第228話 犯人探し(1)


「で、わかんないっての?」


「ええ、私はララ様のワインを最終チェックで試飲したのよ」


 サングリエは少し痩せたものの顔色も良くすっかり元気になっていた。これもすべて迅速に解毒薬を調合したヴァネッサとミーナのおかげだが……。


「ふん、私の失脚を企むものなど。考えなくても想像はつくわ。エスターを連れて来なさい。自白剤を飲ませるわ」


 ララは貧乏ゆすりをしながら声をあげた。

 

「いや、エスターは犯人じゃないだろう」


 俺の言葉にララは強い眼差しを向けてくる。怖い。


「何……言ってみなさい」


 てっきり怒鳴りつけられるか無視されるかと思ったが、ララは少しだけ眉を動かして俺の言葉を待った。

 彼女が俺を認めた……とまでは言わないが話を聞くくらいは信用されたようだ。


「エスターならあんたを直接殺しにくるだろうと思って。毒なんて回りくどいやり方はあんた達戦士のやり方じゃない気がしたんだ」


 エスターは戦士の中でも貴重な騎士の血を持つものだ。戦士よりも頭がキレるし冷静な人間だが結局のところ本質は戦士。毒トラップなんかを使って相手を失脚させるような奴じゃない。


——俺の勝手な予想だが……エスターは腹違いの姉妹を殺そうなんて考えちゃいないんじゃないか。


「はははっ……エスターは腐っても戦士。そうだわ。こんな卑怯なやり方をするのはあんたたち鑑定士か、薬師でしょう。えっと、ソルトだったかしら。褒めてさしあげるわ。高貴な戦士が毒など使うはずかないだなんて。そうね、その褒美にこの件の犯人はあなたが探しなさい」


 高飛車に笑ったララはニヤリと口角をあげて意地悪な表情を作った。

 やっぱりこいつのことは好きになれそうにない。


***


 サングリエから話を聞いた後、その試飲会場にいた名簿やら状況やらを書き出して、それからいろいろな人間の話を聞いた。

 流通部の執務室の中は書類まみれになっている。俺も普段の仕事に加えて犯人探しに追われる羽目になって疲労困憊だった。


「ソルト、お疲れ様。少し仮眠をとって。安眠草のハーブティーを淹れたわ」


 エリーが静かに言った。ミーナは「私も欲しい」と視線で訴え、俺は「お先にどうぞ」と手のひらでエリーに合図した。


「ありがと、30分……30分だけ仮眠するわ」


 ミーナはボサボサのおさげを解いて、仮眠室のソファーに倒れこんだ。というのもベヒーモスの貴重な素材が大量に手に入っただけでなく、新しいベヒーモスが生まれてあのダンジョンから多くの作物が採集され流通部も大忙しなのだ。

 正直、俺もあのダンジョンに潜って新種の植物を漁りたい気分だ。ベヒーモスは豊穣の神だなんて言葉は迷信ではなく、奴のせいなる力はダンジョン内の植物に大きな影響を与える。

 個体が新しくなったんだ。きっといろんな変化があるだろう。

 

「失礼しまーす」


「リア、どうした」


「ほら、忙しくてなかなか話にこれなかったじゃないですかぁ。事件の話」


 リアは鑑定士部のエース的な立場だからかいろんなパーティーに出入りしており忙しいのだ。


「あぁ、サンキュー」


「目処は立ってます?」


「いや、洗脳されてたやつもいない。まぁ、例の二人組からベヒーモスの毒を買っただろうってのはわかってる」


 ベヒーモスの特性はまだ研究途中だが俺たちが目撃したやつは「攻撃を吸収して倍にして返してくる」ってことだ。

 つまり、その特性を利用してベヒーモスに強力な毒を吸収させ、強化した毒を手に入れたわけだ。


「それに、ララは嫌われやすいようであそこにいたスタッフほとんどによく思われていなかったよ」


 リアは苦笑いした。

 

「まぁ、気難しい人だけどいい人ですよ」


 リアの人懐っこさは本当に異常だ。あんなのとも仲良くなるとは……。


「名簿、見てくれるか」


 リアは俺から名簿を受け取ると目を通しながら小さく頷いた。リアはさっきまで輝かせていた瞳を曇らせるとゆっくり俺を見つめた。


「ソルトさん、この件私に任せてもらえませんか」


「どうして」


「犯人がわかりました」


「俺がララから任されてるんだ」


「でも私にやらせてください」


 リアは今にも泣き出しそうな顔で俺に言った。その顔……反則だろ。


「わかった、でも俺がサポートに入る。いいな、全部俺に共有しろ」


「じゃあ、さっそく」


 リアは俺のデスクの前に立つと名簿に書かれていたある名前を指差した。

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