第221話 フィオーネ嫁に行く?(2)
「いいんですか、止めに行かなくて」
と俺に強い圧をかけてくるのはリアだ。なんだか怒っているようだった。
「いいだろう。あいつが決めたことなんだし。それに結婚したところでいなくなるわけじゃないし。いいだろ」
リアの頰がリスのように膨れる。
そういえば、フィオーネの相手はめちゃめちゃいいやつだ。流通部に所属する一般人だがかなりの金持ちで貴族の出身。俺も何度か話したことがあるが虫も殺さないような男だ。
「フィオーネが嫌なら自分で断るべきだろ」
「でも、大事な従業員ですよ??」
まぁ、それはそうなんだけど。俺はフィオーネの親父でも恋人でもないし。なにより本人が決めればいいことだし。
「なぁ、シュー」
シューはノーコメントらしい。絶対リアの機嫌を損ねたくないだけだ。
リアは何かを思い立ったように家を出て行った。うーん、嫌な予感がする。俺とシューは顔を見合わせて大きなため息をついた。
「結婚ってのはいつだって面倒な話題だよなぁ……ほんとお前が羨ましいよ、シュー」
魔物はつがいにならなくても卵を産むことができる。まぁ、つがいになる魔物もいるんだがな。
「シューは、ソルトが結婚してもしなくても一緒にいてやるから安心するにゃ。けど、ソルトが死んだ時のために後継ぎがいると嬉しいにゃ」
「後継ぎかぁ」
「でもフィオーネは勘弁にゃ。うるさいバカ戦士は嫌いにゃ」
「だよな」
シューがめんどくさそうに尻尾を揺らした。あぁ、これはリアの足音だ。
「ソルトさん! お願いが! あるんですけど!」
***
上流階級の住宅街でひときわ豪華な邸宅の前に俺はいる。ここはクランベルト邸。リアがむりやり作った用事……グラタンを届けるためにきているのだ。
「あぁ、今はちょっと」
「わかってます、ただ急ぎの用事でして」
クランベルト邸の執事のおっさんは困ったように眉を下げる。本当に申し訳ない。
「確か、お見合い中でしたよね?」
「いや、それがね……」
「一応、止めに来たんです。彼女、嫌がってるみたいでしたけど……親の顔に泥は濡れないって感じだったんで。その俺が嫌われ役を……」
執事のおっさんはため息をついた。
「それなら大丈夫ですよ。この縁談は確実に破談になります」
「えっ?」
執事のおっさんは呆然とする俺に「あれをみてください」と金色の馬車を指差した。
「あんたとおんなじ理由で戦士部のお偉いさんが来ていてね。大事な部下を守りに来たってさっき殺されかけましたよ」
——ララ・デュボワか
「まぁ、あのデュボワ家に何か言われるのであれば旦那様も強引にとはいかないでしょうね。あぁ……いい香りだ」
「食べます?」
「これはお嬢様のでは?」
「口実ですよ」
「じゃ、遠慮なく」
俺はロビーに案内され、テーブルに持って来たグラタンとパンを広げた。小麦とチーズの焼ける香ばしいにおい。ふわとろの中身には、ほぐした魚の身が入っており栄養も満点。
「美味ですね」
「ありがとうございます。これ、お嬢さんが育てた作物を使ってるんですよ」
「そうやって旦那様の心を揺さぶろうと?」
「バレましたか」
「ははは、お嬢様も立派になられたものです」
あぁ、俺この人が好きだ。なんというか大人で、死ぬほど安心する。彼が水差しから水をグラスに注ぐ。
「実はですが、私鑑定士でして……。お嬢様が農場で働くと言い出した時、旦那様を説得させていただいたんですよ」
そうか、この人は鑑定士の能力を活かして貴族の執事をやっている……んだな。そういう生き方もあるのか。
「ソルト殿のことも存じ上げております。お嬢様のために数々の労力を……それにお嬢様が戦士として成長するきっかけもくださった」
「いえいえ」
俺は全部自分が快適に暮らすためだったなんて言えるわけもなく、ただ謙遜することしかできなかった。
「じゃあ、そういうことで」
俺と執事さんの穏やかな時間をぶち壊す声の主はララだった。彼女は眉を段違いにしてまじまじと俺を見つめてくる。
黄金の鎧、宝石が埋め込まれた鞘にはでかい剣。
「ソルトさん! 来てくれたんですね! でも大丈夫! ララ様が交渉してくださって〜」
フィオーネが興奮気味に語る後ろでララがガクガクと震えだした。
「あんたが……あのリアの師匠のソルトだったのね!」
「えっと……うちのリアが何か?」
「思い出したくもない……あの激痛! そして翌日の苦痛を……あぁ! おぞましい!」
おいおい、リアは何をしたんだ。
「えっと……ララ……さん?」
「ひぃっ!」
俺が話しかけるとまるで悪魔でも見るような視線を向けてくるララ。俺なんかしたっけ?
「いい! アンタ、フィオーネの雇い主ならね、フィオーネをもっと大事にしなさいよ」
ビクビクしながらララは続ける。
「フィオーネは戦士部の大事な部下よ。彼女が嫌がることもさせるわけには行かない。頼られたら期待に応えるのが私たち上司の役目。あなたはまがいなりにもフィオーネの雇い主。なら私のように行動に出るべきだった。違うかしら?」
俺が口を開く前にララは逃げるように去って行った。
なんなんだ……あの人は。
「おや、いい香りだね」
フィオーネの親父さんはタジタジといった表情で後頭部を掻いた。縁談相手の方はもうとっくに帰ってしまっていたようだ。今度挨拶しておくか。いいやつっぽかったし。
「ややっ……旦那様。失礼いたしました」
執事さんは立ち上がるとグラタンを取り分けるために皿を取りに行ったようだ。
「おや、ソルトさん。君も?」
「ははは、お嬢さんはこんなに美味しい料理になる作物を育ててるんですよって。だからお嬢さんの意思をどうか尊重してやってくださいって言いに来たんすけど……先越されちゃいましたね」
フィオーネの親父さんは「そうか、そうか」と優しく笑うと「俺が間違っていたよ」と言ってグラタンを頬張った。
「ソルトさーん!」
大声の主は大きなバスケットをふたつも抱えてやってきた。リアである。
「足りないと思って追撃を……ってあれ?」
「ララさんが助けてくれたんです。私、結婚しなくてよくなりました」
ララと聞いて気まずそうな顔をするリア。
「リア?」
「いえ! なんでもないんですよ! あはは、ほらみんなで食べませんかっ?」
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