第240話 黒魔術とサキュバス(1)


「おや、久しいねぇ」


「この前ぶりじゃないっすか」


 ベニはしゃなりと体を揺らすと上品に笑った。ただ、目の奥は悲しみで満ちているのかいつもの爆発的な色気は漂っていない。

 死んだのは彼女の店で働くサキュバスの子でとても明るく将来性のある子だったそうだ。

 花街では厳戒態勢が敷かれていてそこら中に保安部の人間が歩き回り警備に当たっている。俺の農場を手伝ってくれている引退した戦士たちも手伝いにきてくれているようだった。


「ソルトさんのお友達たちのおかげで心強いの」


 ベニはそう言ったが、ぶっちゃけベニが一番強いだろうと俺は思う。性別関係なく魅了する色魔女の能力は並大抵の生物でも跳ね返すことはできない。

 ヴァネッサじゃないが色々と研究してみたくなる。例えば、洗脳状態の人間に色気の魔術は効くのか……とかな。


「えっと、亡くなった子はどんな子でしたか?」


「名前は……そう。ネール。まだ幼いサキュバスで、そうね。つい半月前に仕事につき始めたところだったわ。その日はあの貴族の家へ出張へ行ったかしら。初めてのお客だと喜んでいたわ」


 若いサキュバスか。


「ありがとう、ベニさん」


「ソルト、現場に行くにゃ。多分ここで話を聞いてもなにもわからないにゃ」


「あぁ……そうだな」


 手をふるベニに微笑んでから俺はサキュバス……いやネールの死体が見つかった貴族の屋敷へ向かうことにした。


***


 門をくぐってからだいぶ歩いた。噴水には豪華な彫刻がいくつかあったりして格の違いを見せつけられる感じがした。

 以前、フィオーネの実家に行ったことがあるがあれが「成金」と呼ばれている理由がよくわかる。

 今回俺が着ているこの上流階級は産まれながらの貴族だ。まぁ、王族の超遠縁らしい。産まれただけで上流階級の暮らしが一生約束される……。

 だからかはわからないがめちゃめちゃ上品だ。博物館か何かのような上品で飾りっ気のない大きな屋敷。


「よぉ、お疲れさん」


「おぉ、お疲れ」


 俺に挨拶して着たのは保安部の男だ。名前は知らないがよくくろねこ亭にランチを買いに来る。彼女が欲しいとほざいていたが最近結婚したらしい。


「中、お前さんが来るまで現場保存しとけって命令だ。悲惨だぞ」


「おぅ、遅れてすまん」


「いいよ、気にすんな。あ、でも今度新作ピッツアおごりな」


「はいはい」


「図々しいやつにゃ」


 シューがフーッと男を威嚇すると、男はへらへらと笑って見せた。ギルドが嫌いだった俺とは思えないが最近じゃこんな感じの顔見知りも増えた。

 

「ソルト、やばそうにゃ」


「どうした?」


「お屋敷の中にシューは入りたくないにゃ。嫌な呪術の気配がプンプンにゃ」


 俺はシューを地面に下ろすとそっと中をのぞいた。

 

「うっ!」


 胃の内容物がこみ上げてくるんじゃないかと思うくらいの刺激臭に俺は口と鼻を袖で覆った。それでも強い腐臭が俺たちを襲った。


「ソルト、魔法はいるかにゃ?」


「いや、嗅覚が鈍るのは困る。大丈夫、ありがとうな」


 屋敷のエントランスの床には大きな魔法陣が描かれている。俺は魔術を少し使えるが……みたことがない柄だ。ただ、やばいやつだってのはなんとなくわかる。


「この血……はサキュバスのものか。少しだけ、人間のも混じってる」


 ポタポタと血が滴っているのが目に入り、俺は天井を見上げた。


「あぁ……あそこが」


 天井には6つの穴とべっとりとついた赤黒い血。両手を広げるようにして天井に磔になっていたようだった。

 2階まで吹き抜けの天井に磔か。犯人は少なからず魔術師であり2人以上になるってことだ。いや、風の魔法を使えばできないこともない……か。


「シュー」


「ソルト、もしかしたらこれは……ロームの女王様なら知っているかもしれないにゃ。書き取っておくにゃ」


 確かに、グレースは俺たちよりもはるかに長い時間を生きている。もしかしたら知っているかも……?

 

「協力をお願いしてみるか」


「その前に、この貴族が何をしている人間か調べるにゃ」


 俺の合図を待っていた保安部たちは一斉に現場検証を始める。


「おい、昼飯はこっちで用意させる。待たせて悪かった」


 俺は保安部の現場監督に声をかけ、先に花街に寄ったことを謝罪した。今日はゾーイが非番だったはず。あいつならうまくやってくれるだろう。

 

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