第234話 二日酔い(1)


「うぅ〜」


 女どもの唸り声が響く。くろねこ亭は阿鼻叫喚。というかみんな飲みすぎだろう。呆れ返ったシューは農場に戻って昼寝をするらしい。

 ったく、歩けねぇのかよ。

 俺はフラフラのララを支えながらエスターを担ぎ上げて戦士部へと足を進める。ララが「うっぷ」と言うたびに広がる酒臭さと嫌な匂い。

 こいつら姉妹はどちらが酒に強いかで競争をおっぱじめて仲良くぶっ倒れたのだ。


「私の勝ちだ……エスターめ。私が姉……うっぷ」


「おーい、戦士部長をどうにかしてくれ!」


 俺の掛け声に駆けつけた戦士たちは俺を強く睨みつける。俺はもうそんなことには慣れっこだから


「うちの店で仲良く酒を飲んだみたいなんだ。悪いが頼めるか」


 戦士たちはわたわたと動き出す。ララに肩をかして執務室まで運ぶ者、エスターを俺から受け取って担ぎ上げる者……。

 そして、香ってきたのは酒ではなく森の香り。


「今回もお手柄だな? ソルト」


「昨日はさっさと帰って正解だよ、ネル」


 ネルは「手術が詰まっていてな」と笑ってみせると青く浮かび上がったクマを撫でた。彼女の持っているトレーにはなんだか苦そうな香りを漂わせたお茶。


「戦士部長殿とエスターには今日も元気に働いてもらわないといけないのよ。サクラの調合したお茶。二日酔いに良く効く」


 じゃあな。と言い残すと戦士たちをゆっくりと追いかけていった。

 この場所に来るのは嫌いなはずだったのに。いつの間にか俺も随分成長したもんだ。

 戻ったらバカ共にサクラのお茶を飲ませて、そんで営業再開。牧場の管理、やることは死ぬほどある。大きな面倒事が片付いたんだ。しばらくはのんびりできるだろうな。


「歌……?」


 ワカちゃんのそれじゃない。透き通ったような美しいハリのある高い声だった。まるで「聞いた者を天国へ連れて行く」と伝えられる伝説の青歌鳥せいかちょう……昔タケルのバカが見つけてたっけ。

 俺はその歌声に導かれるように戦士部の中庭へと足を運ぶ。いや、違う。導かれていた。

 中庭には誰もいない。


 それでも聞こえ続ける歌。


「上……か」


 俺が空を見上げるとそこには大きな虹がかかっていた。

 いや……虹にしちゃおかしい。こんなまっすぐに虹がかかることなんてある……か?

 そして太陽のように眩しい何かが空をゆっくりと横切っていた。大きな金色に輝くそれはゆっくりと俺の視界から消えていく。


「鳥……? いや……あれはドラゴン……?」


 いや、ドラゴンなんてこんなとこにいちゃまずいんですけど???

 すぐに報告すべきなのに、俺の心はなぜか波一つ立たないような穏やかさだった。この暖かさに身を委ねて、眠ってしまいたくなるほどだ。

 なんだろう……この気持ちは。


「ソルトさん? もう、なにやってるんですかっ。こんなところで」


 バタバタと俺の心の中に入り込んできたのはミーナだった。あんなに飲んでいたくせにケロっとしているのは自分で調薬した酔い止めを飲んだんだろう。少しだけまだ顔が赤いのは酒の影響だろうか。


「くろねこ亭、後片付けが大変でゾーイとリアがてんてこまいなのよ。ほら」


 極東の御仁たちはどうやら家で休んでいるらしい。ナディアとクシナダはギルドの仕事へ、ウツタとユキもどうやら片付けに追われているようだった。

 翡翠とおっさんは温泉で眠ったままらしい。


「フィオーネがとにかく酷くて……まだ酔っているのよね」


「戦士って酔っぱらいなると面倒なんだな」


 ミーナはクスッと笑うと「そうね」といった。


「ミーナさん、さっきの聞いたっすか?」


「綺麗な歌? この国にも奏の天職を持つ人がいるのかもね」


「そうだ、ミーナさん。しばらく休みをもらってもいいっすか。俺、サングリエと一緒にいる時間を作りたくて」


 バタバタしていて忘れていたが、俺はサングリエと過ごす時間を作ると決めたんだった。サングリエがどうして俺を頼ってきたのか、それは幼馴染だからか、それとも迷宮捜索人の仕事に疲れたからか? 違う、サングリエは俺を頼って、俺と一緒に居たいと思ってくれているからだ。


「ふーん、妬けちゃうわ」


 風の音でよく聞こえないがミーナがそっぽを向いた。


「なんかいいましたか?」


「いいえ、お休みのことは考えてあげる。今はさっさと二日酔いの子達の世話をするわよ。ナディア!」


 ミーナが高い音のする笛を吹いた。

 とんでもない勢いで中庭に走りこんで来るナディア。狼の姿。今日も元気一杯。


「がうがう〜、ミーナさんなぁに?」


「ナディア、シャーリャにこれを届けておいて。今日のお休みリスト」


「がうがう〜」


 ミーナはポケットから小さなクッキーを出すとナディアの大きな口に咥えさせた。まるで餌付けだ。いや、餌付けか。


 俺はナディアのもふもふのおでこを撫でる。ナディアは耳を平らにして尻尾をブンブンとふった。


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