第214話 悪籠姫(1)


「名は妲己だっき。彼女は八年前、女帝候補の一人でした。ですが、彼女はあまりにも自己中心的で……私が選ばれたのです。彼女はその後すぐに姿を消しましたが……」


 陽女帝は妲己だっきについて話してくれた。

 陽女帝の父親の愛人……だったらしい。


「問題は彼女がどこに隠れているか。神美シェンメイを拷問すれば必ず居場所がわかるはず。妲己は妖の血を持ち姿形を変える能力を持ちます」


 物騒なことになって来たな。

 妲己は悪狐の血を引くらしい。ということは変化の術を解くあれが必要だな。


「ソルトさん、妲己だっきは強く反発するでしょう。私はあの黒雲を晴らすために命を落とすことができない。ですから……」


「奴の特徴を教えてください」


 エスターが鋭い視線を剣の上に落とした。

 ユキがごくりと唾を飲む。


***


 竜宮城に戻ると、神美シェンメイは何もわからぬまま謁見の間に呼ばれて締め上げられた。

 しかし……


「わかりませんっ……わかりませんっ」


 神美シェンメイはそう言って泣くばかりだ。


「翡翠、ミーナを呼んで来てくれ。自白剤と変化の解除薬を」


 ミーナが自白剤を持ってくるまでの間、俺たちは状況を整理することになった。神美シェンメイ美美メイメイは拷問を受けたものの何も知らないようだった。

 一つわかったことといえば、美美メイメイが使っていた本がすり替えられていたことだった。

 龍についての資料が間違ったものにすり替えられていたのだ。龍を殺せば黒雲が晴れると書かれた書籍を美美メイメイが発見し、それを陽女帝に伝えた。


 ミーナが薬を持って現れるとすぐに2人の潔白が証明される。


「城中のものを集めてこれを……使い」


 紅桃ホンタオの号令で家臣たちが動き出す、竜宮城は閉鎖され、もう逃げ場はない。


「陛下、必ずや妲己を見つけ出し……」


「見つけ出してどうするんだ」


 俺の言葉に紅桃ホンタオはピクリと眉をあげた。


「無論、国賊として黒雲を晴らすイケニエとして捧げます」


「無実の人を……か?」


 俺の言葉に目を丸くしたのは紅桃ホンタオだけではない、陽女帝もだ。


紅桃ホンタオ?」


紅桃ホンタオさん、アンタは女帝の側近にしてはんだよ。エンドランドへ来たのはそこにいる神美シェンメイ、龍殺しの時も神美シェンメイが帯同した。あんたはそこにいなかったな」


 俺は相手に話す隙を与えずに続ける。


「俺の仮説じゃ、アンタは万が一の時、神美シェンメイに罪をかぶせるつもりだった」


 俺の話を遮って紅桃ホンタオ


「私は陛下の側近です。陛下を殺すことなど容易いはず。疑うのは間違いです、ソルトさん」


「変だと思ったんです。なぜ、側近であるあなたがエンドランドに来なかったのか。そして、八年もかけたこの計画が急遽として進んだのか」


 もしも、龍を守る村を滅ぼすならメスロウグモを使うにしちゃ時間が中途半端すぎるのだ。兵力は削げたものの完全ではないし、何よりもっと簡単に滅ぼせばよかったのだ。毒虫なんかを使って。


「だから俺は思ったんです。最初は何の知識もない犯人が自分の犯行に気がつかれないように行ったことだった。だが、犯人はエンドランドの闇組織から知識を買った。そして、犯人の計画の速度が急激に早くなった」


 そう、俺はこの事件にあの二人組が絡んでいるのではないかと思っている。


「陽陛下、妲己はクモを飼っていませんでしたか?」


 陽女帝は少し考えながら


「ええ、メスロウグモというクモを好んでいました。何でもそのクモの毒を使えば女の子が必ず生まれる……というものでそれを使って妲己は後宮を拡大しようとしていましたから」


紅桃ホンタオさん。アンタは八年前、このメスロウグモをあの村の付近にばらまいた」


「いいえ、紅桃ホンタオさんじゃない。妲己」


 ミーナが振りまいた粉を紅桃ホンタオは避けることができなかった。そして、みるみるうちに美しい紅桃ホンタオの顔が崩れていく。

 そして、変化の術が溶けるとそこには妖艶な美女が佇んでいた。


「妲己……」


 陽女帝が声を上げる。


「なぜ……わらわだと? 小僧」


 妲己は片眉を上げると余裕の笑みを浮かべる。


「アンタは……あの村からメスロウグモが徐々に広がり国が死に絶えるのを見るつもりだった。支えるフリをして陽女帝を少しずつ苦しめるつもりだったんじゃないか? だからわざと……遠くの地にメスロウグモを解き放った。でも、あれはあまり強い生き物じゃない。たまたまあの村の近くのダンジョンにのみ根付いたんだろう」


 それが一変したのは多分……


「そうじゃ、でももう遅いぞ。小僧」


 妲己はカッカッカッと笑うと自ら自白剤を飲み込む。


「少しずつ……こやつを追い詰めるつもりじゃったが。ある日、エンドランドからの旅人……いや、闇商人に出会ったのじゃ。わらわが女帝に復讐する方法を授けようと」


「わらわはこの矢を用いて龍を眠らせ殺した。老いた飛べぬ龍じゃった」


「それは……!」


 ミーナは妲己から矢を奪うと矢先を見て青ざめる。俺もそれを見てすぐに何かわかった。エンドランド由来の安眠草だった。


「陽……死んで黒雲を晴らすか?」


 妲己はカッカッと笑い、そして「お前が苦しむ姿が見られればそれでよかったのじゃ」と言った。


「わらわを女帝に選ばなかった民などいらぬ。わらわは死なぬ」


 妲己は仕込み刀を2本取り出すと神美シェンメイを斬った。演舞でも踊るかのように彼女は手当たり次第に家臣たちを斬っていく。

 それと同時に竜宮城のあちらこちらで爆発が起こった。


「みなさん! こちらへ」


 ユキが大きな氷の壁を作り、その中に陽女帝をかくまう。そして、エスターと妲己が炎の中で剣を交える。その中でも妖術のような炎を打ち上げながら妲己は竜宮城を火の海にしていく。


「はっ! はぁっ!」


 エスターの呼吸が荒い。妲己は余裕の笑みでまるで子供をあやすかのようにエスターの剣を受けては弾き、受けては弾き……


「エスター! 剣を受けるな!」


「何ぃ?」


「それは……エルフの骨だ!」


「外道め……」


 エスターは剣を受けずに避けることに徹したが、相手は双剣、エスターは避けることが精一杯だ。それに、エルフの骨に体力を吸われてしまっている。

 それに……最初の龍を殺した妲己を生け捕りにしなければ黒雲は晴らすことはできないためエスターは全力で斬りかかることができない。


「翡翠! 私が時間を稼ぐ。その間に女帝をあの村へ運んでくれ!」


 エスターの言う通りだ。

 俺たちは一人ずつ、翡翠に運ばせる。その間、妲己に気がつかれないように俺のバッグの影でシューが魔法の詠唱を始める。


「どこへ逃げでもあやつは黒雲を晴らすために命を落とす。カッカッカッ! わらわの妖術でこの竜宮城は滅び……そして死に絶えるのじゃ」


「エスター!」


「もう腕をあげる力もないはずじゃ。小娘、お主の力……わらわに」


 エスターはだらんと腕を垂らし、足の力だけで妲己の剣を避けていた。シュー……急いでくれ


「にゃにゃっ!」


「えーい!」


 シューとユキの魔法が妲己を直撃する。


「ユキ! 負けちゃダメにゃ!」


「あぁぁぁぁ!!」


 ユキとシューと魔力が妲己にぶつかる。妲己は双剣を縦に二人の魔法を受け始める。


「カッカッカッ! うまい、うまいぞう! エルフの骨を用いた剣がすべてをわらわの力にしてくれる!」


「おばかさんにゃっ!」


 シューの全力魔法で双剣が砕け散る。妲己は仰け反り体制を整えようとするがもう遅い。妲己は足元から万年氷に包まれ生きたまま氷の中に封じられたのだ。


「エスターさん!」


 ユキがボロボロになったエスターに駆け寄った。

 エスターは


「あれだけの魔力を使って……大丈夫か」


 と言ったがユキはへっちゃらだ。


「おい! 崩れるぞ!」


「翡翠ちゃんにお任せ〜!」


 俺は竜宮城が崩れ去るギリギリのところで妲己の氷を抱えて翡翠と一緒に水の渦へと飛び込んだ。

 

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