第231話 うみへび(2)


「すげぇ!」


 ベヒーモスのダンジョンは以前俺たちが入った時と違って……まるで天国のようだった。ロームのエルフたちが住んでいてもおかしくないくらい煌びやかで、ダンジョンだとは思えないような雰囲気だった。


「ソルト! いい匂いがするにゃ」


蜜木ハニーツリーの苗木だ。一つもらっていこう。おっ、こっちは糖花シュガーフルーツがある。こりゃ……毎日通いたいくらいの作物の量だ」


 甘いものから香辛料まで様々な植物が生え、実っている。小川には澄んだ水が流れ、魚たちが優雅に泳いでいる。

 草食動物たちは俺たちから逃げもせず草を食べ、小鳥が鳴いている。


「これが……ベヒーモスの恩恵か」


 フウタが地面に寝転んで笑い声をあげた。


「なぁにいちゃん、俺たち頑張ってよかったなぁ〜。今度はサクラも連れてこよっと」


 女子会か、お姉さん方のリクエストは多分太りにくいやつで、若いやつらのリクエストはスイーツ。あぁ、もうめんどくさい。


「ソルト、シューはおさかな食べるにゃ」


「ほいほい、フウタ。シューの魚釣り手伝ってやってくれ。俺は採集してっからさ」


「あいよ」


 図鑑でしか見たことのない植物、S級のダンジョンでしか見たことのないもの、ほんとずっとここで暮らしたいくらいだ。

 あぁ……これは「黄金羽虫」だ。超希少な無視で黄金を産み続けると言われている。多分ヴァネッサに持ち帰ったらよだれ垂らして喜ぶだろうが……

 俺はそっと黄金羽虫を木の上に戻した。

 おっ……この木に生える黄色い葉は煮込み料理に入れるといい風味が出るんだったな。


「キュウキュウ」


 ん?

 足元に擦り寄るのは小さなウサギ。俺の手の中にあるベリーの香りに誘われたんだろう。


「ほらよ」


 ベリーを分けてやればウサギはそれを加えて走り出した。

 

「いつからそんなに優しくなったのやら」


 しゃがれた声の主は俺の目の前に突然現れ、さっき逃げ去ったはずのウサギの首根っこを掴んでいる。

 狐耳を生やした大変美しい女はまるで獲物を見るような目でウサギを眺めている。


「ヒミコさま……どうしてこちらに?」


「おや、きいておらんか。小童め」


 ヒミコはウサギを解放すると俺の隣に腰掛けて酒のはいった瓢箪を傾けた。


「ヘビーモスのいる階層とつながるルートを閉鎖しにきたのじゃ。あれは多くの恵みをもたらすが、と同時に大変な代償を払うことになる……とお前が解明したじゃろう? 我々極東やローム、リュウカ……そしてこのエンドランドはベヒーモスへ何人たりとも近づけんようにすることにしたのじゃ」


 まぁそれが妥当か。

 ベヒーモスは体の中で相手の攻撃を強化して反撃する。つまりは毒なんかがベヒーモスを通して強化されてしまうと……そう、例えば洗脳薬とか。


「大義であった。そうじゃな、うちのワカヒメとの婚約を認めてやろう。それと、海の友人は大事にするんじゃぞ」


「いやいやいやいや……何言ってんすか」


 ヒミコはいたずらに笑うとすっと消えるように……というか消えた。


——海の友人……?


「にいちゃん! 魚いっぱいとれたぞ!」


「ソルト! さっさと帰って準備するにゃ。シューはお腹がすいたにゃ!」


「へいへい」


 大量の採集を終えて、ヒーヒー喚くフウタを支えながら俺たちはくろねこ亭へと戻ることにした。

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