第225話 失う(2)


「これも、これも違う」


 あれから俺は夜通し、ダンジョンに存在する毒物や劇物について調べ倒した。それでもサングリエと同じ症状になるものは見当たらなかった。

 ぶどう酒の成分と結合した時の毒物の変化を考えても……だ。ネルの話ではサングリエの命は1週間もつかもたないか。

 時間が過ぎる度に彼女の体は衰弱し、その機能が衰えていく。


「くそっ!」


 分厚い本が壁に当たって床へと落ちる。隣の机で居眠りをしていたミーナが、お茶を運んできたエリーが俺の行動にビクリと反応をする。


「すまない……」


「まさか……リュウカの万能薬も極東のアマテラス様の浄化も効かないなんて」


 ミーナが俺を慰めるように言ったが、俺の気持ちが落ち着くことはなかった。幼い頃から知っている……サングリエが死ぬ。そう考えただけで胃の中のものがこみ上げて、めまいがした。


——そんなの、嫌だ


 冷静になるべきなのに、いつものように俺なら解決できるはずだ。でも、冷静でいることがこんなにも難しいなんて思ってもみなかった。


「エスターがこんなことするなんて考えられないわ」


「ええ、きっと何かの間違いよ」


 あれから戦士部をはじめとしたギルドではエスターに疑惑の目が向けられた。エスターは戦士部長ララに決闘を申し込んだが、それが却下された。

 エスターとララは腹違いの姉妹であること、そしてエスターが戦士部を自分で辞任したことから認められなかった。

 エスターが過去に自分の父親を決闘で殺して戦士部長になった、負の歴史を繰り返してはならない。というのが女王ラクシャの方針だった。


「犯人なんてどうだっていい。今はサングリエを……」


 俺の言葉を遮るようにエリーは


「ソルトさん、犯人がわかれば使用した毒がわかる。そうすれば彼女を救う糸口が見える。でしょ? もう少し、冷静に……なってください」


 俺はそんな簡単なことも見えなくなってしまったのか。

 

「悪い……いや、その」


「大切な人が命の危機にある、当然だわ」


「ちょっと、外の空気を吸ってきます」


 俺はめまいを感じながら中庭のベンチに腰を下ろした。


 ララ・デュボワを狙った犯行であること。つまりは彼女が死んで得をする人物が犯人なわけだ。

 そして、現場はギルド内の試飲会。会場はギルドの広場だった。そして、サングリエが飲んだのはサングリエ自身が作ったワインだった。つまり、犯人はギルドの中にいる……ということだ。

 そして、そこに浮かんできたのがエスターというわけだ。


「よぉ、バカ息子」


「親父?」


「ったく、サングリエちゃんが苦しんでるのにこんなところで呑気に一服か?」


「ちげぇ……頭冷やしにきた」


「仲間だろ、彼女は」


「そうだけど……俺、サングリエなら大丈夫って他の奴らよりもその……」


「大切にしてなかったってか?」


 親父の答えに俺は小さく頷いた。

 リアやフィオーネ、魔物娘たちとは違って俺はサングリエと過ごす時間が少なくなっていた。サングリエは俺なんかよりも優秀だから、幼馴染で信頼できると思っているから。

 俺がもっと側にいたら?

 

「俺はもう見つけたぞ」


「何を」


「サングリエちゃんを救う方法だ」


「教えろ」


「俺はお前に教えたはずだ。大地の王者の話を」


 親父はそういうと立ち上がって俺の頭をぽんぽんと叩くと建物の中へと帰っていった。

 大地の王者ベヒーモス。太鼓の昔からとあるダンジョンに存在するボスモンスターだ。別名「聖獣」とも呼ばれている。

 ベヒーモスの抜け殻、それからベヒーモスの牙は超貴重アイテムで……


「それだ」


***


「ベヒーモスを討伐する? おい、正気か」


 俺の話を聞いたネルは呆れた顔で俺に言った。


「ベヒーモスの抜け殻か……もしなければ牙を折って持ってくる。かつて、この国の初代の王が原因不明の病に倒れた時、ベヒーモスの牙を使った解毒剤で息を吹き返した話がある。今は、それにすがるしかない」


「人数は最小限、最短でベヒーモスに近づいて牙を折り持ち帰る。誰も死なせない」


 俺の後ろに立っているフィオーネ、フウタ、クシナダだ。クシナダの罠でベヒーモスの動きを止め、フィオーネとフウタが牙を折る。俺がベヒーモスの目隠しをして……。


「ヒメとソラも同行するのじゃ」


 俺が止める前に、ヒメは


「サングリエはヒメの大事な友人じゃ。救えなかったあの一瞬を忘れるために、ヒメにも同行させてくれ」


「エスターは自白剤でも白状しなかった。今はさらに強いものを……」


 ヴァネッサは眉間にしわを寄せる。


「いや、エスターは犯人じゃない、直感だが……犯人は別にいる。おそらく、例の2人組から何らかの毒を買い、犯行に及んだ。エスターなら毒なんか使わずに斬り殺すはずだ」


 ミーナがかなり物騒な話をしているのに微笑んだ。


「いつものソルトさんに戻ったわね」


「でも、エスターには悪いが少しの間、罪をかぶっていてもらう。ヴァネッサ、加減はできるか?」


「もちろん、あぁ……エスターの体に触れるのぐふふふふ」


 ヴァネッサの恐ろしい笑みをその場にいる全員が無視して俺に視線を向ける。


「真犯人についてはリアたちに裏で動いてもらっている。お前たちはエスターで決まりだという雰囲気で動いていてほしい」


 みんなが頷いた。無論、エスターに何かあれば彼女たちが守ってくれるだろう。真犯人にとってもエスターに視線が向いている、それが好都合なのだ。


「フィオーネ、先にポートに行ってくれ。俺は、サングリエに会ってからいく」


***


 静かな病室でサングリエは眠っていた。枕元の魔法陣のおかげで彼女は息をしている。彼女の心臓は魔法によって動かされている。

 暖かい手は、連日のぶどう収穫のせいで傷だらけだ。


——回復術師のくせに


 いつもそうだ。

 サングリエは自分よりも他人を大切にする。彼女にとって天職だった回復術師、才能があるばかりに過酷な状況に立った彼女は多くの命をその手のひらの上からこぼし、絶望し冒険者をやめた。


「サングリエ……今度は俺が」


 幼い頃、鑑定士の天職だった俺に話しかけてくれた唯一の女子で、俺の憧れの女子で、大切な友人だ。


「必ず助けるから」


「死なないでくれ」


 彼女はピクリとも動かなかった。


「いってくる」


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