第223話 ユキとクララ(2)


「でも子供を連れていくのはちょっとねぇ」


 クララは苦笑いをしながらユキを眺める。ユキは不満そうに口を尖らせた。


「ユキ……子供じゃないもん」


「子供だろう」


「魔物に子供なんてないもん」


 いや、それはまぁ……そうなんでしょうけど。

 魔物は知性の成長が早い。あのダンジョンの中で生き残るためには必要なことであり、俺たち人間やエルフなんかとはそもそもの種族が違うわけだ。

 ナディアやクシナダのように本来であれば群を作ったり、人間と共生するような魔物はまた別かもしれないが……。


「そう、じゃあ簡単に殺したりできる?」


 クララが冷たい視線をユキに向けた。ヒヤリ、とした目つきは女性の怖さを俺に思い知らせる。


「うん」


「あなたのお友達と同じような魔物や……同族でも?」


 ユキはすぐに答えなかった。

 というか、ベソをかきはじめていた。まぁ、子供だからな。


「どうして、ころすの?」


 ユキの喉の奥から絞ったような質問に、誰も答えることはできなかった。俺もミーナも、そしてクララ本人もだ。

 ユキの瞳の奥は純粋で、おそらくこの質問に意図なんてなかったんだろう。純粋な疑問だ。


——なぜ、俺たちは殺すのか


 魔物たちは別に俺たちの領域に侵略して来ているわけではないし、食べ物だってダンジョンに入らなくても十分に手に入れられる。

 ダンジョンの中の生態系、主にダンジョンボスを倒して循環させなくても何の問題もないのだから俺たちがダンジョンに立ち入って魔物を殺す理由なんてほとんどないのだ。

 唯一あるとすれば、貴重な素材を魔物から奪うことでダンジョンの外の世界で金を稼ぐことだろうか?

 それとも強い魔物を倒したことで自分の名誉や強さを証明するためだろうか。


「わからないの?」


 俺の思考なんてまるで杞憂だったかのようにクララは笑顔になった。


「私たちは戦いたいからよ」


「戦いたい?」


 ユキの言葉にクララは頷いた。


「そう、強い魔物と戦って勝ちたい。ただそれだけよ」


——俺は鑑定士だからこの答えにたどり着けなかったんだ


 おそらくミーナは薬師だから。

 根っからの戦闘職である魔術師のクララは自分の魔術で強敵を倒すことが快感なのだろう。というか、それが冒険者たる彼女たちの生き様なのだ。


「あなたにはそれがない。だから、契約魔物にはなれないでしょうね」


 ユキはクララの話を聞いてさっきまでの勢いを失っていた。


「ユキは……殺したくない」


「そう、素敵な答えね」


 クララはやっと優しい顔になった。


「なら、クララちゃんは私がもらおうかしら」


 ミーナの言葉にユキが困惑する。


「ユキころしたくないよ〜」


「違うの違うの。私は薬師、薬剤の調合にね、少しだけユキちゃんの力を貸して欲しい時があるのよ」


「ダンジョンは?」


「それはソルトお兄ちゃんとね、将来的にはサクラがダンジョンへ採集にいくときについていけるくらいの強さになっていて欲しいけれど」


 俺は頷くしかない状態だったのでなんとなく頷いた。まぁ、雪魔女はすごく万能な能力を持っているし、ユキ一人いる分には何の問題もないだろう。

 

「ミーナさん、そもそもユキの天職ってなんでしょうか」


「そうねぇ、もう少し大きくなったらヴァネッサに調べてもらいましょう。ウツタは天職がなかったのよね」


 ユキはわかっているのかいないのか、何となくうまいこと丸まったので笑顔だった。一方でクララの方はウツタが来てくれなかったことに不満げだ。


***


「あったかいスープが一番ですねぇ」


 ウツタはホクホク顔でリアが作った星かぼちゃのスープを飲んでいる。夜になると星のように輝くこの星かぼちゃ。

 しっかりと下処理をした上でスープにするとこのかぼちゃ一つだけでまるでたくさんの野菜を煮出したように複雑で美味しい味になる。


「ねぇ、お母さん」


 ユキがトンと音を鳴らしてスープ皿をテーブルに置いた。


「どうしたの? ユキ」


「あのね、ユキ……に魔法のやり方を教えて欲しいの」


 ユキの提案にウツタは少しびっくりしたような顔でどうしてと聞いた。


「ミーナさんたちと話して……ユキは戦うことにしたの」


 おぉ……そんな話しましたっけ??

 俺は話がつかめずに食事する手を一旦止めて二人の会話を聞くことにした。


「ユキ? 戦いは怖いのよ」


「違うの……ユキはみんなの役にたちたい。ミーナさんやサクラちゃんがダンジョンに入るときに二人を守れるような……そんな仲間になりたいの」


 ウツタは少しだけ考えるような間を置いて「いいわよ」と返事をする。ユキは嬉しそうに俺に笑顔を向けた。

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