第212話 少女の願い(1)


「もしかして、この近くにダンジョンってありますか?」


 俺たちがたどり着いた集落はここ数年、人間も動物もメスしか生まれないらしい。俺には心当たりがあるんだがなぁ。


「ダンジョンって……なにアル?」


「洞窟ですね」


「あぁ! 迷宮洞窟のことアルね。知ってるヨ」


 純純チュンチュンという可愛い少女は言った。この村の近くではダンジョンは一つ。もちろん、エンドランドのポートはない。


「この村は……もう終わりだ」


 純純チュンチュンの父親は村長。生まれる子供も家畜も全てメス。人間よりも寿命の短い家畜のオスは先日の大雨で死に絶えた。

 これ以上、人間の子供を養う力もない。

 

「龍神様を殺しちまった……あの女帝のせいだ」


「お父さんっ」


 純純チュンチュンが父親の口を塞ぐ。


「俺たちは……遠い異国からこの黒雲を晴らすためにやって来ました。陽女帝の手先でも、あなたたちの敵でもない」


 俺の説明を聞いた長老は


「ここは……龍神様をお守りする使命をもった村だったヨ。龍神様と共に暮らし、人間の侵略を防ぐ。でも……数年前から女しか生まれなくなって家畜は減り、兵も減った。そして、黒雲が国を覆って……龍神様があの女帝に殺された。女ばかりのこの村で逆らえるものはいなかったヨ」


「つまり、この村は龍を守っていた……と?」


「そうだヨ。この山のてっぺんに住まう龍神様……たちの村がある。そこに誰も近寄らせないようにするのが我々の使命だったヨ」


 村長は「この国はおしまいダヨ」と言って俯いた。


純純チュンチュン、迷宮洞窟まで案内してくれるかな。おそらくだけど、メスしか生まれなくなった理由がそこにあるはずだ。それから、翡翠。村の水源を一旦綺麗にしてくれ。それから、ネルとミーナをここへ呼べるか? そうだな、陽女帝たちに気がつかれないようにできれば……」


「抱っこして連れてくる?」


「え?」


「一人づつなら抱っこして連れてこれるよ!」


「頼む、これを渡せばわかってくれるはずだ」


 俺は紙切れに伝言を書いて翡翠に渡す。


「えっと……ソルトさんといったアルね。どういうことカ?」


 村長は目を丸くしている。


「体が痒くありませんか?」


 村長がポカンとする。


***


 ユキとシューはダンジョンの入り口に大きな魔法陣を描いた。特定の魔物が通ると発動する。虫型の魔物が大嫌いな氷型設置魔法陣。


「ユキはウツタより上手にゃ」


「そう?」


「そうにゃ、純粋な魔法にゃ」


 純純チュンチュンは不思議そうに首を傾げる。


「これが何かしてくれるアルか?』


 俺は足元でシュウシュウと音を立てて凍った虫を拾い上げて純純チュンチュンに渡す。クモのような大きな昆虫を見て純純チュンチュンは「食べれるアルか?」ときょとんとした顔で俺に言った。

 リアやゾーイなら悲鳴をあげそうなもんだが。


純純チュンチュンの村で……女の子しか生まれなかったのはコレが原因です」


 純純チュンチュンは不思議そうに顔を傾げた。


「ソルトさーん!」


 フィオーネたちがダンジョンの奥から戻って来た。そして、


「ダンジョンボスはゴブリンクイーン、エンドランドで言えば中級以下のダンジョンだな」


 エスターの意見にソラとヒメが同意した。


——やはり


純純チュンチュン、女の子しか生まれなくなったのはいつからだ?」


「多分……八年くらい前アル」


「ヒメ、あの女帝が即位したのは」


「八年前じゃな」


 シューが純純チュンチュンの腕の中に飛びつくと「にゃお」と鳴く。


「村長たちと一緒に話そう。そろそろミーナたちもついている頃だろう」


 山岳地帯。

 俺たちは吊り橋を渡って、純純チュンチュンたちが住む村を目の前にした時のことだった。

 強い風が吹いた。

 ぐらり、吊り橋が揺れる。まるで風のように何者かがユキを吊り橋のした、大渓谷へと連れ去ろうとした。


「ユキ!」


 俺はユキの手を取るもに押し負け、俺の体は吊り橋の外へ踊り出た。時間が止まったかのように鮮明に吊り橋の上が見える。

 飛び込もうとするヒメを止めるソラ、フィオーネはこれ以上吊り橋が揺れないように抑えている。

 シューは迷わず俺の方へ飛び、エスターも無表情のまま俺たちの方へと降下してくる。


 俺はを見た。

 

 幼い少女が俺を見ていた。黄金の目に褐色の肌。美しい肌の上には所々緑色の鱗が生えている。

 俺は思わず叫んだ。


「エスター! 斬るな」


 間一髪。エスターが剣を抑え俺たちは谷底を流れる川の中へと落下したのだった。

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