第213話 少女の願い(2)


 ベシッ!

 俺は強めにほっぺたをひっぱたかれて飛び起きた。そう、俺は谷底に落っこちたのだ。でも、今はふかふかの布団の上で眠っていた。

 夢だったのか……いや違う。仏頂面のエスターが早く起きろと怒っている。


「でも、お前が正しかったようだ」


 エスターはそういうと視線を別の方向に向ける。

 俺はエスターが見つめている方に視線をやった。

 そこにはあの少女が座っていた。黄金の目は爬虫類のように縦に割れた虹彩を持ち、肌には鱗が生えている。


「とても……ごめんなさいアル」


 少女はリュウカ訛りだが言葉は通じるようだった。


「怒らないで……この子は悪くないよ」


 ユキが立ちはだかるように少女の前に立った。


「大丈夫、怒ったりしないよ」


純純チュンチュンたち助けた人……龍鈴リュウリンも助けてくれるオモタヨ」


 すげー乱暴だけどな……。


龍鈴リュウリンは龍神の生き残りだそうだ。ソルト、お前の考えを聞かせてくれ」


「まずは、純純チュンチュンたちの村へ帰ろう。龍鈴リュウリン俺たちを上へ運べるかい?」


——グゥゥゥゥ


 龍鈴リュウリンのお腹が派手に鳴った。彼女は顔を真っ赤にする。

 俺は水浸しになったバッグの中から食えそうなものを探す。携帯用の干し肉……ってもびちゃびちゃだな。

 

龍鈴リュウリン、焚き火を借りるよ」


 龍鈴リュウリンはうんうんと頷いた。俺は携帯用の鍋を広げ、そこにちぎった干し肉とビショビショになったおにぎりを入れ火で水分を飛ばす。密閉型の容器に入っていた塩をふりかけて、簡易的な炒め飯を作る。

 龍鈴リュウリンは目を輝かせ、シューが干し肉をつまみ食いする。


純純チュンチュンたち……ミンナ守ってくれたヨ。でも……女帝はミンナ殺しタヨ。父上も母上も純純チュンチュンたちに言ったよ。オノレノイノチ一番マモレ。龍神みんな死んだヨ」


 干し肉の炒め飯で顔に米をひっつけながら、龍鈴リュウリンは話してくれた。


「ヘンダヨ。女帝様ずっと龍神にやさしかったヨ。でも、今は違うよ。龍神がヤクサイと言ったヨ」


 今まで、リュウカは龍神と共に生きて来た。それを急に? 

 

「黒雲を出したのは龍神なのだろう?」


 エスターの言葉に龍鈴リュウリンは首を降った。


「チガウヨ。龍神は黒雲を出さないヨ。龍神が死んだら黒雲が出るヨ」


 龍鈴リュウリンの話じゃ、何者かによって龍神が殺された。そのときに発生した黒雲を晴らすために龍鈴リュウリンの父と母は努力をしていたところあの女帝たちがやって来て龍鈴リュウリン以外の龍神を殺戮した。


「つまり、誰かが故意に龍を殺し黒雲を発生させ……それを龍のせいだと思い込んだ女帝が龍たちを皆殺しにした……と」


***


龍鈴リュウリン! 出て来てはだめだ言ったヨ」


 純純チュンチュンと村長に俺たちは事情を話した。ミーナとネル、それにゾーイまでも村についており、すでに村民と家畜の治療は終わっていたようだった。


「迷宮洞窟から出た虫が原因とは……マサカ」


 そう、この村にはびこっていたのはダンジョン由来の【メスロウグモ】だ。メスロウグモはダンジョン中に繁殖する厄介な昆虫で、毒を注入するのだ。その毒を注入された動植物はオスを生み出すことができなくなる。

 メスロウグモは自分たちの天敵になる動物にその毒を注入し繁殖を防ぐことで種を守る。


「いえ、あのレベルのダンジョンにいる昆虫ではないので……何者かが故意にこの村とダンジョンにあれをばら撒いたと思われます」


 俺の言葉に村長たちは驚いている。

 あのクモはかなり上級のダンジョンで、しかも限られたダンジョンにしかいない。持ち込まれたと見るのが妥当だろう。


「なんぜ……そんなことするアル?」


 純純チュンチュンは言った。そして、村長がその答えを出す。


「龍を殺すためアルね」


「八年もかけて龍神を守るこの村の力を削いで……そして実行したんだ。おそらく、犯人は……」


 俺が犯人の予想を言う前に純純チュンチュン


「あの女帝様カ?」


 と言ったが俺の予想では違う。


「もしも、陽女帝が犯人ならこんな回りくどい手を使わない。なぜ、犯人がこんな回りくどい手を使ったか。それはそいつに権力がなかったからだ」


 そう、もしも女帝が犯人であればこの村を国兵で根絶やしにすることは可能だった。でもそうしなかったと言うことは……


龍鈴リュウリン、何か見なかったか? その、思い出させるのは……辛いが……みんなのためだ」


 龍鈴リュウリンは目を閉じて少し考えると言った。


神美シェンメイが指揮をとっていたアルね。もう一人は綺麗な服の女帝だったアル。ワタシ、すぐに谷底に落ちてしまったアル……、覚えていない」


 神美シェンメイと綺麗な服の女帝か……。


「ソルト、何か見えているのか?」


 エスターが俺に聞く。

 

「おそらく、あの竜宮城の中にリュウカを滅ぼそうとしている奴がいる。女帝に龍神たちを殺させて黒雲を広げ……この国が死に絶えるのを待っている」


龍鈴リュウリン、あの黒雲をどうにかできるか?」


 龍鈴リュウリンは俯いた。


「あれは……龍神の怨念。犯人か……それに相当するイケニエがないと晴れないアル」


「それは……誠ですか」


 俺たちはするはずのない声に驚いて全員が固まった。

 村長の家の入り口には美しいリュウカ風ドレスを来た女性……陽女帝と紅桃ホンタオが佇んでいた。


 思わぬ客に全員が凍りつく中、エスターは剣の柄に手を添え、臨戦体制だ。


「私は大きな過ちを犯しました。その責任は……必ず取りましょう。でも、一番最初に龍を殺した犯人を捕まえるのが先」


 陽女帝は静かに言った。

 俺は龍鈴リュウリンに目配せをする。


「最初に龍を殺した女……この人によく似た……違う人アル」

「あぁ……紅桃ホンタオ。やはり彼女が黒幕だったのね」


 陽女帝は龍鈴リュウリンにそっと触れると涙を流し、龍鈴リュウリンの手を握った。

 龍鈴リュウリンは戸惑いながらもじっと陽女帝を見つめる。


「よくぞ……助かってくれました。龍の子よ。そして、ソルトさん。この国を救うためにもう少し……力を貸してはくれませんか」


 ユキがぎゅっと龍鈴リュウリンの手を握った。龍鈴リュウリンは唇を噛み締めながら女帝を睨む。


「竜宮城で……あの者と決着をつけます。そうしたら私はここへ舞い戻り……イケニエとして命を捧げましょう。彼女の家族を殺したのは他でもない私なのですから、黒雲を晴らし国を救うため命など惜しくないわ」


 陽女帝はそういうとミーナたちに「ラクシャによろしくね」というと外へ止めてある馬車へ戻ってしまった。


「そんな……」


 フィオーネが俯いた。


「フィオーネ、お前はここの村人たちの治療が全て終わるまでミーナたちの護衛に当たってくれ。俺は竜宮城へ戻る」


「ソルトさん……みんなを救うことはできませんか」


 フィオーネの言葉に俺は


「多分、この国を救うためには無理だ」


 と答えた。

 犯人の目的は8年もかけて陽女帝を殺すことだったのだ。そして、龍神を女帝が殺した瞬間にその目的が達成されてしまったのだ。陽女帝は……国民を救うために必ず生贄になる。

 

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