【カクヨム限定話】鑑定士リアの昇級試験(2)


 毒抜き試験もダンジョン試験も私はトップの成績でパスした。上位2名が自己アピールの試験へと進むことができる。


「私は極東へ留学していたのよ。お互い頑張りましょうね」


 マールは私の肩をぽんぽんと叩いてから先に試験会場へと入っていった。私は会場になっている会議室の外に用意された椅子の上で最後の確認をする。

 ネルさんは素朴な味が好み。だから極東の出汁を使ったスープを。一方でララさんはエンドランドの伝統料理が好みらしい。

 黄金イワシを使ったパイと千年鶏の卵をひき肉に包んで揚げトマトソースで召しがってもらおう。

 ミーナたちから情報をもらった後、クシナダちゃんと一緒にたくさんの試作品を作った。クシナダちゃんは嫌な顔せずにたくさん食べてくれるから本当に助かった。そのおかげで完璧な料理を作ることができそう。


「こんな下等生物の料理など食べられるか!」


 会場からの怒号。

 飛び出してきたのはマールだった。

 私は泣き崩れたマールの背中をさすりながら何があったのか優しく訪ねた。


「ララ様が……極東人などエンドランドに劣る下等生物だと……そういって……料理を……床に叩きつけて」


 しゃくりあげながら泣くマールをなだめながら、私の頭は怒りでいっぱいだった。人が丹精込めて作った料理を床に叩きつけるなんていくら偉くだって許されるわけがない。


——ソルトさんなら、どうするだろう


「リア、私は不合格。だから、リアはきっと合格できるわ」


「マール、ここで待っていてくれる?」


「えっ?」


「いいから、ここに座って……私の試験をこっそり聞いていて」


 マールは首を傾げたが、私の瞳を見て何やら勘付いたようだった。マールは私が座っていた椅子に腰を下ろすとぎゅっと拳を握り、涙を流した。


「任せて、私があの女をぎゃふんと言わせてやるんだから!」


***


 ララ・デュボワがなぜこの鑑定士の昇級試験の審査員に選ばれたのか。私にはわからなかった。一番、鑑定士をバカにしている人だと言うのに。

 多分、幹部の中からくじ引きか何かで決まったんだろうな。


「何を作っているのかしら」


 顎を上げ、高飛車な雰囲気を漂わせるドレスの女ララ。私は、


「ララ様のお好きだと伺ったエンドランド伝統の料理をお作りしております。ネルさんには胃腸に優しい極東の出汁と薬膳の聞いたスープ粥を」


 ララは少しだけ満足そうに頷いた。

 ほんと、単純な女。


「それは?」


「ララ様のパイと揚げ物に使う特製のソースパウダーです。とても高級な果実から作られるもので、士気を高める効果を持つ戦士様にぴったりなものです」


「あなた、鑑定士にしては気がきくのね。私の専属料理人にしてもいいくらいだわ」


 誰があんたの料理人になるもんですか。

 私は愛想笑いをして料理の仕上げにかかる。よし……、ララにはエンドランド伝統風の料理。

 

「では、アピールをしてくれるかしら」


 ララとネルの前に料理を置いて、私はにっこりと微笑む。


「私は、小さな定食屋の娘として生まれました。現在もすぐ近くの定食屋でシェフとして働いています。まぁ、なんというかとにかく料理が大好きで、皆さんに美味しい料理を食べてもらうことが幸せなんです」


「鑑定士はサポート職です。私は特別な知識はありませんが、冒険の途中で仲間たちを癒す料理を作ることができます」


「その根拠は?」


 ネルさんの意地悪な質問だ。


「今日、この試験のために私はララ様とネルさんについてたくさん調査をしました。どんなものが好きで、どんな状態で……何を食べたいと思っているのか」


 ララさんは「教えてちょうだい」と言ってからパイの香りに舌なめずりをした。


「えっと……ララ様はエンドランドの伝統的な料理がお好き。しかも王族に仕える騎士の家庭で育ったララ様のお口には最高級の食材で作る必要があり、かつ辛いものが苦手なララ様は少し甘めに香ばしく仕上げるようにいたしました。毎日ダンジョンへ出かけるララ様のために精のつくお料理になっています」


 次に、私はネルさんの料理の説明をする。


「連日の手術でお疲れのネルさんには消化に良い薬膳をつかったスープ粥を。エルフであり極東出身のネル様が懐かしいと感じる極東の魚をつかった出汁で深い味わいを表現しています。薬膳には目の疲れを癒す効果のあるものや体の疲れを取れやすくする効果のものがあります」


 これはミーナさんにもらった薬膳だけれどお口にあうかな……。


——ネルさんの方は……本気で作ったんだから


「かっ! 辛い!」


 私のパイを食べたララ様は顔を真っ赤にして水に手を伸ばした。あぁ、ダメよ水を飲んじゃ。


「ぎゃぁぁぁ!!」


 水をがぶ飲みしたララ様は悲鳴をあげ、首元を抑えながら部屋を飛び出して行った。


「リア、どういうことだ」


「す、すみません! 私……チカラパプリカの粉を入れたつもりが万倍まんばい唐辛子の粉を入れちゃったみたいです」


 私はどうしようと慌てたふりをする。

 あの万倍まんばい唐辛子は水を飲めば飲むほど辛さを増す。冒険者トラップとして有名な唐辛子で、力を倍増するチカラパプリカとよく似た見た目で知られている。


「リア?」


「マール、私……チカラパプリカと万倍唐辛子を間違えちゃって……その」


「ありがとう」


 マールは誰にも聞こえないように私にお礼を言った。私はわざと……唐辛子をララ・デュボワのパイに入れたのだ。


「リア、薬膳スープ粥。すごく美味しかった。ありがとう」


 ネルはそう言うと私の肩を叩く。彼女にはバレちゃったみたい。


 私は結局S級鑑定士にはなれなかった。(当然だけど)

 でも、なんだかガリオンさんも楽しげだし、私があのあと戦士部に怒られることもなかった。

 多分、本当に間違えたんだと思ってもらえたんだろうなぁ。ソルトさんにバレたら怒られるかもしれない。ソルトさんは報復を好まない人だし優しい人だから。


「でも、ララ様も鑑定士の大切さに気が付いてくれればいいなぁ」


 あれからララさんは私がチカラパプリカと万倍唐辛子を間違えたことを聞かされてS級鑑定士をふたりも帯同させるようになったらしい。

 ダンジョンの中で口にするものの怖さをわかってもらえたのなら、良かったの……かな?


「リア〜、激辛極東風そば売り切れよ〜」


「ほんと?」


「ええ! 激辛好きって意外と多いみたい。どんどん商品開発するわよ〜」


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