第213話 少女の願い(2)
ベシッ!
俺は強めにほっぺたをひっぱたかれて飛び起きた。そう、俺は谷底に落っこちたのだ。でも、今はふかふかの布団の上で眠っていた。
夢だったのか……いや違う。仏頂面のエスターが早く起きろと怒っている。
「でも、お前が正しかったようだ」
エスターはそういうと視線を別の方向に向ける。
俺はエスターが見つめている方に視線をやった。
そこにはあの少女が座っていた。黄金の目は爬虫類のように縦に割れた虹彩を持ち、肌には鱗が生えている。
「とても……ごめんなさいアル」
少女はリュウカ訛りだが言葉は通じるようだった。
「怒らないで……この子は悪くないよ」
ユキが立ちはだかるように少女の前に立った。
「大丈夫、怒ったりしないよ」
「
すげー乱暴だけどな……。
「
「まずは、
——グゥゥゥゥ
俺は水浸しになったバッグの中から食えそうなものを探す。携帯用の干し肉……ってもびちゃびちゃだな。
「
「
干し肉の炒め飯で顔に米をひっつけながら、
「ヘンダヨ。女帝様ずっと龍神にやさしかったヨ。でも、今は違うよ。龍神がヤクサイと言ったヨ」
今まで、リュウカは龍神と共に生きて来た。それを急に?
「黒雲を出したのは龍神なのだろう?」
エスターの言葉に
「チガウヨ。龍神は黒雲を出さないヨ。龍神が死んだら黒雲が出るヨ」
「つまり、誰かが故意に龍を殺し黒雲を発生させ……それを龍のせいだと思い込んだ女帝が龍たちを皆殺しにした……と」
***
「
「迷宮洞窟から出た虫が原因とは……マサカ」
そう、この村にはびこっていたのはダンジョン由来の【メスロウグモ】だ。メスロウグモはダンジョン中に繁殖する厄介な昆虫で、毒を注入するのだ。その毒を注入された動植物はオスを生み出すことができなくなる。
メスロウグモは自分たちの天敵になる動物にその毒を注入し繁殖を防ぐことで種を守る。
「いえ、あのレベルのダンジョンにいる昆虫ではないので……何者かが故意にこの村とダンジョンにあれをばら撒いたと思われます」
俺の言葉に村長たちは驚いている。
あのクモはかなり上級のダンジョンで、しかも限られたダンジョンにしかいない。持ち込まれたと見るのが妥当だろう。
「なんぜ……そんなことするアル?」
「龍を殺すためアルね」
「八年もかけて龍神を守るこの村の力を削いで……そして実行したんだ。おそらく、犯人は……」
俺が犯人の予想を言う前に
「あの女帝様カ?」
と言ったが俺の予想では違う。
「もしも、陽女帝が犯人ならこんな回りくどい手を使わない。なぜ、犯人がこんな回りくどい手を使ったか。それはそいつに権力がなかったからだ」
そう、もしも女帝が犯人であればこの村を国兵で根絶やしにすることは可能だった。でもそうしなかったと言うことは……
「
「
「ソルト、何か見えているのか?」
エスターが俺に聞く。
「おそらく、あの竜宮城の中にリュウカを滅ぼそうとしている奴がいる。女帝に龍神たちを殺させて黒雲を広げ……この国が死に絶えるのを待っている」
「
「あれは……龍神の怨念。犯人か……それに相当するイケニエがないと晴れないアル」
「それは……誠ですか」
俺たちはするはずのない声に驚いて全員が固まった。
村長の家の入り口には美しいリュウカ風ドレスを来た女性……陽女帝と
思わぬ客に全員が凍りつく中、エスターは剣の柄に手を添え、臨戦体制だ。
「私は大きな過ちを犯しました。その責任は……必ず取りましょう。でも、一番最初に龍を殺した犯人を捕まえるのが先」
陽女帝は静かに言った。
俺は
「最初に龍を殺した女……この人によく似た……違う人アル」
「あぁ……
陽女帝は
「よくぞ……助かってくれました。龍の子よ。そして、ソルトさん。この国を救うためにもう少し……力を貸してはくれませんか」
ユキがぎゅっと
「竜宮城で……あの者と決着をつけます。そうしたら私はここへ舞い戻り……イケニエとして命を捧げましょう。彼女の家族を殺したのは他でもない私なのですから、黒雲を晴らし国を救うため命など惜しくないわ」
陽女帝はそういうとミーナたちに「ラクシャによろしくね」というと外へ止めてある馬車へ戻ってしまった。
「そんな……」
フィオーネが俯いた。
「フィオーネ、お前はここの村人たちの治療が全て終わるまでミーナたちの護衛に当たってくれ。俺は竜宮城へ戻る」
「ソルトさん……みんなを救うことはできませんか」
フィオーネの言葉に俺は
「多分、この国を救うためには無理だ」
と答えた。
犯人の目的は8年もかけて陽女帝を殺すことだったのだ。そして、龍神を女帝が殺した瞬間にその目的が達成されてしまったのだ。陽女帝は……国民を救うために必ず生贄になる。
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