第205話 華の国のお客様(2)

 城の最上階に近い場所で俺たちはラクシャ女王と共にリュウカ帝国の女帝を迎えていた。

 彼女の名は「よう」、極東人に似た真っ白でつるんした肌にくっきりした造形の美しい顔立ち、ミーナもびっくりな豊満スタイルで極東のキモノとエンドランドのドレスを足して2で割ったようなリュウカ風ドレスを纏っている。


「ラクシャ」


 陽女帝は羽の扇子を広げて胸元を隠すようにしながら、この度の緊急事態について語り出した。


「突然のことでした。リュウカ帝国を厚い雲が覆ったのは。リュウカ名産の花畑は壊滅、作物も育たなくなりました。作物が育たなければ動物も生きていけない。家畜が死に、我々は食べ物のほとんどを失いました」


 ラクシャは眉を下げて表情を作りながら陽女帝の話を聞いている。なんでも、この二人はかつて彼女たちの父親が国を治めていた時代から仲がよかったそうだ。


「ラクシャ……我々王族と城に住まうもの、兵の分の食糧をありがとう。でも……リュウカの民全てを救うことはできまい。根本を解決せねば」


 陽女帝は俺とミーナをじっと眺める。


「こちらが」


 ラクシャは一度目を伏せてから口を開いた。


「ミーナ、彼女は我が国ギルドの流通部で幹部をやっておりこの度、リュウカとの流通に関して担当をさせるわ」


「ミーナ・シュバインと申します」


 ミーナはリュウカ風の挨拶をする。胸の前で両手の拳を合わせてから極東人のように頭を下げるのだ。


「そして、その隣にいるのがソルト・アネット。流通部の顧問で鑑定士でもある。作物や植物の知識に長け、なんども我が国、ギルドを救った優秀な人材よ。最近ではあのロームとの国交正常化は彼のおかげ」


 ロームという言葉を聞いて陽女帝は「まあ」と驚いたように目を見開いた。彼女の結い上げた黒髪に刺さったリュウカ風かんざしの飾りが揺れる。


「彼には実地調査に赴いてもらい。原因の究明を任せます」


(あぁ……ついに女王経由で頼みごとをされる感じになってきたな……)


「ソルト・アネットです。全力を尽くさせていただきます」


 俺の言葉に陽女帝が笑顔を浮かべる。


「ソルト、期待しているわ」


 ラクシャは小麦色の肌を艶めかせた。なんて綺麗な女王様なんだろうと俺は思う。ゾーイが側近になってから美容に目覚めたとか。


「もちろん、それ相応のお礼はさせていただくわ。例えば……リュウカ産の生薬の流通を拡大する……とか」


 陽女帝の言葉にミーナが目を輝かせる。リュウカ帝国領地内にある広大な花畑は「生薬」と呼ばれ、リュウカ独特の漢方薬の原料となる。

 リュウカの生薬はエンドランドにある植物の何十、何百倍とも言われている。それと同じように作物の種類も豊富なのだ。


「それに、我が国の領地にあるダンジョンの全てにエンドランドのポートを作ることを許可しましょう。ね?」


 陽女帝は秘書……いや、侍女にウインクした。頭の左右でシニヨンを作ったような可愛らしい髪型の侍女が「かしこまりました」と言った。

 

「ソルト、ぜひ帯同させたいものがいるんだが。良いか」


 今まで黙っていたアロイが声をあげた。


「ええ、お任せしますよ」


 本当は任せたくないが頷くしかない。


「ヒメも……いえ、極東としても此度のリュウカの一大事にご尽力させていただきますぞ」


 ヒメの言葉に陽女帝は笑顔になる。側近として仮面をつけて参加しているソラと……そしてシキはうんうんと頷く。

 多分、シキを通じて極東のイザナギも今回の件について把握したところだろう。


「ありがとう。イザナミによろしく」


 シキがうんうんと大きく頷いた。陽女帝は不思議そうに眉をあげ、シキはやっちまったとばかりに顔を真っ赤にした。

 ほんと、やめてほしい。


「では、ヒメ・ヤマト様、ソルト、そして彼女を連れて行ってほしい」


 入れと言われて部屋に入って来たのは見覚えのある少女だった。いつもなら胸につけている勲章は一つもない。可愛らしいドレスに軽装鎧をつけた無表情の少女。

 頰をはじめとして腕や足には生傷がいくつか見られた。


「エスター・ウリツキー。前戦士部長だ。現在では特別討伐隊長を勤めていてな」


——特別討伐


 聞こえはいいが、かなり危険な仕事だ。死者も多い。ギルドが新しい魔物やダンジョンを発見した時、この特別討伐隊が先行してダンジョンに潜入する。命をかけて魔物を討伐するのだ。


 エスターはエスメラルダというギルド幹部2人を殺害した大量殺人犯をエンドランドに引き入れてしまった責任を取ったのだ。といっても、エスターにはほとんど罪がないように俺は思ったが戦士部の利権の色々が絡んでいるのかもしれない。

 俺は知らないが。


神美シェンメイ、行きますよ」


 あの侍女はシェンメイという名前らしい。俺たちにリュウカ風の挨拶をすると部屋をあとにした。


「エスターさん?」


 無表情のエスターは、死んだような目で俺を見上げる。

 

——なにがあった?


 そんな風に聞けないような雰囲気だった。エスターはまるで生きているのに死人のようで、心が抜けてしまっているようだった。

 うまいもん食わせるか、どうにかしてエスターに……そうだ。


「エスターさん、ちょっと来てもらえますか?」


「あぁ」


 俺は部屋の外で待っているシューを拾ってから、とある場所へと向かった。

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