第215話 悪籠姫(2)


「竜宮城が……」


 陽女帝は多くの家臣の死を嘆いていた。俺たちが翡翠のおかげで純純チュンチュンたちの元へ着く頃には村長や純純チュンチュンはことの真相についても理解しているようだった。


「こいつ……妲己カ」


 大きな万年氷の中閉じ込められた妲己を見て龍鈴リュウリンが言った。


龍鈴リュウリン、黒雲を晴らすことができるか?」


「妲己の命あれば、大ババ様の分の黒雲晴らすことができるヨ」


龍鈴リュウリン、私の命を使って残り全ての黒雲を晴らしてくれますね」


 陽女帝はそう言う静かに立ち上がり、羽衣を脱いだ。


「何か方法はないアル……? 龍鈴リュウリン


 純純チュンチュン龍鈴リュウリンの小さな肩を揺さぶった。


「ないアル」


 俺も納得がいかなかった。すべては妲己の策略だというのに、陽女帝は命とひきかえにしかこの国を救えないと言うのだ。

 

「竜宮城が潰え、女帝が死ぬ。それではこの女の目論見通りだな」


 エスターの言葉に俺は、それこそが例の二人組の目指しているものではないか……と思った。

 ミーナと俺は目配せをする。


「ミーナ、もしもこの国の生薬はエンドランドの何倍だ?」


「おおよそ数千倍よ」


「ミーナ……」


「ええ、もしもあの二人組がその生薬を自由に手に入れるルートを手にしたら……奴らの手口は今までよりも巧妙になるわ」


 妲己と奴らの利害が一致したのか。

 いつもと同じパターンだ。


「なんの話アル?」


 龍鈴リュウリンに「なんでもない」と言いながら俺はいつもいつもギリギリのところで逃げられる自分に苛立ちを覚える。


「ヒメは……悲しいのじゃ。濡れ衣じゃろう? なぜ龍の神はそれがわからんのじゃ」


「いいのです。極東の姫君よ。私は自らの手で多くの龍神たちを手にかけた。不確かな情報を信じ、純純チュンチュンたちの言葉も聞かず。女帝としての責任を果たしましょう」


「では、このリュウカはどうなるのです」


 ヒメが食い下がる。


「リュウカ帝国は、かつて……龍神たちが収めた古き王国でした。それを我が祖父が切り開き、田畑を広げ大きな花畑を作った。そして、多くの人間を集めリュウカ帝国を開きました。この国は……この妲己と共に終わるのです」


「方法を……考えないと」


「ソルトさんたち、ついてきてはくれませんか」


***


 まずは妲己が入った万年氷を龍の姿となった龍鈴リュウリンが食らった。バリバリと氷が砕け、妲己の血が飛び散った。

 あまりの凄惨な光景に村長たちも俺たちも目を閉じた。バリバリと骨が砕ける音は恐ろしい。


 龍鈴リュウリンは空へと飛び立ち、黒雲の中を泳いだ。

 次第に少しだけ黒雲が晴れていく。

 しかし、龍鈴リュウリンは降りてきてしまう。


「おババ様の分。黒雲晴れたヨ」


「では、続いては私の番ですね」


 陽女帝は龍の姿の龍鈴リュウリンに近づくと優しく龍鈴リュウリンの鼻っ面を撫でた。


龍鈴リュウリン、龍の神たちはなぜ抵抗をしなかったのでしょう。龍の姿になれば逃げることもできたはずなのに。私はずっと不思議に思っていた。攻撃する私たちを一人とて傷つけなかった。私は気がつくべきだった……あなたたちはこの国の守り神だったと」


「まっ、待つのじゃ!」


 龍鈴リュウリンが口を開けたところでヒメが陽女帝を突き飛ばした。


——ガブッ


 龍鈴リュウリンの牙は空をきってガチンと音を立てた。


「ほ、方法ならあるのじゃ! のぉ! ソラ!」


「ヒメ様?!」


 フィオーネがキョトンとしている。

 無論、俺もヒメが何を言いたいのかがわからない。


「アマテラスお姉様に黒雲を払ってもらうのじゃ。悪姫は死んだ。もう犠牲をだすこともあるまい。龍鈴リュウリン……お主もこの女帝様を食らうのは本望ではなかろう?」


「ほんとに……殺さなくていいアル?」


 龍鈴リュウリンは小さな少女の姿に戻った。


「でも、私はあなたたちの家族を……」


「もう……人間喰うのいやアル」


「ちょっと待っているのじゃ! 絶対に! 絶対に食べたらだめなのじゃ!」


 とむしろ食べろと言わんばかりの主張をしたヒメは翡翠とともに水の中に潜って行った。


「ソルト、エスターさんの治療が終わったわよ。大丈夫、数日でよくなるわ」


 ミーナとネル、そしてゾーイがエスターの治療を終えて翡翠を探していた。


「翡翠が極東から戻ってきたらエンドランドに戻り、竜宮城に救護隊を派遣してくれ。まだ生きている人がいるかもしれない」


「あぁ、すぐに」


 池の水が渦巻いて、飛び出たのは翡翠、ヒメそして後光のさす美しいアマテラスだった。

 あまりの神々しさに一同は目を奪われる。


「お久しぶりですね。みなさま。そして、初めまして……陽様。リュウカ帝国の危機、このアマテラスがお救いいたしましょう」


 翡翠が戻ってくるとミーナ、ネル、ゾーイ、そしてフィオーネとエスターがエンドランドへと次々に戻って行った。

 ユキは俺たちと一緒に残るとのことだ。


「陽女帝。全てを捧げる覚悟はございますか」


 アマテラスの問いに陽女帝は頷いた。


たつの子よ、私と彼女をあの黒雲の中へ連れて行ってくれますね」


 龍鈴リュウリンが大きな龍に姿を変えた。


「私の【浄化】であの渦巻く呪詛を祓います。ですが、それだけでは難しいでしょう。そこで……あなたの魔力源の全てをつかって私の【浄化】の力を後押ししてもらいます」


 アマテラスは陽女帝の手をとって微笑んだ。


水鏡みかがみの女帝……と呼ばれるあなたの力で私の光をあの雲の中で増幅させることができるでしょう」


 アマテラスと陽女帝が龍鈴リュウリンにまたがるとみるみるうちに天へと登り、黒雲の中へと入って行った。

 

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