第229話 犯人探し(2)


 ララ・デュボワに恨みをもつ奴らなんてごまんといる。

 だが、俺の隣で泣いているリアは「私のせいだ」とつぶやいた。泣きじゃくる彼女は肩を震わせて俺の手を握った。

 怖いのだろう、手に力が入っている。水仕事のせいでボロボロの手。


——ザンッ


 俺たちの目の前でララの剣が振り下ろされた。


 悲鳴もなく、静かに犯人の首が地に落ちた。目を伏せたリアは俺の胸に顔を寄せるようにして泣いていた。ララは冷たい眼差しで動かなくなった犯人を見つめ、小さく剣を振るい血を落とすとため息をついた。


「私も……悪かったと思っているわ」


 聞こえもしない相手にララは謝罪の言葉を口にした。

 それから、高慢な彼女には考えられないような儚い表情でしばらく犯人の死体を見つめた後、


「手厚く葬ってやれ」


 と部下に言いつけた。


*** 数時間前 ***


「おい、本当にこいつが犯人なのか?」


 数多くいるスタッフの中でリアが指差したのは全く、目立たない鑑定士だった。聞いたこともない名前で、顔すら思い浮かばない。


「根拠は」


「ララさんに恨みがあります」


「そんなの根拠にならないだろう」


 リアは足を止めると今にも泣き出しそうな顔で振り返った。


「私が……いけないんです」


 リアは先日鑑定士の昇級試験を受験した。その時の最終審査官がララとネルだった。最終試験は審査員を唸らせる料理を作るという簡単なものだ。料理を作るというのは言ってみれば誰にでもできるが、この試験では「鑑定士として料理を作る」という要素が求められる。

 例えば、審査官の好みや特徴、現在の状況や悩みなんかを調査してそれを解決できるような料理を提供する。それを論理的に説明し、最大のパフォーマンスを見せることが求められるのだ。


「マールは私とともに最終審査に残った鑑定士でした。けど、彼女は極東の料理をララさんに出してひどい屈辱を受けたんです」


 泣いてしまったマールを見たリアは「わざと」ララの苦手な辛い食材を混入させてララに恥をかかせたそうだ。

 

「鑑定士だって戦士に痛い目みさせられるんだから」


 リアが得意げにそう言った時、マールはやっと泣き止んで微笑んだそうだ。


「だからって殺そうって思うか?」


 リアは唇をかんだ。そして小さな声で言った。


「マールの……親友だった鑑定士の子が亡くなったんです。パーティーの戦士が鑑定士と回復術師どちらかしか助けられない状況で回復術師を選んだから。もちろん、誰がわるいとか……パーティーが存続するためには仕方なかったのかもしれません。でも……それ以来、彼女は戦士を憎むようになりました。やり返してもいい、親友の代わりに同じことをやり返せばいい。そう思わせてしまったのは私だから……」


 リアの目を見て、俺とそれからネル、仮眠から起きたミーナは自白剤の使用を許可した。



 それからはマールが全てを自白した。

 あの時、親友の鑑定士の命が見捨てられたのは鑑定士を軽んじるララの方針のせいだと。だから、ララを殺すことでやり返そうと思った。

 そんな供述をするとマールは「失敗して悲しい」と口にした。

 

「その毒はどこで」


「あぁ……それは言えないの」


——自白剤を飲ませてるんだぞ?


「アハッッ……アハハハハッ!!!」


 狂ったように笑うとマールはまるで狂人のように笑い続け、過呼吸のようになると意識を失った。


「呪術……にゃ」


「奴らは私たちが自白剤を使うことを予測して何かにトリガーをしかけてたにゃ……ヴァネッサ調べるにゃ」


 シューが毛を逆立てて嫌な顔をした。

 

「ララ、幹部の暗殺未遂は死罪に値する。だが、彼女はもう元には戻れないだろう。決定権はお前に委ねることになるだろう」


 ネルがマールの瞳孔を確認しながら言った。


「哀れな女ね……。これ以上恥を晒さないように私自ら葬ろう」


 ララは静かに言うとその場を立ち去って行った。


「ごめんね、マール」


 リアはもう何もわからなくなってしまったマールに向かって言うとポロポロと涙をこぼした。マールは過呼吸を起こしながらもまだ笑い続け、楽しそうにリアの顔を眺めている。


「リア、行こう」


 俺は半分無理やりリアの腕を引くと部屋を出た。リアは「仲が良かったんです」「すごくいい子だったんです」と俺に言った。俺はただ頷いて彼女の言葉を聞く。リアは、一通りマールを褒めた後立ち止まった。


「私、ずっとどうしてソルトさんはやり返さないんだろうって思ってたんです。ソルトさんは我慢ばかりして、馬鹿みたいだって。今ではいろんな人が助けてくれて、悪いやつはちゃんと国が成敗してくれてるけど……でも差別や嫌がらせにやり返さないの変だなって」


 まぁ、言いたいことは色々あるけど俺は黙って聞く。


「他人が自分のせいで苦しむことって……本当に気分が悪かったです。すっきりもしなかったです。そいつが嫌な奴だとしても……私……ララのこと痛めつけたけど……嫌な奴って思ってたけど実際は違った。みんなを助けてくれた」


 俺たちがベヒーモスと戦っている時、リアがソラたちの救援を聞きつけてララに直談判したところほとんどの幹部が反対した。それを押し切ってララはたった一人でダンジョンへ向かったそうだ。

 

「高飛車で、馬鹿戦士だと先入観を持ってたのは私たちだったんです。知ろうともせずに……歩み寄ろうともせず……」


 まぁ、ララもそこそこひどい女だけどな。


「私が、マールにやり返していいんだって教えてしまった。鑑定士の方が……やりようによってはなんだってできてしまう、嫌な奴には痛い目を見せてもいいんだって教えてしまった」


「リア、それはお前のせいじゃない。遅かれ早かれやる奴はやる。それに、一番悪いのはあんな毒を作った奴らだろう? リア、こっちをみて」


 泣き顔のリアをじっと見つめる。オッドアイの瞳がキラキラと輝き、不謹慎だが美しいと思った。

 わがままな馬鹿女だったリアが随分立派に成長したもんだ。


「いいか、俺はやり返すのは嫌いだ。争わなくていいならどこへでも逃げる。でも、それが正しいとは限らない。これはきっと間違いでも正解でもない。常にリアが正しいと思ったやり方を選んでくれ。お前はいつだってきっと正しい道を選べる。俺の弟子なんだろ?」


 リアは少しだけ口角を上げてくれた。

 俺はぽんと彼女の両肩を叩くと「辛かったな」と目を伏せた。


「ソルト、そろそろだ」


「リア、辛かったら外で……」


「いえ、彼女の最期を見届けさせてください」


 ネルは何かを察したように瞬きをして優しくリアを部屋の中へと招き入れた。


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