第236話 幼馴染とのデートがうまくいくはずがない(1)

 ロームに着くなり俺はエルフたちの歓迎を受けた。エスメラルダのことがあってからロームに足を運ぶことはなかったが彼らと俺たち人間の信用関係はゆっくり、それでも確実に前に向かっていて安心した。


「綺麗なのね〜」


 サングリエと一緒に大きなブランケットを広げたのはロームの広大な農地が見渡せる丘の上だった。夜になるとエンドランドとは比にならないくらいの星が見える俺のお気に入りの場所だ。

 

「シューちゃんも連れてくればよかったのに」


 あぁ、デートなんだ。なんて答えるのがいいんだろう。


「今度な」


 サングリエの表情を見て俺は間違いだったと悟った。ほんと、女ってのはよくわかんないな。欲しい答えがあるくせにわざと言わない。試すようなことをしやがって。

 戦士くらいはっきりしてた方がいいのかも……。いやいや何考えてんだ俺。


「さっ、くろねこ亭の特製ランチボックス。楽しみにしてたんだから」


 サングリエはランチボックスを広げるとサンドイッチを取り出してパクリと口に含んだ。今日は極東風てりやき鳥とふわふわ卵のサンド。付け合わせはエンドランド伝統のさっぱり瓜のピクルス。

 このさっぱり瓜はうちの畑でとれたものだ。うまい。


「ソルト、成長したよね」


「え?」


「ほら、だってすごく自然に笑ってるからさ」


 サングリエの綺麗な瞳が俺を捉えた。こいつこんなに綺麗だっけ? と心臓が高鳴るのがわかった。

 なにが? と彼女に聞き返す前にサングリエはうふふと笑う。


「ソルトはなりたい自分になれたんじゃないかなって思ってさ」


「なんだよ、それ」


「だって、みんなが頼りにしてる。私も、家に住んでる子達もみんな。それにギルドも、戦士部も。ソルトのおかげで変わってるんだよ」


 ありがとう。と聞こえたような気がした。

 サングリエのふわりとした女の子の香りがして、優しく抱きしめられて年甲斐もなく俺はドキドキした。周りの音が聞こえなくなって、目の前の彼女のことしか考えられなくなる。

 あー、やめてくれ。今日は俺がサングリエにいつもの礼を伝える日なのに。


「あのね、私……」


 サングリエは真っ赤になりながら上目遣いで見つめてきた。

 これは……


「ソルト〜!」


 遠くからふよふよと飛んできたのは可愛いドレスを身につけた小さなお姫様。プリテラ。そしてその後ろにはちょっと不機嫌なグレースがふわりと浮かんでいた。

 プリテラたちがふわりと俺たちの近くに降り立つとグレースが


「邪魔するわ。猪豚サングリエさん」


 と嫌味たっぷりに言った。

 やばいぞ、くそめんどくさいことになりそうだ。


 睨み合うグレースとサングリエ。それを楽しそうに見つめているプリテラ。そして、近くの水たまりからなぜか翡翠が顔を出していた。


「まぁ……まぁ、皆さんとりあえず昼飯でもどうっすか。翡翠、リアに【いい感じのランチ作れるセット】をよこせって頼んで持ってきてくれるか」


「あいあいさー!」


 翡翠はぽちゃんと水の中に消え、グレースが俺とサングリエの間に腰を下ろした。今日は美しい金髪にいつもの褐色の肌。瞳の色は黄金色だった。相変わらずの美しさだ。

 それに、きっと俺の心を読まないようにしているのだろう、視線が合わない。


「嬉しいわ、ソルト。ねぇ、どうして来るって教えてくれなかったの? もしかして……私以外に恋仲を作ろうって思ってるのかしら」


 グレースのめちゃくちゃな質問。

 サングリエの視線に圧がこもる。


——こりゃ……やばいぞ……


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