怪しい魔法を使った……とか?」


 婆さんはゆっくりと首を横に振り


「貴族の一家が加害者だとなぜわかるのじゃ?」


 婆さんはニヤリと悪い笑顔を浮かべる。答えを知ってやがるな。


「貴族の一家も……被害者ってことですか」


 婆さんは優しく頷くと古びた本をばさりと開いて俺によく見えるように向きを変えてくれた。エルフ文字で書かれた本の真ん中には俺が書き写した魔法陣にそっくりな魔法陣が描かれている。その隣には魔物と思われる生き物が磔にされている絵もあった。


「これは……命を吸い取る黒魔術じゃ」


 婆さんの膝の上に乗っていたシューが驚いて飛び退いた。毛を逆立てて、俺の膝に飛び乗るとブルブルと震える。


「シュー?」


「まずいやつにゃ。ソルト、さっさと犯人を見つけないと……」


「どういうことだ?」


 婆さんの表情からは笑顔が消えていた。俺だけが詳細を知らない。


「何者かが……禁断の魔術を使う準備をしておるということじゃ、若人よ」


 命を吸い取る黒魔術で準備……?

 つまり、サキュバスの血を使ってかいた魔法陣と生け贄で貴族の一家の命を丸ごと吸い取ってこの世から消し去ったってことか?

 目的は……?」


「命を与え、命を返せよ」


 婆さんは静かに言った。


「この世界から失われた命を呼び戻す、いにしえの禁術じゃ」


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