第238話 古書店にて(1)

 古書店でサングリエがコーヒーを淹れてくれている。香ばしさが俺の鼻腔を刺激する。古臭い本の香りといい感じに混ざってあんなにランチを食ったのに腹がぐうとなった。


「うーん、これでもないな」


 あの金色の光の正体。

 むず痒いのは思い出せそうで思い出せないからだ。


「はい、おまたせ」


「サンキュー」


 俺のコーヒーには生クリームが浮かんでいる。サングリエ特製のウインナコーヒーはくろねこ亭の裏メニュー。

 うちの牧場で取れた新鮮なミルクで作る生クリームは香り高くコーヒーに負けない。お腹にも優しい。


「サングリエ、覚えてないか? 俺の母ちゃんが話してた……お空の金色の話さ」


 サングリエと俺、他にも近所の子供が何人かいて……、異世界からやってきた俺の母親は人気だった。

 底抜けに明るくて、いつでも笑顔。ここでは珍しい極東風の顔立ちも人気の理由の一つだったっけ。

 異世界の物語、俺たちの国に伝わる絵本、たくさんの話を俺たちにしてくれたっけ。

 確か、その中に「お空の金色」という話があったことを俺はうっすらと覚えていたのだ。


「お空に浮かぶ虹の根元には大きな大きな鳥さんが眠っていました」


 サングリエは目を閉じながら話した。


「鳥さんは千年に一度目を覚ますとお空を飛びます」


「鳥さんの通った後には大きな虹が見え、ひとびとは笑い、歌い、踊りました」


 鳥……か。


「そんな話だったよなぁ」


「そうそう、ソルトのママさんこの話結構すきじゃなかった?」


 サングリエはコーヒーのおかわりを淹れながら「好きだったなぁ」と言った。俺も、あまりよく覚えちゃいないけどいい母親だったんだと思う。

 底抜けに明るくて、いつも笑顔で。


「じゃあ、あの光は鳥だったのか」


 いや、あんな巨大な生物がダンジョンの外に出てるって大問題じゃないか?

 とはいえ、リュウカの龍なんかはもっと巨大だったが普通にダンジョンの外に住んでいる前提だったしな?

 

「でも、お話的にはいい生き物っぽいし。ラッキーだったかもね? 私たち」


 サングリエがそういうならそうか。

 俺はトラブルに巻き込まれすぎて、俺の周りで起きることに関して敏感になりすぎていたのかもしれない。幸運の象徴……か。

 俺にもいい運が巡ってきたのかもな?


「そうだなぁ……そうかもなぁ」


「何よ、そんな顔して」


「グレースたちとちょっと揉めたろ」


 サングリエと俺は顔を見合わせて笑う。女王様と取り合いっこなんて光栄だわ。と冗談を言って、サングリエはコーヒーを飲み干した。


——カランカラン


 古書店の扉が開いた音がした。古いベルの音は風情がある。じゃなくて客は誰だ。クローズって書いてあったろ。


「ソルトっ!」


 聞き慣れた声はクシナダだ。

 息を切らし、なんだか汗まみれで慌てている。


——あー、嫌な予感。


「たっ……大変なのっ」


 クシナダは俺とサングリエに対して知っていることを超早口で話し出した。あまりにもやばそうなその話を聞いて俺とサングリエのさっきの会話が超特大フラグであったことを笑うしかなくなった。


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