第230話 うみへび(1)
「あくありうむ……ってのはそのなんだ」
俺の執務室にいる大男は俺たちでは考えつかないようなカラフルなシャツを身につけ、鮮やかなイエローの長い髪はサラサラと揺れている。
「おとうさんだよ!」
彼の周りを走り回るのは翡翠だ。まぁ、昨日までの事件で忘れていたがそういえばリゾートダンジョンでお願いがあるとか言っていたような??
「わし、陸の世界に興味があるんじゃて。じゃが……やっぱり寝る場所は水の中がよくての? のぉ翡翠」
翡翠がにこにこと微笑む。
でもこいつら水の中なら好きにワープできるじゃねぇか。
「で、あんた人魚っすか?」
「まぁ、人魚のそうじゃな。まぁ人魚っちゃあ人魚じゃ」
シューは呆れてため息をついた。ミーナの膝の上に飛び乗ると丸くなって寝息を立て始めた。
そうだ、こんな親父に構ってる暇はなくて……ワカちゃんが極東から訪ねてくるんだった。なんでもリアを元気付けるための「女子会」をやりたいから料理を手伝って欲しい。という矛盾しまくった依頼だったが……それを口実にベヒーモスのダンジョンに入ろうと思う。
「翡翠、グレースのところに連れて行ってみろ。多分、詳しいだろ」
よくわからないが、多分グレースならなんとかしてくれるだろ。あくありうむってのがなんだか俺にはわからないがグレースの水浴び場は恐ろしく綺麗だったし……それに翡翠はしばしば彼女と会っているようだったし。
俺もたまには挨拶しないとな……。
「冷たいのぉ……むぅ」
じじいに「むぅ」なんて言われても何も感じない。やめてほしい。
キラキラの瞳を向けてくる翡翠の父。あれ、こいつ名前はなんだっけ?
「ほら〜、ぐれちゃんとこ行くよ〜ついてきて〜」
「あんた名前は?」
翡翠がぐるぐると執務室の流し台にたまった水の中に飛び込んだ。そして、イエローの髪の大男は振り返ると
「海竜じゃ」
とにっこり笑ってピースするとざぶんと飛び込んだ。
「ねぇ、ソルト。いま海竜って言った?」
「言ったっすね」
ミーナが笑顔を強張らせる。
「海竜ってあの……あの海竜よね?」
「た、多分」
海竜ってのは、海の王者と呼ばれる超有名なダンジョンボスだ。
いや、ってかダンジョンを開けてていいのか……??
「ダンジョンボスがダンジョンから出入りするなんてダンジョンの性質上無理じゃないっすか? きっとホラ吹きウミヘビじゃねぇかと思います」
俺の話を聞いてミーナは胸をなでおろすように息を吐いた。
「そうよね、まだ誰も目にしたことがないと言われている海竜がまさかあんなへんてこりんな大男で? 私たちの可愛い翡翠のお父さんなんてありえないわよね」
「そ、そうっすね」
ミーナと目があう。
綺麗な赤い瞳が何度か泳いでいつもより赤い頰がなんだか色っぽい。
「ちょっと調べてみようかしら……。ねぇ、万が一のことも考えるべきよね? ほら、ヴァネッサのところに行ってくるわ!」
大きな胸がぐわんと揺れるほど勢いよく立ち上がってミーナは小走りで執務室を出て行った。
——やっかい事の予感……。
***
「ふふふっ、ソルトさん。いってらっしゃい」
「にゃ〜、さっさと済ませるにゃ」
「なんで男だからって俺たちが〜」
フウタが肩を下げた。
「仕方ないだろ、今日は女性をもてなす会なんだから」
「私もついてったげよっか?」
サングリエが俺のベルトを直しながら笑ったが、ワカちゃんが頰を膨らませて反論する。
「ダメですよっ……それに、ち近いです」
サングリエはワカちゃんに引っ張られて俺から離れると苦笑いをして「頑張ってね」と言った。シューは俺の方にひょいと乗っかるとあくびをする。
「フウタ、荷物持ちたのむぞ」
「へいへい」
「後でうまいもん食っていいからさ」
俺たちはベヒーモスのダンジョンへと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます